2017年7月14日 (金)

第379回

生態系の保護に物申す。その3

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とあるホームセンターの駐車場。
なんでこんなところにハリネズミが…
死んでる?

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ちょっと近づいてみると、
ハリネズミじゃないな、なんだろう?
ここでの「なんだろう?」は、何の生き物なんだろう、である。
すでに生き物と決めつけているところが病気かもしれないが。

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なんだこれ、あれかぁ、
なんて言うんだろう、女性が髪をまとめるやつ、
ゴムみたいなリボンみたいな。
しかし、ハリネズミに似てるな、
って、言いたいところだけど、
実はハリネズミのことはちゃんと知らないのである。

アホか、
まぁ、なんとなくはわかるけど、
はっきりとした姿はわからないハリネズミ。
ただ、ここのホームセンターのペット売り場で、
チラッと見たことがあるので、
それでハリネズミだと思った次第だ。
だから、無くもない話ですよ、
実際、ちょっと調べてみると、結構そこらじゅうで売られていて、
(2万~3万だって)
やはり逃げ出したりして、神奈川あたりでは野生化しているそうな。

Hne

比べれば似てない。

さて、生態系の悪影響に加担した話をしなきゃ。
虫です。外国の大型カブトムシ。
息子が小学5年生のころだから、10年ちょっと前になりますか、
全国的に昆虫ブームでして、
それまでは図鑑でしか見ることのできなかった虫たちが、
輸入してもいいことになって、一般販売されたんですね。
農林水産省が輸入を許可したことも問題だとは思うけれど、
そこはそれ、経済界と何らしかのやり取りがあるのは世の常で、
それなりの経済効果があるのなら、環境問題は後回しになるわけです。

当初は非常に高価だったんですが、
ブリーディングに成功するマニアが増えると、
一気に価格が下がって、子供たちのお小遣いでもなんとかなるようになりました。
そんなこんなでもともと虫好きの親ですから、
一気に親子でマイブームとなるわけです。
多い時で、幼虫と成虫あわせて300匹ぐらい飼ってましたから。
そうなると必然的に逃げてしまうやつがいるわけです。
ちゃんと管理していても、想定内の事態と言うか、事故と言うか、
あってはならないことなんですが、数が増えるとね。

Cimg5922
(屋外で写真を撮っているときに飛んで行った)

逃げたのはこの方、コーカサスオオカブトの雄です。
良くはないですよ、だけどメスが逃げるよりはマシでしたが。
我が家は夏の夜にはカブトムシが飛んでくる環境、
つまり里山が近いということ。
交尾が済んだメスが逃げていたら、当然産卵場所を探すところです。
インドネシアの熱帯からやってきたカブトムシですから、
日本の環境では育たないと言われてきましたが、
あれから10余年、その日本も熱帯化してきました。
たぶん、逃げてしまった外国産のカブトムシがいっぱいいるはずです。
となると、時期的にそろそろ野生種が見つかるかもしれません。
えっ?もう見つかっている?
そうか・・・・・
良いか悪いかは別にして、やはり責任感じます。

フリースタイルの演技
ディスクスローについて⑤

いろいろなスローを使ってみよう。

ディスクスローの形を学んだらあとは実践に取り入れるわけですが、
好きなように使えばいい、とは当然なりません。
ルールと言うわけではありませんが、
そのスローの特質を活かした使い方をしないと、
よりよく表現することができませんから、無駄になってしまいます。

そう言った意味では技術的なレベルの安定も重要になってきます。
バックハンドスローが最も得意なスロー形式であるならば、
フォアハンドもオーバーハンドも、
そのバックハンドと同等の精度を持たないと実践で使用することはできません。
また、それらのトリックスローにおいても、
ノーマールなバックハンドスローと同等の精度が必要です。
もし、精度が落ちるとしたら、そのスロー形式を用いる意味がありませんね。
わざわざ精度の低いスローをして見せることは、
「私は技術レベルが低いです」と表現していることになります。
(マジックスローは次元が違いますので、飛行状態は大目に見ることができます)

この考え方は多くのプレーヤーが勘違いするところです。
例として、フォアハンドはフォアハンドを見せるのではなく、
フォアハンドから繰り出されるディスク飛行を見せているのです。
しかし、フォアハンドの形にこだわりすぎると、
最終的な飛行状態まで気が回らず、
フォアハンドを使いこなせた気になって満足してしまいます。
少し厳しい言い方ですが、これは間違いのない事実だと思っています。
よくないフォアハンドからのスローでも、
犬がキャッチに成功すればまだしも、ミスキャッチになったら、
「ちゃんと飛ばせなかったら、フォアハンドしなければいいのに」
とジャッジが見ているのに対して、プレーヤーは、
「フォアハンドしましたから」と言う訴えになっています。
この見え方と思い方の差は大きいですし、
言うなれば、ディスクのスローのことだけではなく、
フリースタイル全般にも言えることで、
あえて言うなれば、この差を埋めることがフリースタイルの考え方とも言えるほどです。

トリックスローなら尚更、になるのも理解できると思います。
「ちゃんと飛ばないのだったら、ノーマルでいいですよ」になるわけです。
だからこそ、それでもそんな恰好をしてでもちゃんとディスクを投げられるから、
トリックスローの存在意義があるわけです。

と言うことで自分でテストしてみてください。
それで得意なスローに甲乙つけがたくなるように練習しましょう。
ただし、そのスローの特性は守るようにしましょう。

ロングスローを投げる必要はありません。
それにトリックスローはロングスローには適していません。
距離は20m、15m、7mでいいでしょう。
最も得意とするスロー形式(例バックハンドとして)で、
各距離にターゲットを設定します。
ベストな飛行状態は、その距離で適度な高さに滞空して停止し、
そのまま地面と平行に落下し、さらに地面が草地なら3回転して止まる、です。

かなり高度な技術なので絶対に実現とは言いませんが、
この精度を意識しておくことは大切です。

概ねできるようだったら、(できなければまずはここから練習)
他の形式、フォアハンドやバックハンド、
あるいはトリックスローでも試してみましょう。
そしてそのスロー特有の軌道は守っていきましょう。

このテストで足らない部分が見つかれば練習すればいいですし、
できるようになるまではルーティーンの中では使用しないほうがいいです。
ずっと完成しなければ、ルーティーンから省いてもいいでしょう。
他のスタイルがたくさんありますから、
自分に合うものをチョイスすればいいと思います。

もちろん引き出しが多いほうがベストですが、
出来る範囲で工夫することもフリースタイルには大切です。

続く。

次回はスローの特性を生かす、です。

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2017年7月 7日 (金)

第378回

生態系の保護に物申す。その2

先週の続きです。
まぁ、それでも生態系の話はあまり偉そうなことは言えませんね。
犬のことですか?犬は大丈夫ですよ、
もちろん地域の固有種はあるけれど、
ほぼ人の手にかかって作られていますから、
北欧の犬が日本に来たところで、
それなりに順応してくれますし、
そのことで柴犬の存在が危なくなったりはしません。

でも、キツネとかの犬属は問題になります。
そう言えばコヨーテとか日本でも住めそうですよ。
もし、コヨーテを輸入することができるとしたら、
一気にそうなるかもしれません。
コヨーテがなつくかどうかは知りませんが、
犬っぽさが魅力的です。
アライグマのように可愛らしくはないのでペット化はしないでしょうが、
必要に迫られてはあり得るかもしれません。

実は鹿の駆除のことなんですが、
生態系を自然に戻すということで、オオカミを野に放つ計画もあるらしいのです。
なんてバカなことを、と思いますが、
いたって真剣に討論しているようです。
まずは日本オオカミの復活、
現存する剥製からDNAを取り出して、クローンを作る。
今でこそクローン動物の話題はないですが、
そこの技術の進歩は目を見張るものになっているでしょう。

次に、諸外国のオオカミの輸入。
一番手っ取り早いと思われますが、
どれも日本オオカミに比べたら大型個体ですから、
そこは懸念しているようです。

そして最後にオオカミに近い犬属の小型のヤツ、
と言うことになって、コヨーテに白羽の矢が立ったのでは。
実際、コヨーテは小型で集団で狩りをする肉食獣、
見た目も犬に似てるし、いいんじゃないの、と。

ただ、コヨーテは犬に似ているからではないだろうけど、
人里に平気で現れるタイプで、住宅地に集団で現れて、
飼い犬を狩るそうだから、それはそれで大きな社会問題になっているそうな。
有名は話では、ビバリーヒルズに住むシルベスター・スタローンの、
愛犬がコヨーテの餌食になった。

Oyo

いいですね、カッコイイですね、
犬だわ、離島にこういう犬いそうな気がする。
でも・・・尻尾が・・・キツネ?

この話の出どころは確信がないし、
空想と予測の域を出ることはないですが、
信ぴょう性はあると思います。
だって、生態系が大問題の日本で元の原因を作ってきたのは、
間違いなくこういった発想からですよ。

ヌートリアは毛皮目的だったし、
食料を補うための動植物もたくさん入れた。
生活目的ならまだしも、
趣味のペットとして入れたものもあるし。
そうなんですよ、
それに加担してしまったんですね、
だから偉そうなことは言えない、ってことなんですが、
そこの話は次週にでも・・・

ちなみに、先週の死骸の写真、
自然史博物館に写真を送って同定をお願いしたら、
なんとイタチの子供でした。
日本に生息しているイタチは二ホンイタチとチョウセンイタチなんだが、
写真だけではそこまではわからないそうです。

ネットの情報は面白い、
こんなの見つけた。コヨーテの話です。クリック、クリック。

フリースタイルの演技
ディスクスローについて④

マジックスローの定義。

マジックスローの定義はありません。
一見、どうやってディスクをスローしたかがわからなければ、
それはマジックスローと呼ぶことができるでしょう。
あるいはどうやってスローしているかはわかるけど、
到底まねできそうになかったら、
それもマジックスローになります。
この考え方は、そのスロー形式をマスターしてしまえば、
その瞬間からマジックスローでなくなるのですが、
より多くの客観性がマジックスローと認めれば、
まぎれもなくマジックスローに定義されます。

なぜにこのように複雑な理論が必要かと言うと、
見栄えを採点する競技であって、
採点する側が公平な見方をする必要があるからです。
最初に見た(採点した)マジックスローが、
種も仕掛けもわかって、見慣れてきたときに、
採点に大きな差が生じるのはやはり不公平になります。
また、時には採点する人がかつてプレーヤーだった場合に、
そのマジックスローを使いこなしていたために、
採点を低くした場合も、公平とは言えませんね。
定義が定かでないものは、審査員の主観になりますから、
その主観には客観性と言う定義が必要なのです。
こういった捉え方は後に出てくる、
パフォーマンスと演出にも当てはまります。

定義がないですからどんなものでもいいのですが、
キャッチは成功しなくても、
ディスクはある程度ちゃんと飛行していたほうがいいです。
そうしないと、スローとしての存在意義がなくなるからです。

マジックスローの性質は、どうなっているか全く分からないといった、
ほんとうのマジックのようなことではなく、
形はわかるけど、どこでディスクをリリースしたかがわからない、と言った程度です。
そして、そう言った性質ですから、実用性はほとんどありません。
この実用性がほとんどない、と言うところが、
キャッチは成功しなくてもいい、と言う発想に繋がります。
複雑すぎてキャッチの成功を引き出す精度を実現するのが難しいだけなのですが、
それでもマジックスローが存在するのは、
技術的なことや、それに伴う精度よりも、
演出やプレゼンテーションでの評価を優先されるからです。
よって、ディスクドッグのトリックの中で、
唯一、成功性が基本に置かれていない「技」になります。
こういった捉え方は面白いところで、
「それは無駄なことでしょ」と言われればそれまでなのですが、
面白味と言うのは実はこんなところにあるのではないでしょうか。

世の中の面白いもの、スポーツだけじゃなくてもいいです、
無駄な、どうでもいいことが真剣に取り組まれていたら、
きっとそんなことがスパイスになって面白味を引き立てていることでしょう。

マッジクスローと認められるもの

見本は動画以外に存在しません。(公開できませんが)
写真でも説得力は持ちません。
それでも文書にしなければならないので、
到底伝わるとは思っていませんが、
皆さんの想像力に期待します。

トリッキーな体勢の途中でスローする。

宙返りをして着地してからのスローではなく、
また、スローしてからの宙返りではなく、
あくまでも宙返りしながらのスローになります。
アクロバティックな動作からのスローです。

複雑な体勢の回転からスローする。

上記、トリッキーな体勢の途中との違いは、
両方、あるいは片方の足が地面についているかどうかになります。
もちろん回転しながらのスローになります。

特異な姿勢の停止状態からスローする。

こちらは逆に動作中ではなく、停止してからスローしますが、
きわめて停止していることが難しい体勢が要になります。
逆立ちやブリッジ、バランス片足立ちなどの姿勢を言います。

スローしていないがディスクが飛んでいる(浮いている)状態。

スラップ(手のひらではじく)、キック(蹴り上げる)、
ボディーロール(片腕から胸を通過して、もう片方の腕を転がる)、
ネイルディレイ(指先でディスクを回す)などになります。

他に見たことがあるけれど、説明できないものと、
まだまだ見たこともなく、知らないスローがあります。
マジックスローは最もオリジナリティを表現できるかもしれません。
それは誰もしたことがないスローを開発できる余地が大きいからだと思います。

続く。

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2017年6月30日 (金)

第377回

生態系の保護に物申す。

ちょっと前だろうか、
新聞に猟師が誤射でコウノトリを殺した、というニュース。
サギを駆除していて間違えたらしい。
当然「なんてことを」なんて批判が殺到するわけだが、
いやいやちょっと待って、
サギはいいわけね、殺しても、と言うのはない。
サギは増えて農作物に被害が出るらしい。
だから駆除の対象に。
コウノトリは今やっと100羽ほどになったらしい、
国を上げての保護活動の成果だろう。
で、このまま増え続けて保護しなくてもいいようになって、
逆に駆除しまくったサギが減ってしまって、
コウノトリと間違えてサギを誤射した、
なんてことがニュースになるんだろうか。

そういえばあちこちで鹿も駆除対象に。
でも奈良市内の鹿は保護対象、おかしくない?

日本の固有種でこんなんだから、
外来種にとってはもっと厳しい。
確かに固有種を守れない現実は理解できるが、
原因を作っておいて、そこの反省は無しでただ駆除に奔走するすのはいかがなものかと。
地球規模の環境の変化で考えるのであれば、共存も有かと思うが。

関西で騒ぎまくっている「ヒアリ」も、
おそらくすでにそこら中にいるだろうし、
今はだれも騒がなくなった「セアカコケクモ」の実態もわからないでいる。
それに毒性だけで言うと日本固有種のスズメバチもかなりの脅威だと思うが、
それなりに共存できているし、絶滅させようとする考えも無いようだ。

河川敷の公園を歩いていると、ついついいろいろと探してしまう。
関東で話題の「カミツキガメ」もいるかもしれない。
いたらどうしよう、捕まえてどこかに連絡だけど、
どこに連絡すればいいのか、
その前に捕まえられるのか、噛まれたら大変だし。
そんなことを考えていたら、犬たちがこいつを見つけた。

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不謹慎にも死体の写真なのでぼかしを入れてるが、
ほんとうはくっきり写っている。
見たい人は連絡を。悪趣味じゃないですよ、
現実に目を背けないことは大切だと思う。

何かの子供には違いないが、
全くわからないので、いつも世話になっている自然史博物館に聞こうかと思っている。
場所と雰囲気からして、たぶんヌートリアの幼体かと。
体が傷ついていないので天敵に襲われた感じでもない、
というかそれなら食べられて死体は無いはず。
けっこう匂っているけど、季節的に腐敗しやすい時期だから、
死後日数は3日ほどか。

とにかく、生態系のことは考え直す時期だと思うが、どうでしょうかね。

フリースタイルの演技
ディスクスローについて③

トリックスローの定義。

トリックスローはノーマルスローの変形になります。
そして多くの場合、明確な名称がついていませんので、
元のノーマルスローの変形と言う意味で、
例えば、バックハンド・トリックスローなどと表現します。
明確な名称がついているのは、
後ろ手で正面に投げるバックハンド・バックスロー、
同じく、フォアハンド・バックスロー、
背中側に投げるオーバーハンド・ビハインドスロー、
肩にディスクを乗せてエアバウンドさせる、ショルダー・エアバウンドスロー、です。

変形の種類、
リリースポイントが変わるパターンとして、
極端に低くなるバックハンドスロー(バックハンド・アンダースローともいう)と、
ジャンプしてまで高くする、腕を目いっぱい伸ばしたオーバーハンドスローがあります。

足の間からスロー出来るのはバックハンドとフォアハンドです。
2つのタイプがあって、
一つ目は両足が地面についている状態で、
もう一つは、どちらかの足を上げて、その下をくぐらせる形式です。
足を上げた状態でスローしたのち、その場で自らスピンしたりします。
両足でジャンプして投げるのは、ノーマルスローに属します。

変わり種としては、タップスローがあります。
フォアハンドグリップから、胸や手のひらにディスクを当て、
はじかせて飛ばせる手法です。

トリックスローの注意点
スローする形が変形するだけで、ディスクの飛行形態は変形しません。
このことはとても重要で、投げ方に変形を加えることによって、
飛行形態が変わると、元のスロー形式の定義が崩れるために、
トリックスローとしての定義も明確になりません。
よって変形は施されているが、トリックスローとは認められないことになります。

フォアハンドはリリースポイントが低いことが特徴で、
その飛行形態はおのずと低位置から上昇する軌道になります。
この軌道をフォアハンド・トリックスローを用いた時にも実現できなければなりません。
よって、足を上げたその下からスローする場合、
バックハンドのトリックスローの場合は高い目に、
フォアハンドの場合は低い目に、と言うことになります。

多発している良くない例として、
ショルダーエアバウンドスローがあります。
このスローはその名の通りエアバウンドですから、
急下降ののち急上昇する(極端である必要はありませんが)軌道なので、
その軌道を実現できていないと、
単にバックハンドスローを肩の位置からスローしたことになります。
技術的なことよりも解釈が不足して、
肩からのバックハンドスローになってしまい、
その高さから地面と平行、
あるいは地面に向かって下降するスローが多くみられています。
多くのプレーヤーがショルダーエアバウンドを、
通常のバックハンドスローのように横向きにスローすると、
確実にエアバンドする形にはなりませんので、
エアバウンドの概念とは大きくかけ離れてしまいますので注意が必要です。

続く。

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2017年6月23日 (金)

第376回

伊藤園のトマトジュース、その2

その2だから当然その1があるわけなんですが、
いつ頃掲載したのか全く記憶になく、
それでいて探せばいいのだけど、それもなんか邪魔臭くって。
結構前だったような気はする。
でも、内容は覚えていて、
健康のために飲み始めたのだが、こいつが特別美味いトマトジュースでして、
と言う話だったはず。

とにかく、あれから随分と飲み続けている。
毎日欠かさないから大したもんだと思う。
例えば、朝の歯磨きだって、遅刻しそうでできない時があるのに、
おそらく、記憶では365日1回も飛ばしてない。
もちろん習慣化していることもあるけど、
やはり、基本、美味しいからなんだろう。
飲み始めたきっかけの一つ「健康にいい」、
これの効果は残念ながら、無くもない、程度だけど。

大量に含まれるリコピンさん(どこかの国の人みたいだけれど、さんは酸ね、)が、
摂取しすぎた塩分を体外に排出してくれる、
という、なんとも塩分過多のラーメン好きにとってはありがたい効果効用なんだが、
それって、目に見えないからな。
血液検査でもすればわかるのかもしれないけれど、
体調がいいので、このトマトジュースのおかげ、にしておこう。

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そんな、伊藤園のトマトジュース、
その名も「理想のトマト」なのだが、
なんと、姉妹商品というか、別のトマトジュースを伊藤園が作っているので驚いたわけで、
名前は「熟トマト」なんだけど、
どうしてこういうラインナップになるんだろうと。
と言うのも、この二つのトマトジュースはコンセプトが同じ、
片方に味付けが違う、例えば塩入りとかならツーラインナップもわかるけど、
そうではないようだし。

Img_1687

唯一違う内容を明記しているのは裏パッケージのここ、
使用トマトの原産地。
熟トマトは原産地をホームページで明記とし、
理想のトマトのほうはパッケージに堂々と明記。
ここに大きな秘密がありそうな。

さて肝心のお味のほうだけれども、
これが驚くなかれ、全く違うのだ。
熟トマトのほうは他社のトマトジュースと一緒、
いうなれば昔からある、定番のトマトジュースの味、
これしか知らなければ、美味しいと思うレベル。
理想のトマトは次元が違う、はるか彼方にいる存在。
熟トマトがトマトジュースの定義とするならば、
理想のトマトはもはやトマトジュースではない、ほど。
良くも悪くもだけれど。

こうなるとなおさら解せない。
他社との話なら分かるけど、
同じメーカーで美味いほうとそうではないほうがいる?
好みの問題?そうかもしれない、いや違うな、
それすらも考えさせないほど、理想のトマトは完成されている。
確かにアマゾンの口コミではいろいろと意見もあるだろうけど、
きっと熟トマトを選ぶ人はいないと思う。
もし選ぶなら、他のメーカーのトマトジュースではないか。
あえて言うなら料理に使うなら熟トマトほうが適しているかもしれないが、
それなら料理用としてピューレを作るだろうし。

などと、理想のトマトを飲みながら、
どうでもいいことに思いを馳せらせていると、
新聞記事が目に入ってきた。これだ。

Img_1745

いまいちピンとこない内容だが、
ネットニュースではもっとわかりやすく書いてあった。
http://agora-web.jp/archives/2026523.html
関心のある人は読んでみて、結構面白い、いい記事だと思う。
ネットニュースもたいしたもんだ。

そう言うことか、
それでこのツーラインナップになっているわけか、
とまぁ、わかったような、よけいにわからなくなったような。
だけど、理想のトマトがなくならなければそれでいい、
と思ってしまう。

フリースタイルの演技
ディスクスローについて②。

ノーマルスローの定義

基本の型、ベーシックな物に定義とは、
いささかピントがずれているように思われそうですが、
ディスクスローには投げる型だけではなく、
その飛行形態も定義の中に含まれます。
つまり、その飛び方が必要だから、そのスロー形式を用いる、
という考え方も同時にあるということです。

ノーマルスローはバックハンドスロー、
フォアハンド、オーバーハンド、
そしてバックハンド・エアバウンドスローの4種類と、
特殊な飛行形態を持つ、バックハンド・スキップスローと、
バックハンド、フォアハンド・アップサイドダウンスローの、
2種類をたして全部で5種類となります。

バックハンドスローはその飛行形態がストレートとエアバウンドがありますが、
少しエアバウンドする程度のエアバウンドはストレートのグループに属し、
バックハンド・エアバウンドスローは明らかにそれとわかる、
極端に大きくエアバウンドする飛行形態を指します。
具体的にはリリースポイントが高く、
地面ぎりぎりまで下降したのちに、急上昇するような飛行を見せます。
これはノーマルスローに属しますが、高度な技術力を要します。
完成度の高いバックハンド・エアバウンドはあまりお目にかかることはないでしょう。
このことからも、ノーマルスローが易しいではないことがわかると思います。
あくまでも基本形の位置付となります。

フォアハンドにもエアウバンドっぽい飛行は可能ですが、
完璧なエアバウンドは不可能です。
オーバーハンドに至ってはエアバウンドさせようとすること自体、
ナンセンスだと言えるでしょう。

これと同じ考え方はスキップスローにも当てはまります。
スキップスローはバックハンドが適しているのは明らかです。
できなくもない、フォアハンドとバックハンドのスキップスローは、
ディスクの回転がバックハンドと逆という特性上、
スキップする瞬間に前方に飛ぶ方向と回転が反対になって、
ブレーキがかかってしまい、安定してスキップさせることが難しくなります。
よって、演技上の評価としては、適切な飛行形態を犠牲にして、
不自然な技術を披露しているにすぎません。
確かに、演技中にオーバーハンドのスキップスローを見せられると、
その瞬間は目を奪われることになりますが、
あまりにも飛行形態がお粗末なので、
けっきょく低評価となります。
こういった部分に、冒頭の飛行形態も定義に含まれる、と言う意味が重なります。

アップサイドダウン(ディスクがさかさまに飛ぶ)においては、
バックハンドで投げた時とフォアハンドで投げた時に、
飛行形態に大きな差はなく、ともに理想の飛行を実現できるので、
投げ方に差を付けずに飛行形態だけで定義されます。

上記を踏まえたうえで、
バックハンドの定義は所定の位置まで早く到達し、
しっかりとしたスピンによって、ディスクが滞空し、
それはまるで空中で止まっているかのような錯覚すら覚えるような飛行形態、となります。

フォアハンドは腕の自由度から自在に繰り出せることが特徴ですから、
おのずと、より安定した低い位置でのリリースポイントを、
実現できている必要があるでしょう。
腕の位置を高くしてフォアハンドスローをしていると、
その場面でフォアハンドを使う必要が感じられなくなります。
フォアハンドが出来ることを表現するのではなく、
その時、フォアハンドが必要だったから使う、
これが正しき捉え方だと言えます。

オーバーハンドはフォアハンドとは真逆にあります。
リリースポイントの高さとディスクが飛行する高さに差がないことが特徴です。
キャッチの精度よりも演出的観点からの使用頻度が大きくなります。

アップサイドダウンスローは例外的に滞空させないことが目的ですから、
演出的効果としてはぎりぎりのキャッチになります。
そして滞空はさせないけれど、空中に長くとどまっている必要はあります。
そうでないと犬たちはキャッチの体制が作れませんから。
よって、弧を描きながら上空に舞い上がることが重要です。
これが滞空はしないが、空中に長く飛んでいる状態です。
もちろん距離を投げるという発想もありますが、
それをするとディスクが途中で安定せず、ひっくり返ったりします。
となると、そもそもの安定したディスクからは遠い存在になるでしょう。

続く

次週はトリックスローを解説しましょう。

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2017年6月16日 (金)

第375回

STING

Sn2

行ってまいりました、見てまいりました、スティングのライブ。
先週の土曜日のこと。
スティングを見るのは2回目、
最初は初来日の時だから、「ポリス」の時、
京都のロックの聖地、京都大学西部講堂だった。
40年前、17歳だった。

いや~よかった、感動した、興奮した、
感動しすぎて「ふら~」っとめまいもした。
ほとんど前が見えない最悪のアリーナ席だったんだけど、
と言うのも、長身のスキンヘッドのお方が、
ステージ中央のスティングと自分のいるところの、
狂いのない線上におられまして、
ずっとそのヘッドを見ながら音を聞くというスタイルでして、
いやいや、そんな退けて、とか言えないですよ、
もし、言ったとして、振り向いたときに、
アンバランスに可愛らしい顔してたら間違いなく「プっ!」とかなるし、
逆に怖い系の顔だったら、逃げなきゃいけないし、
逃げるんだったら何しにここへきているかわからないし。

それにそのお方、横ノリでして、
ヘッドが左右に揺れるので、
その合間を縫ってステージのスティングが見える状況。
だから全く見えなかったわけではないんです。
しかし、リズム感、悪っ、
ノッてるというよりも、揺れてる。
見てるとこっちも「ふら~」って、車酔いみたいに。

もう一つ、ここのアリーナは床に弾力のあるマットが敷き詰められていて、
椅子に座ってるぶんにはいいんだけど、
まぁ、ロックコンサートですから全員スタンディング状態で、
クッションの上に立っているのと同じだから、
それだけでも「ふら~」って、
そこにさっきのスキンヘッドの「ふら~」が重なって、
めまいとなるわけ。

本来は体育館なので、そりゃなんか敷かないといけないけど、
なんでまたクッション系を敷くんだろうか、
答えはこれ↓

Sn1

そう、観客全員が一斉に飛んだりすると、
この体育館だけではなくその周辺までもが微妙に揺れるんですね、
そして苦情が来るそうな。
すごいですね、人がたくさん集まると大きなエネルギーになるってこと。

ジャンピングの禁止、これはわかりますよ。
でも「縦ノリ」ってどことなく意味不明、わからん。
ん?でもないか、そうか、
前のスキンヘッドのお方、横ノリだわ。
なるほど、そういうことをわかっていて、横ノリしてたんだわ、きっと。
でも、やっぱ、リズム感、悪っ!!

Sn4

スペシャルゲストのジョーサムナーとはスティングの息子さん、
と言っても40歳って言ってたけど。
顔も似てるけど、声も似てるわ。
親の七光り関係なく独自で音楽活動やってます。

Sn3

ほんとかっこいいおっちゃん、
憧れます、無理やけど。

唄もうまい、当たり前だけどCDと同じ声してる。
それにバンドにキーボードがいない、ってところも何ともスティングらしい。
また来日したら、ぜひとも足を運んでください、
おすすめです。

フリースタイルの演技
ディスクスローについて。

フリースタイルの演技で用いるディスクスローは多様性を重要視します。
それは競技の性質上「魅せる」競技だからです。
つまり、飛行形態の美を見せる、高い技術力を見せる、
そして多くの種類を見せる、と言うことです。
そして一つのスローに対して、この三つの「見せる」を実現することによって、
本当の意味での「魅せる」になり得るのです。

もちろんできることをやる、と言うのは最低限のラインですが、
そこに何らしかの工夫を加えて、より魅力的なものに進化せるといいでしょう。
当然そのためには新しい練習を積み重ねる必要もあるでしょう。
そして何よりもディスクスローの存在意義を掴んでおくことも大切です。

大分類として、ノーマルスロー、トリックスロー、
マジックスローの3種類で構成されています。
まずはこの3つの定義を明らかにしておきましょう。

しかしながらこの定義は皆さんが理解いているものとは少し離れています。
それはこの競技が歴史を刻んでいく過程において、変化してきたからです。
変化ですからあくまでも進化でないことは強調しておきます。
少し厳しい目を向ければ、全く進化していないと言えます。
簡単に言うと以前のほうが明らかに高レベルでした。
どんな競技においても技術レベルが退化するのは考えられないことですが、
ある条件揃うと十分に起こり得ることで、
実際にディスクドッグのフリースタイルではそうなってしまいました。

なぜそうなったか、から解説しましょう。
一見スルーしてしまいそうなことですが、
歴史の中に埋もれる因果関係を知ることは、
やはり未来の姿には重要ですし、
それはどこのどんな世界でも同じことだと考えられます。

その1、高度な技術を要することを誰もやらなくなった。
とっても難しいことをあきらめてしまいました。
その理由は本当に難しいからだけではありませんね、
それを習得する価値が薄まったということです。
競技の採点と言うことを考えると、
そのとてつもなく難しいスローに対して与えられる点数がそれほど多くないわけです。
費用対効果が悪いとも言えます。
しかも、スローの評価もキャッチに成功して初めて対象となるのですから、
(この話はいずれ、審査基準の考察、で解説します)
苦労してその技術を会得しても、ミスキャッチで水の泡となるので、
「損」ではないですが、リスクに見合わなく捉えてしまいます。

その2、誰もやらないことは存在が消える
これはその1の話の続きです。
誰もやらなくなると、新しいプレーヤーもそれを見ることはなくなりますし、
そんなスローが存在していたことも知ることはありません。
同じように、かつては存在していた審査基準からも消えていきます。
ある意味で、こう言ったことは当たり前のことですが、
(誰もしないのだから)
それなら簡単な誰でもが出来ることも、
当たり前すぎて、存在は消えないまでも、
審査基準からは消えていきそうですが、
この考え方は競技の存続を否定することと似ているので、
違う形でその簡単なスローの審査基準を残してしまうのです。
具体的にはスローの形式ではなく、距離の精度とかのことです。
ちょっとややこしい話ですが。

その3、演技の質が根本的に変わった。
これは優れた犬たちの登場で、演技の中で魅せる比率が、
キャッチの出来栄え、犬の動作、に重きが置かれるようになって、
演出効果やスローの技術の比率が小さくなってしまった、です。

この3つの理由から退化してしまったのですが、
やむを得ない事情であったと考えられます。
そういった意味では退化は適切な言葉ではない気がしますが、
それでも完全に無くなって遺跡状態になっているわけではなく、
もし、今誰かが挑戦し、完成された形で演技に取り入れたなら、
ニューウェーブとして支持されるでしょう。
おそらく、こういった「魅せるスポーツ」の正常な状態だと思います。
フィギアのトリプルアクセル状態と似ていませんか?

と言うことで、
現在はマジックスローは事実上存在していませんが、
定義とともに復活させたいと思います。
同時にノーマルスローとトリックスローの定義も修正しましょう。

続く。

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2017年6月 9日 (金)

第374回

びわの収穫

びわ・・・琵琶と枇杷。
始まりは大昔、まずは果物の枇杷。
それに似ているからと(胴の部分が)楽器の琵琶が名づけられたそうな。
でもって、その楽器と似ているからと滋賀県の琵琶湖がその名前に。
ところで、その琵琶湖なんだけど、飛行機もなにもない時代、
周辺のどの山の頂から見ても、琵琶の形には見えない、って知ってた?
もちろん正確な地図ができる何百年も前の話。
じゃあ、どうして?
確かなのは誰かが、何らかの手段で上空から見た、ってこと。
そう、どうやって?っていうのがワンダーな話。

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理由はわからないが今年はビワが豊作だ。
俗に言う「たわわに実る」状態。
(正確には「枝もたわわに実る」だが)
考えられるのは雨とか栄養とかではなく、
樹齢かもしれない。
「桃栗3年、柿8年」というあれ。
本当の意味は違うけどね。

縁起が悪いと忌み嫌われるビワの木だが、薬草効果もある。
あるある話で、
もともとこのビワは種を植えたもの。
子供が小さいときに食べたビワの種を庭に埋めて、
子供の成長と照らしわせる、という話。
だから植えてから20年ぐらいか。
実を付けだしたのは5年ぐらい前なので、
「桃栗3年、柿8年、びわ15年」になる。
そこからさらに5年で、つまり若者から成熟した大人になって、
ことしで「たわわ」状態ではないかと推測する。

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ずいぶんといい色になってきたけれど、
実はまだ収穫には少し早い。
もう少し熟成させたいところだ。

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いい感じのヤツは少しだけ袋掛けしよう。

残りはこの人のおやつとなる。

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これぐらいなら十分に今食べれそうだ。

けっきょく、イケそうなのがそこそこ収穫。
まぁ、ちょいとばかしスッパイがそれはそれでよし。

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犬は咬む、後述。

先週の内容で終わりはやはりダメですね。
やり直しします。
今、この問題を抱えていて、真剣に犬と向き合っている人には、
ある意味でとても酷な内容でした。
それは「そんなことわかっているから」でもなく、
「もうあきらめました、飼い方を変えます」でもありませんね。
現実はこの瞬間にも、血を流し痛みに耐え、
そして何よりも恐怖心と戦っていることです。

これは多くの人が経験することではありませんね、
もちろん咬む資質のある犬をうまく咬まないように育て、
そのことによって、恐怖心を拭い去った人もいることだと思います。
しかし、そんな人も含めて、今恐怖心と戦っている人とは大きな温度差があります。
もしかしたら、これこそ経験しないと分かり合えないことかもしれません。

ちょっと想像してみましょう、
自分の家の犬に恐怖心を持つということを。
真の愛情から撫でようとしたときに咬まれるかもしれません、
ではなく必ず咬まれます。それもそうとうな力で。
一瞬でしびれ、流血します。病院へ行かなければならないかもしれません。
あなたの幼子が愛犬に咬まれるかもしれません。
それで命を落とすこともあるでしょう。

注釈します。
この想像はDVなどの家庭内暴力と似ていますが、
対象が犬ですから、全く違う内容です。
そちらのことには言及できませんので、
混同されませんように、お願いします。

我が家の犬に恐怖心を持つと言う事が、
どれほど情けなく、重くのしかかることかをわかっていただきたいです。
それが例えば精神的な疾病が起因しているのなら、
まだある程度は納得できるでしょうが、
きわめて正常であり、特別育て方に、あるいは飼い方に不備がないときは、
動揺する心を静めることはとても難しいのです。

不謹慎ですが、地雷という表現を使います。
地雷の埋まっている道をその犬が生きている限り歩くことになります。
専門家に来てもらっても解決しません。
そして今回の私の話は、地雷がありますよ、
その地雷を見つけてください、そして踏まないように歩いてください。
という内容ですから、
今上げた右足を下すそこに地雷がある人には全く無意味なのです。

私が今までに飼ってきた犬の中に地雷犬は一匹だけです。
オスのシェパードでしたから威力のある地雷でした。
でも、彼が地雷犬であることは生後6か月の時点でわかりましたから、
十分に対処できました。
私限定ですが、その地雷の上で飛び跳ねても爆発しないようになりました。
それでも一時も油断できない状態ではありましたし、
もし、私がいなくなったら彼の運命もそこで途絶えさす覚悟でいました。
実際にそうするように家族には話していました。

けっきょく彼は5歳で天に召されることになるのですが、
死因は病死ではなく、手術後の処置でした。(この話は以前に書いたような)
病気になり手術をし、当然入院となるのですが、
地雷犬には入院はできません。
彼を病院へ置いたままにすると、
麻酔が覚めた時にどのような事態になるかはわかっていました。
そして獣医さんの了解のもと麻酔が覚める前に連れて帰り、
家で療養し、通院することにしたのですが、
この移動がよくなかったようです。
完全に麻酔から覚めることなく旅立っていきました。
ほとんど麻酔が覚めてない状態で、
車からおろすのに抱きかかえた時、
反射的に手に咬みついてきました。
当然の行為です、彼がその時平常心でいられるはずもありません。
しかし、彼は犬歯が私の手の甲に触れた瞬間に口元を緩めました。
地雷は爆発しなかったのです。
彼が死んだとき、安堵している自分がいました。
もちろん若くして死んでいますし、
死因が話した通りですから、悲哀でしたが、
地雷がなくなったことには安堵したのです。

これは決して口にしてはいけないことですが、
本当にどうにもしてやれなくて、
家族が傷つくばかりなら、最悪の選択も最悪ではないと思います。
安楽死だけではないですよ、
保護施設に預ける(捨てるではない)、
家で隔離して飼い続ける、などです。
その子を責任をもって飼い続ける末路が、そういったことであっても、
責任をもってのことならやむを得ないと思います。
ですから、「犬は咬む」問題と無縁の人も、
この問題の闇の深さを知り、温度差を縮めて、
最悪ではないその選択に理解をいただけたらと思います。

また、話しましょう。
毎回、同じ話の繰り返しになりますが。

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2017年6月 2日 (金)

第373回

日本を背負っていく若者

国道1号線が渋滞していて、走行と追い越しの両車線とも、
止まっている時間のほうが長くなってきた。
事故渋滞だろうか。
ところで、1号線がこの地域に通っていることはちょっと自慢である。
だって、なんたって「1号」ですから。
国道がいったい何号まであるのかは知らないけど(調べる気もない)
1号ですからね、7号とかとは値打ちが違うし、なんて思うのである。
まぁ、それに昔の東海道だから長いし。
そんな自慢な1号線だけれど、渋滞したら自慢もクソもない。

渋滞中、走行車線にいると、隣の追い越し車線の車と並走することがある。
しかも止まる位置も同じだ。
そんなとき、こっちの車はキャブオーバーなので背が高く、
隣の車が乗用車なら見下ろす格好になるから少しばかし気を遣う。
だって、相手の視線に入らないところで、
覗いてる、みたいになるから。

まるでストップ&ゴーをリズムに合わせているかの如く、
並走している隣の車はオフィス機器関係の営業車のようだ。
白い小型バンのドアの横に社名が入っている。
その社名を確かめたくて、停車したときにグッと目線を近づけると、
何やら運転手がもぞもぞしている姿が見えた。
「何してる?」
おぉ、驚いた。なんと弁当を食っていた。
のり弁っぽい弁当をちゃんと箸を使って食っている。
それだけではない。
箸を持ったままスマホを操作している。
さらに、ハンドルの前のダッシュボードにはA4のファイルが開かれている。
もちろん、両手はハンドルにはない。
つまりこうだ。
停車中は左手にのり弁、右手に箸とスマホで、
スマホを操作しながら弁当を食って、
目の前にあるファイルに目を通している。

車が動き出すと左手の弁当は助手席へ、
スマホと箸は膝の上、
両手はハンドルでしっかり前を見て運転、
そして、また止まると、それぞれのアイテムは元の位置へ。

しかしなんとまぁ器用な兄ちゃん、と感心。
これって違法?でも停車中だからOKなわけ?
いやいややっぱり駄目でしょう。
年のころは20歳半ば、なんとなく新入社員のような気がする。
初々しさとやる気が伝わってくるから。
また食べっぷりがいい、
ガツガツ食うところも好感が持てる。
それに精度が高い。
決してスマホと箸を落としたりしないし、
ファイルのページは確実にめくるし、
のり弁をこぼしたりもしない、大したもんだ。
見えないけど、たぶんのり弁もキレに食べていると思う。
きっと米粒の一つも残っていないのだろう、
そういうところに育ちの良さがわかる。知らんけど。

弁当食う時間もないほど働いているんだろうな、と思う。
こういった若者が将来日本を支えてくれるのだから、
まだまだこの国も捨てたもんじゃない。
彼が将来、管理職になった時、
「弁当みたいなもんは移動中に食えばいいんだよ」
なんて部下たちに言うんだろうな。
「それに俺はな、食うだけじゃないぞ、
食いながら仕事もこなしてきたんだ」
と、ダメ押しするんだろうな。

5回ほどのストップ&ゴーで完食、
その後渋滞も解消されて彼は遠くに消えていった。

ところで、聞きたいんだけど、今、午前10時20分だけど、
それって「何メシ?」

1go

A1go

なんかカッコいい、アメリカのやつ。

犬は咬む、最終回

~それらは極めて冷静な判断によって執り行われています。~

その冷静さがよっくわかるのが咬む力です。
犬の咬む力は相当に強いです。
犬の咬む力を数値化していることがありますが、
それは全くあてになりませんし、
その数値を知ることはそれほど重要ではないですね。
ただ本気で咬むと殺傷能力は十分にあります。
犬にかまれたときに重症化しないのは、
犬の手加減です、つまり本気ではないということになります。
犬自身は本気で咬めばどうなるかは知っているし、
それが今必要でないことも知っています。
知っていて咬むんだから質が悪いって話にもなりますが、
そうではなく、犬は咬むけれど意外にも本気ではない、
威嚇で咬むのがほとんどであるということです。
もちろんその程度でも、激痛が走って出血、あるいは骨折することもあるでしょう。

対犬でも人でも重症化するときがありますが、
それは体力差が力の差になった時と、
興奮具合で歯止めが利かなくなった時です。
おそらく獲物を襲うときと、
本気で身の危険を感じた時以外は本気で咬まないでしょう

本気で咬まない犬の咬み方を「歯を当てる」と言い表しますが、
本気でないからという理由でこの問題から除外したりはしません
「歯を当てる」も咬むの一部として対処します。

咬む理由を知ることは咬む時を知ること、
そして咬まれない方法を探ることに繋がります。

咬む気持ちにさせないことは重要で、
何よりも追い詰めないことが一番効果的です。
もちろん、そのためにはその犬が何で追い詰めれたと、
感じるかを知る必要がありますが、
それは普段の生活の中で十分に探ることができるでしょう。
ただし、探る生活をしなければなりません、
こう言うととても息苦しい生活で生きがいを失くしてしまいそうですが、
「探る」のものが「思いやり」だと思えば自然にできるのではないでしょうか。

咬む気持ちになった犬にNoを言ってもその気持ちは収まりませんし、
仮に咬む行為を止められたとしても、
それは根本的な解決にはなりませんね。
もちろん、咬んでしまった結果よりは、
はるかにいい結果であることには違いありませんが。

家族を咬んで、他人を咬まないということはありませんし、
逆に他人を咬んで家族を咬まないということもありません。
咬まれるに差があるとするなら、
その原因を作っている方が咬まれるほうです。
家族の中の誰かが咬まれるとしたら、
その誰かは咬まれる原因を作っています。

他の犬は咬むけど他人は咬まない、これもありません。
唯一あるのは、家族は咬まないが、他犬は咬む、です。
これは家族を群れとしてみた場合の正しき状態ですし、
犬を飼うことの大きな魅力の一つとも言えます。
魅力という言葉を使うと、さらなる誤解を招きますが。

ここでもう一つの大きな問題に到達します。
それは「咬まないように育てることができますか」ということです。
答えは「できます」ですが、年齢が高いほど難しくなります。
反対に幼少期は思った以上に簡単です。
難しくなる理由は頑固になるとか、素直さがなくなる、とかではなく、
正反対の「咬むこと」を学んでしまったからです。
幼少期が楽な理由も同じです。「咬むこと」を学ばせないのです。
幼少期の咬まない犬に育てる策はありますが、
2歳を過ぎて「咬むこと」を学んでしまった犬を、
咬まない犬に育てる決定的な術は持っていません。
もしかしたら、そんな育て方はないかもしれないとすら思っています。
世の中には「それでも大丈夫」と言う専門家がいますが、
暴力によってその犬の心を封印してしまう方法を採用する専門家はいかがなものでしょう。
咬んでしまう勢いの程度にもよりますが、
それならまだ犬歯を削ってしまったほうがその犬は幸せでしょう

決定的な策がないうえで、事を避けるは有効だと思います。

犬はもともと無意味に咬むものではありませんから、
より多くの状況を避けなくても健全な犬生活は維持できるでしょう。
それができないほどの悲惨な状況ならあきらめるしかないかもしれませんが、
それは稀なことでしょう。

結論はありませんが、事の顛末としては、
「犬に咬ませてはいけないし、犬に咬まれてもいけない」
と言うことになります。
全く解決にも助言にもなっていませんが、
これは一つの妥協点だと考えています。

犬たちにとって咬むことは自然なことです。
咬まなければいけない場面もあります。
咬むときには必ず犬の正義としての理由があります。
しかし、我々はそれを認めません。
何があっても咬んではいけないことを求めます。
もちろんだからと言って、ほかの人や犬を傷つけてもいい理由はありません。
しかし、それと同じように咬むその犬も傷つけてはいけないのです。

咬んだ犬をあなたはこれでもかと言うほど叱ります。
そこに正当な理由があるにも関わらずそれを否定します。
犬の話すら聞こうとはしません。
咬んだ理由がもしかしたら、あなたを守るためだったかもしれません。
きっと尊厳を傷つけられたと思っているでしょう。
そして、この瞬間からあなたとの関係は壊れていきます。
不信と不安の中でこれから先ずっと飼われ続けなければなりません。
もしかしたら自死するかもしれません。
そんなことあり得ないと思っていますか?
チャンスがないだけですよ。
犬の自死は誰も研究していません、それは「無い」が前提だからです。
家出する犬をたくさん知っているのに、
事故に巻き込まれる犬をたくさん知っているのに。

咬む犬から犬としての幸せを奪ってはいけないですし、
そのことで人と共存できなくなっても、
あるいは一般的な家庭犬としての幸せを得られなくても、
その犬の尊厳は守ってやらなければなりません。
それが犬属の命をもてあそんだ人の役目です。
犬に咬まれたらその犬も人も不幸になります。
咬まない犬だけを求めるのではなく、
咬まれない自分も求めてください。
もう一度言います
「犬に咬ませてはいけないし、犬に咬まれてもいけない」です。

終わり。

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2017年5月26日 (金)

第372回

ツアー・オブ・ジャパン

Img_1741

そうかぁ…あれから1年、早い。
またまたツアー・オブ・ジャパンの2nd京都ステージの観戦に行ってきた。
もちろん、京都ステージはわが町を走る。
日本最高峰のレースが自分の住んでいるところを走るなんて、
なんてラッキーなことかと思う。
はっきり言って、めちゃくちゃファンでもないし、
まったく勉強しない、素人中の素人なんだが、
それでも十分に楽しめるから、
やはり、どんな世界でもトップクラスと言うのは、
それなりに説得力と魅力を兼ね備えているのだろう。

サイクルレースだから当然自転車で会場に行く、
じゃなくて、自転車でひょいっと行ける、ということ。
着いたとたんに高揚している自分がいるから不思議だ。
この気分はコンサートが始まる直前と似ている。
ただ、さすがに今回は2回目の観戦なので、
初めてよりも若干冷静さを保っている。
6周する周回コースをどの位置で観戦するとか、
そういった計画が立てられる。

さて、これより写真が連続して出てきますが、
決して「いい写真撮れた」自慢ではないので、あしからず。

Dsc05075

別に屋台が出てるから気分が高揚しているわけではありません。

Dsc05080

1周目のメインストレート、
1周16.8kmを6周する・・・・と、100kmを超える。

Dsc05091

2週目のストレート手前の90度コーナー、
誰か転倒したら・・・・恐ろしい。

Dsc05102

やっぱりサポートカーがかっこいい。

Dsc05104

3週目の先頭グループ。
横のオートバイが何かを知らせている、なんだろう?

Dsc05105

後続グループはほとんど全員の集団、
各チームごとに並んでいるのはどういう意味だろうか。

Dsc05113

サポートカーから何かを手渡されている。
しかし、これはこれでちょっとスリリングな感じがするが。

Dsc05137

元F1レーサーの片山右京さんのチームウキョウのサポートカー、
ドライバーは右京さんだと期待したんだが、違った。そりゃそうか。

Dsc05140

こんな光景も、
風の抵抗を減らしているのか、それともペースカーになっているのか。

Dsc05149

チームメイトにペットボトルを渡す。

Dsc05151

そして頭にかけた。
この日の気温は32度、だよな。

ゴールと表彰式は場所取りに遅れて写真なし。

Dsc05161

レースが終わったら早速3rdステージに移動。
3rdステージは三重県のいなべ市、休憩のない翌日にレース。
1stステージは大阪の堺市で前日の開催、
8日間連続で最終8thステージが東京の日比谷。
トータル743.75kmとなる、それがツアー・オブ・ジャパンだ。

いや~しかし、写真の腕前も上がったわ。

犬は咬む、その2

犬は咬むものである。そして、だから危険な動物である。
まずはここを深く理解する必要があります。
思い知らされる、まではいかなくとも、
一番ベーシックな考え方としてこの部分はどうしても押さえておきたいですね。
しかし実はこれはあまり簡単ではないです、
例えばジャーマンシェパードやドーベルマンを飼っているなら、
その納得度は高くなりますが、
チワワやトイプードルを飼っている人には現実的ではありません。
その理由は大きさと容姿です。
当然、同じ犬族ですから危険動物には違いないのですが、
チワワの可愛らしさを目の当りにしたら、
誰でもすぐに手を出してしまうでしょう。

犬が危険な動物であることを認め、
その上で共存を図る、
そして共存方法を探ることが、
犬を飼うということの重要な一部でなければならないのです。

この話の展開は「躾の重要性」に繋がるのが一般的ですが、
残念ながらここではそこへは進みません。
Noで止められるほど「咬み」は軽くないのです。
もし簡単にNoで解決するのなら、この問題は大きくなっていませんし、
犬を飼うことは殊の外、快適になるでしょう。

どんな躾でも咬むことを止めることはできませんが、
(咬むことは犬の最後の権利だから、その1を参考)
咬まなくても済む解決方法を学ぶことはできます。
咬むことを止めるも咬ませないのも、
咬まないのだから、この二つは同じように思いがちですが、
全く違うものです。
前者は他からかかるカギですが、
後者は犬自身がかけるカギになります。
同じ鍵でも精度が全く違いますね、
いくらカギをかけていても、両方に咬みたい気持ちは残りますが、
他からかけられたカギのほうがより強く残り、
カギを壊してしまうこともあるでしょう。

何かにつけてよくする話ですが、
犬に「咬みクセ」というものはありません。
ドッグトレーニングの本などに頻繁に出てきますが、
もしそんなものがあったら犬は犬として人と共存できないですし、
そもそも人が犬を飼おうとは思わないでしょう。
「咬みクセ」は言葉のあやだと考えればいいです、
そういった意味では何かと使うには便利な表現方法です。

例えば、咬む犬に威圧的に強烈に叱り続けると、
興奮を助長するので、さらに興奮することを学び、
まもなくあなたは攻撃される(咬まれる)。
このようなことを「咬みクセ」がある、
と表現してしまうのです。クセじゃないですけどね。

犬が咬む理由について話しましょう。
精神的疾患で咬むことがあると言われていますが、
今までに直接その例を見たことはありません。
なのでそのことに言及する事はできません。
想像や引用で語ることはできるでしょうが、
それは意味のないことですね。

すべては自己防衛によって犬は咬みます。
仮に先制攻撃であっても自己防衛にあたります。
「やられそうな気がした」ですね。
対人間に対しては誤解である場合もありますが、
犬どうしのやり取りではまず間違いはありません。
人以外の生き物はやられてから攻撃するなどと言う、
悠長なことは言ってられないのです、
まさしく命のやるとりですから。

他の小動物を咬む場合は攻撃でもなんでもなく狩猟です。

人を咬むときは100%自己防衛になります。
自己防衛が働くとは追い詰められている状態を示します。
ここで多くの人は「追い詰めた覚えはない」と主張しますが、
大切なのは追い詰めている方の意識ではなく、
追い詰められている犬のほうの意識です。
そんなつもりはなくても、犬が追い詰められたと言えば、
追い詰めたことになりますし、それが疑う余地もない事実です。

何に対して追い詰められている感を犬が抱くか、という事になりますが、
それは明らかに追い詰められているとわかるときもあれば、
人間には全く理解できないところもあります。
よってここも100%の精度をもとめることはできませんし、
ここに状態例を書き留めることも不可能です。
ご自身の中でパターンを見つけ蓄積していってください。

追い詰められている感が咬む理由になっているのは事実で、
一見反射的、あるいは本能と解釈したくなる時がありますが、
それらは極めて冷静な判断によって執り行われています。

続く。

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2017年5月19日 (金)

第371回

どんぶり派ですか、それとも炊く派ですか?

チキンラーメンの話なのだ。
ネタがなくなった時の「食い物ネタ」、しかもお手軽なラーメンの話。
違う違う、そんな軽い気持ちで書いてない、もっと真面目、真剣。
どちらかというと、ずっと温めていた話、
いつでも掲載できる準備はできていたが、
いい写真が撮れなかった。
で、今回ようやく納得できる写真が撮れたので記事にできるというわけ。
なんていっぱしのカメラマンみたいなことを言っているが。

その前に、ここでタイトルの「炊く派」に引っかかってる人がいるのではないだろうか、
もちろん「炊く」は標準的に使われていると思う、飯を炊く、とかで。
しかし、ことラーメン、しかもインスタントラーメンに「炊く」を使うのは、
おそらく関西圏だけだと思う。
「じゃまくさいから今日の昼飯はラーメン炊いとくねん」みたいに。
えっ?使わない?うそ、京都だけ?
京都でも使わない?じゃオレだけ?

始めます。

あなたはチキンラーメンを作るとき、
どんぶりに湯を注いで作りますか?
それとも鍋に入れて炊きますか?

Img_1614

インスタントラーメンの創出的傑作、チキンラーメン。
その栄光の歴史は簡単に語りつくせない。
ただ、チキンラーメンによって救われた人がどれほどいるかは、
想像に難くない。
そして、戦後間もないころに誕生したチキンラーメンが、
その後の日本の発展に寄り添いながら歩いてきたことは確かである。
もしノーベル賞にラーメン部門があるとするなら、
間違いなくその栄冠を手にしていたことだろう。

Img_1739

カップ麺以外で湯を注いでできるラーメンはチキンラーメン以外にない。
(たまにバッタもん的なのを見ることがあるが)
しかし、だからと言ってそのことに大きくこだわっているつもりはない。
それにパッケージの裏にはちゃんと「湯を注ぐ」と、
「煮る」(やっぱり炊くとは言わないようだ)の、
二通りの作り方が掲載されている。
それぞれの作り方で微妙に味が変わるのだが、それは好みの問題である。
今、問題にしているのはそこではなく、
表のパッケージになっている玉子をトッピングした写真だ。
チキンラーメンと玉子のコンビネーションは最強だと思う。
親子丼のごとく親子ラーメンになるからだ。
メーカーも玉子の落とし窪みを作るほどにアピールしている。
そしてこのパッケージの写真は何とも美味そうではないか。

ところが、この二通りの作り方、「注ぐ」も「煮る」も、
こんな風に美味そうに玉子が仕上がらないのである。
注ぐの場合、うっすらと膜は張るけれども、ほとんど透明に近い。
と言うことはその玉子は限りなく「生」だといえる。
この状態でもし、玉子の黄身を箸でつぶしてしまったら、
一気にラーメンの汁は茶わん蒸しの蒸す前みたいになる。
食えないことはないが、もうすでにチキンラーメンではなくなっているので、
食べることに意味を持たなくなる。
最近・テレビCMで作り方を紹介しているが、まぁー出来ないって。

煮るはもっと悲惨だ。
説明には鍋で1分煮る、とあるが、
その後に玉子を投入するとラーメン自体を煮すぎてしまう。
かといって、麺の塊と玉子を同時に入れると、麺をほぐすことができない。
ほぐれるまで煮込むと今度は玉子が固くなりすぎる。
さらに沸騰の波で白身が原型をとどめない。
透明なスープが売りだが、妙に濁ってしまう。
鍋からどんぶりに移す時も深刻だ。
最悪、麺の中に玉子が混ざってしまう、これではトッピングとは言えない。

さてどうする、
どうにもならないと簡単にあきらめてしまったら、負けたことになる。
しかしここで負けるわけにはいかない。
男には絶対に負けられない戦いがある。
そして、10年の歳月を費やし、とうとつベストな方法を見つけたので紹介したい。
完ぺきではないが、未来は見える。
あとは後任に任せてもいいだろう。

①どんぶりに麺を入れておく。

②玉子だけを炊く。火加減が重要、白身を壊さないこと。
Img_1615

③いい感じに炊けたら、玉子だけをトッピングする。
Img_1621

④新しい湯を注ぐ、玉子を煮た湯は使わない。
Img_1622

⑤ふたをして3分待つ。
Img_1623

⑥出来上がり。どうだ、透明度を保った汁に注目。
Img_1626

「炊く」と「注ぐ」のコンビネーションだが、
その手間がインスタントの精神に反している、とか言うなよ。

犬は咬む

来月、倶楽部のイベントで行うディスカッション、
テーマの「犬は咬む」についての議題を掲載します。
内容について関心が持てた人、意見がある人は、
ぜひともご参加いただけたらと思っています。
よろしくお願いします。

このブログでも数回取り上げていますし、
新聞やテレビでも取り上げられることが多いです。
また、出版物も多く出回っています。
それほど「犬が咬む」(以降「咬む」と表現します)問題は、
深刻で大きな問題です。
時折、ニュースでは悲惨な咬傷事故も報じられています。

犬が苦手な人のほとんどが咬むですし、
もし、犬たちが咬むから遠い存在だったら、
犬たちのこの社会におけるポジションはもっと違ったものになっていたでしょう。
ただ、それでいても何かにつけて、犬たちが重宝がられるのは、
その咬むをコントロールできるからですね。
ここがクマやライオンを飼うのとは大きく違うところです。
咬むをコントロールできないとしたら、
犬は檻の中で飼うことが常識となっているでしょう。
危険な問題を差し引いても、やはり人にはなくてはならない存在なのです。

よってディスカッションの目的は、咬む問題を無くすことではなく、
減らすことだと考えています。

咬む問題はなくならないのですか?
人は気質、姿形もモラルや倫理を通り越して、
神のごとく「犬の生」を支配下に置いているのに、
どうして大きな問題である咬むを解決しないのでしょうか。

これは大変厳しい質問です。しかし、とても重要な質問です。

理由は咬む気質が必要ということです。
警察犬や闘犬のことではありません。
事実、警察犬の咬むは攻撃ではなく遊びの範疇ですし、
闘犬はもはや時代にそぐわなくなっています。
一部の愛好者もやがてそのことに気づく時が来るでしょう。
そうではなく、犬は犬自身が自らを守るために咬む気質が必要で、
それを守ってやらなければならないのです。

世の中のすべての動物が犬を保護するとは限りません。
それに虫かごで一生を終わらせるわけにもいきません。
時にはほかの動物に襲われることもあるでしょう、
特に人間は厄介です、
その知恵で巧みに物を武器に変えてしまいますから。
それだけではありませんね、
精神的な威圧を与えたり、保護しなかったりしますし、
都合によっては合法的に殺戮も行います。
生き物の「生命」をもてあそぶことに、
喜びと優越感を持てるのが人間です。
そういったことから自分を守るために咬むは必要で、
そうではない人たちに咬む気質は守られてきました。
何とも皮肉な話ですが、
ここの事実をとらえないと、問題の解決には進みません。
咬む問題はなくなりませんし、
仮にブリーディングでもそこを目指してはいけません。
もちろん必要以上の攻撃性や容姿を追及してはいけませんが、
最低限の防衛力は必要なのです。

よって減らす、あるいはうまく付き合っていく、という考え方になります。

と、申しましても、
例えば、現実に起こっていることで、
わが子を飼い犬に咬み殺された人などは、
到底納得できるようなことではありませんね。
もちろん誰が悪い、などといったことでもなく、
やりきれないものが残っているのは想像に難くないです。
ただ、そういった方たちに配慮しながら話を進めることはしますが、
納得していただけるとは考えていませんし、
説得力も器も持ち合わせておりません。
そこのところはなにとぞご容赦ください。

続く。

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2017年5月12日 (金)

第370回

ブルース最高!

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連休の最終日の7日、堺ブルースフェスティバルに行ってきた。
何回目かは定かではないが(たぶん5~6回はやっていると思う)、
年1回の恒例のフェスティバルだ。
同じ大阪の高槻市では3日から5日にかけてジャズフェスティバルをやって、
それを追いかけるようにして、6日、7日は堺でブルースをやるという、
イベントがバッティングしないように、なんとも粋な計らいをするもんだと感心する。

ジャズは正体が明らかだけど、ブルースってなに?、になるかな?
確かに言葉で説明するのはとっても厄介だ。
だからここでは説明しないことにする。
まぁ、聞けばわかる、ということで、
とりあえずBBキングとジョン・コルトレーンを聞き比べてみて。

面白いのは音楽のジャンルのことだけではなく、
その成り立ちと言うか、バックグラウンド的なことも違うところ。
だから、ジャズフェスティバルはどう考えても阪急沿線の高槻だし、
ブルースフェスティバルは南海沿線のしかも古い港町の堺になる。
つまり堺で聞くブルースは最高、
行ったことないけどアメリカのシカゴで聞くのと同じテンションって感じになる。
関西人にしかわからない話ですけどね、
ちなみにシカゴはブルース発生の地と言われている。

堺東駅周辺の3か所で両日ライブが行われた。
数多くのバンドがひっきりなしに演奏するので、ブルースファンにはたまらない。
もちろん有名なブルースマンも登場する。
もちろん入場料はタダ。だからってことではないがギャラリーも多い。
しかも平均年齢タカシ、ガラ悪し。
ガラ悪いってことじゃなくて、クセのありそうな、
こだわりの強そうな、酒臭そうな、そんな普通の感じ。

Sbf1

けど、いいな~ブルースは、なんか沁みるよな、
こういう年になると、ほんとブルースに癒される。
18歳の時に聞いて感動したブルースマンも出るし、
前日の出演だったので見れなかったけど。
ほぼ40年前になるが、あの若さでブルースに感動したんだから、
自分で言うのもなんだけど、良い感性してたのかな、
それとも単におっさん臭かっただけなのか。

いつもの通り、こういった感動は自分をよからぬ方向へ導くクセがある。
そう、来年はここに出たい、と思ってしまった。
例えばですよ、ロックバンドなら年齢と容姿で予選落ちだけど、
ブルースなら大丈夫ですよ、
実際、かなり高齢のバンドが出てましたけど、
これが最高にカッコいい、そんな中に入ったら、
若造がってきっと呼ばれる、そういうのもまたイイ。

出るとしたらバンド組まないとなぁ、
欠員が出たバンドがあったらそこに入ってもいいし、
(オーディションに通ればね)
けど、練習に参加する時間があるか?
ん~~そこが問題やな、予定では死ぬまで貧乏暇無しなんでね、
となると一人で弾き語りって手もあるな、
フォークじゃなくてブルースの弾き語り、
いいですね、工場街の中を流れるドブ川にかかる橋の上で。
(今日びドブ川って言わないし、それにそんな川、無いし)
ダメダメ、歌がだめだわ、音痴だし。
そうか、だれか歌ってくれない?

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自慢の楽器を紹介。(ええやろ~、じまん、じまん)
古いけど、楽器だから古い方がいい、
物は確かだから今でも十分使える。
といってもしばらくアンプに繋げてないけど。
バンドに入るんだったらベースで、
弾き語りならもちろんギターで、
そうだブルースハープ(ハーモニカ)も練習しよう。

ゲーム前のディスクスロー練習について。その2

先週の話で、ディスクは危険物、をわかっていただけたら、
そこを踏まえて、ゲーム直前のディスクスロー練習の在り方を検証しましょう。

まずは目的ですね、
何のために練習するんですか、ということになります。
上手になるために、が普通に返ってくる答えですが、
「今、すでに上手じゃないですか」になります。
つまり、そこそこ上手だからゲームに参加するわけで、
話にならない腕前だったらゲームには参加しないわけです。
だってゲームになりませんから。
もちろん上手のレベルは千差万別ですが、
少なくともある一定のレベルには達しているはずです。
そういったことで言うと、上手になるための練習は今必要なことではないですね。
今・・・・

いやいや、もっと上手になるためですよ。
ちょっと待った、
今、ちょこっと練習して、急に上手になるはずがありませんね。
チョイ練習で上手になるんだったら、誰も苦労はしないでしょう。
それはあなたが一番よくわかっているはず、ではないですか。

風を読んでおく必要があります。
確かに・・・・・とは言いません。
それは無駄でしょう、と言います。
まずはスロー方向を選べないのであれば、
風を読んだところで無意味ですね。
それに、風は一定ではないですから、
今の風がそのまま自分の出番の時と同じとは限らないです。
そもそも風を読むのは投げる一瞬手前です、
そして、その一瞬でスローを対応させる技術が必要なのです。
風を読んでもいいですが、やるべきことはすべて事前対策のはずです。
今、ゲーム直前にできることはなにもありませんね。

上手なところを見せつけて、ライバルにプレッシャーを与えます。
いいでしょう、この考え方は、賛成します。
だけど、もしミスったら逆にライバルが自信を持ちますよ。
ミスらなくても「あいつたいしたことないわ」って思われたら、
ナメられて一巻の終わり。
真の強者は手の内を明かしません、
それぐらいの余裕がほしいものです。

でしょ、直前練習は必要ないでしょう、
違うんです、本当の理由はウォーミングアップなんです。
どんなスポーツにもウォーミングアップは必要でしょう、それです。

確かに、今度は本当に確かに、と言います。
ウォーミングアップは絶対に必要です。
ただし、正しいウォーミングアップです。
体を慣らすが目的ですから、全力は避けなければなりません。
ウォーミングアップで故障したら目も当てられません。
本番で全力が出せるようにするのが目的です。
よって60%ぐらいの力加減にします。
それで故障はしない、しかも体はほぐれる、
何よりも60%なら100%に近いですから、
全力の感覚もつかめる、といった具合です。
この60%は正確じゃなくていいでしょう、
人それぞれの感覚でいいです。
ただ、60%を切ると意味がありませんし、
80%を超えるとリスクが高くなりますからよくありませんね。

と、考えると、
ロングスローは必要ないですね、
ここも60%になりますから、本番で40m投げたいのなら、
ウォーミングアップは25mで十分でしょう。
それに1分で6投なら4投練習すれば60%です。
ロングスローを投げないウォーミングアップにはもう一つの効果があります。
それは今日のベストな調子を維持できることです。
もし、ウォーミングアップで場外スローなどのミスを犯すと、
それが脳裏に焼き付いて、きょう一日を支配されます。
失敗した自分を見つめてしまうんですね、
そうなると常に不安になりますから、心ここにあらずになって、
ミスを連発してしまいます。
どんなスポーツもメンタルなことが大きく影響することは常識になっています。
ウォーミングアップのたった1投のミスで、
今日を台無しにしてしまいます。
60%の力ではミスしませんから安心してください。
それでもミスをするならゲームに出ることを考え直したほうがよさそうです。

という風に、このウォーミングアップ60%効果は、
内面にも作用します。
この内面作用はやる気にも現れます。
意欲が薄れるということではなく、本番直前まではリラックスできるということです。
気の高ぶりが起きませんから、変にイライラしたり、
あせったりすることはなくなります。
ゲームは特殊な環境ですから、ついつい平常心を失い、
それは犬たちにも見破られたり、プレッシャーになったりします。
昔から言われる「肩の力を抜いて」は肝心なのです。

さて、これでゲーム直前のスロー練習の在り方がわかっていただけたと思います。
あとは実行に移すのみですが、先週の安全対策と同時に取り組んでください。
そして、もし全力で向こうに人がいるにもかかわたず、
殺人的ディスクを投げている人がいたら、
丁寧に注意してあげてください。

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