2017年11月24日 (金)

第396回

サドル。

たまにしか自転車に乗らないが、自転車に乗ることは嫌いではない。
家の周りはけっこう坂があるけれど、それも平気だ。
子どものころは坂が苦手だった。
友達と一緒の時は「根性なし」と言われるのが嫌なので必死こいたが、
(自転車をこぐ、とかけている)
一人の時は少しも挑戦せずに(ふつうはもうダメ限界点まではこぐらしい)、
坂の手前でさっさと降りて押していた。

そんなこんなんでも自転車を嫌うことはなかったな。
今はなんと言っても自転車の性能が違う。
瞬時に変わる変速機は前3段の後ろ5段、
それに驚くほど車体が軽い。
おかげで坂は克服した、嫌いには違いないが苦手ではない。

今日はちょうどいい気温、自転車日和だ。
自転車日和とは晴れているだけでなく、こいで少し温まる程度の気温のこと。
駅前のイオンに行こう、ちょっと見たいものあるし。

自転車にまたがった瞬間に思い出した。いや、思い出された。
昨日は雨で、けっこう降った、自宅の自転車置き場は一応屋根があるが、
横殴りの雨には無意味な屋根だ。
昨日は横殴りの雨が時々降っていた。

サドルがもう古くなっていて表面が割れているので、
雨に当たるとしっかりと水分を含んだ「濡れサドル」となる。
みずみずしさを通り越してどぼどぼだ、そしてそこにまたいでいるから、
そのどぼどぼはズボンからパンツまでを侵食し、
お尻の筋肉で絞り出し状態になっているわけで、
股間を拠点に広範囲に被害をもたらしている。

皮膚が直接水の冷たさをとらえたが、もう手遅れ、どうにもならない。
ちょっと気持ち悪い、けど我慢できないほどではない、
なので、イオン行きはそのまま決行、
ここで戻ったら一生後悔しそうな…そんな気はさらさらしないが、じゃまくさいので。

イオンに到着、ずっと絞り出していたのと同じだから、
さらに被害の範囲は広がっていた。
後ろはお尻の中心点まで、前方は股間から太もも方面左右10cm。
滴ることは無かったが、これは明らかにおもらしだ。

おそらく誰がどう見てもおもらしにしか見えない。
まぁいい、しょうがないし、事実おもらしじゃないし。
堂々と店内に入っていける自分の心臓に驚いた。
もし、おもらしが似合う年齢になったんだとでも自覚しようとしていたら、
明日、病院へ行こう、そして、
知らんまにスマホのスケジュールに、
病院へ行くことを打ち込んでいたら…怖っ!!

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フリースタイルの演技

ルーティーンを構成する7

もっと具体的に、

解説しましょう、そうしないと余計にややこしいです。
ではまずはテーマから。

年齢的にもエアーの連続はきついので、
アクロバティックな表現は控えたい、
その分チームとしてのキャリアがものを言う、
コンビネーションに重きを置こう。

テーマはこんな感じで決めます。
テーマを決めるときは犬たちに思いやりを持ってください。
無理なくできる範囲が肝心です。
やりたいこととやれることが一致するとは限りません。

パーツはオープニング+5パーツ+エンディング、
タイムは2分前後でいいでしょう。
トータルタイムはおおよその目安でルーティーンを作り、
そこから足したり減らしたり変更しながら、
最終的には演技時間マイナス5秒ぐらいで仕上げます。
プラスタイムで仕上げると調整することはできませんが、
マイナスタイムは残10秒も有れば調整できます。
特に音楽の終わり方と合わせたい場合も、
マイナスで仕上げておかないとほぼ合致することは無いでしょう。

オープニング。
Waitから向かい合ったまま距離を取り(3m)リコール、
スルーから8の字歩行で前進3mで元の位置、
一歩下がって、犬は正面で向かい合ってLie Down、

いきなり全開で動かす前にウォーミングアップ的要素として取り入れます。
競技規定にもよりますが、採点基準にならなくても、実施するべきでしょう。
この流れで10秒ぐらいです、
競技時間に含まれない、あるいは競技時間に余裕がある場合は、
もっと時間をかけて面白いことがアピールできますし、
ディスクを投げる前の、ディスクを使わないパフォーマンスですから、
採点基準にあってもなくても、
コンビネーションの評価に好影響を与えます。

また、プレーヤーはこのオープニングパフォーマンスで、
緊張をほぐすことができるでしょう。
犬たちは興奮はしても緊張はしません。
緊張するのはあなただけです。
そして始まりの時にしてしまった緊張は、
多くの場合、演技の途中で緩和されることなく継続され、
結果、そのことが多くのミスを誘発させます、
さらに起こしたミスによってさらに緊張するので、
まったく我を忘れた演技になってしまいます。
ただ、緊張しないことを目標にするのではなく、
適度な緊張は精度を高める効果があるので、
緊張しすぎないこととし、
自分の中でうまく折り合いを付けられるように努力します。
こう言ったことを「リラックスした緊張」と呼んでいます。
「始め良ければ終わりよし」、このことわざ?が当てはまります。

続く。

次週は前半のパーツです。
5パーツは前半2パーツ、中盤2パーツ、後半1パーツで構成しますが、
これは各々の取り組みよって変更できます。
また組み立てている途中でパーツを足したりすることも可能です。
重視するべきは計画することで、
計画を忠実に守ることではありませんし、
このことは実際の演技にも当てはまります。
計画を忠実に守ることはミスを許さないことになります。
ミスが許されなかったら、演技はミスした時点でやめなければなりません。

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2017年11月17日 (金)

第395回

芋ぜんざい。

ダイニングテーブルの上に何気に置かれた雑誌の表紙に目が移った。
料理雑誌だ。
「芋ぜんざい」ほう、芋ぜんざいのレシピが今回のメインのようである。
芋ぜんざい、好きだな、好きか嫌いかと聞かれたときの好きではなく、
もっとストレートに好きだ。

あれ、こういう言い方をすると少し照れる、
そういえば長らく誰かに対して「好きだ」と言っていない。
30年、そんなことないか、いや、そんなことあるかも。
ともかく、芋ぜんざいに告白しているようでみっともないが、まぁいいだろう。
芋ぜんざいには特別な思いがあるのだから。

ふつう、ぜんざいと言えば小豆に餅、高級品はなんと言っても栗ぜんざい、
しかし裕福以下の家庭ではそれらは高根の花、
主流は安価な芋で量を満たす芋ぜんざいになる。昭和40年代の常識だ。
ところが味は全然負けていないので、
最高に美味いものであることには違いない。

子どものころは大好物だった。特に芋が安くなる初冬は頻繁に作られていた。
大人になって普通のぜんざいやぜいたくな栗ぜんざいと出会うときが来ても、
そもそも味が負けていない芋ぜんざいが、ぜんざいの主流だと思っているから、
その味に感激しないのである。
それどころか餅は食感が悪いなとか、
栗は味がしないな、などと思ってしまうのである。

そんなに大好きな芋ぜんざいだが、それこそ30年以上食べていない、
そもそもどの店にも置いてないし、レトルトもない。
家で母親に作ってもらう以外みることもないしろものだ。

それが雑誌の表紙を飾るとは驚きだ。
にわかに注目されだしたのか、健康食品として取り上げられたのか、
はやりの昭和回帰ものなのか、
やっと日の目を見たのかと思うとうれしくなる。芋ぜんざいの時代再び。

神の導きか、せっかくだから自分で作ってみよう、
そう思ってその雑誌を手に取った。表紙を眺めるといろいろな芋の写真がある。
サツマイモ、まぁそれだけど。
ジャガイモ、うそ、ジャガイモは甘くないぞ。砂糖の量が多くなるぞ。
えっ?長芋?ねばねばさせて新食感のスイーツ?
里芋まで、これはたぶん悪くない、
けど、ほんとうに?少し違和感、なるほど、

もう一度じっくり表紙を眺めたら「芋ざんまい」と書いてあった。

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フリースタイルの演技

ルーティーンを構成する6

ルーティーンを構成するときに参考にとよく言われるのが、
起承転結な取り組みです。
起承転結を考えて構成すれば良いルーティーンになりますよ、
と言った具合です。
しかし、このアドバイスは間違ってはいませんが、
あまりにも不親切でしょう。
ルーティーンにストーリー性は必要ですが、
(おそらく魅せるスポーツすべてに、
とりわけプレゼンテーション的評価がある場合)
いくら演出を施したとしても、アイテムが少ない演技ですから、
トータルで起承転結に当てはめることはできないのです。
それにそもそも起承転結は物語の構成順序ですから、
技を披露していくスポーツには結び付きにくいのです。

ルーティーンのストーリー性とはもう少し違ったところにあります。
全体を統括するのは一番最後です。
まずは全体をパーツごとに区切ります。
たとえば6パーツにわけるとしましょう。
それぞれのパーツの持ち時間はすべて同じではありません。
1パーツ30秒の時もあれば、ワントリックで5秒の時もあります。
そして1パーツの中に起承転結的な取り組みを、
プレゼンテーションを取り入れながら施します。
そうして出来上がった6パーツを技術的な事と合わせて、
スムーズに進行できるように、ストーリーを考えながら組み合わせます。
これがルーティーンを構成する作業となります。

わかりにくいですね、
後ほど実例をもとに組み立て方を解説します。
ただ、起承転結は全体ではなく、各々のパーツの中にあるということです。

もう一点、
起承転結を意識するまでもなく、ルーティーンのテーマは必要です。
何もテーマがなければ、
それはただできる技を順番に披露しているだけになります。
その状態だとプレゼンテーションは必要ありませんね。
これは良い悪いといったことではなく、
楽しいか楽しくないかの差になります。
もちろん楽しいも楽しくないのもプレーヤーと見ている人は共有します。

競技会で審査するときに事細かに規定を盛り込まないのは、
楽しくありなさい、と言った規定を与えられないからです。
楽しくある事は必要ですが、それは作られていくものではなく、
ある意味自然と湧き出てくるものです。
だからその湧き出てくるのを押さえてしまう効果がある規定などは、
必要ありませんね、
楽しくあることなど関係ないと思いますか、
実はプレゼンテーションを施すことは、
楽しくあろうとすることも含まれるのです。

さて、テーマになるものは何でしょうか、
一番確かなことは、何を見せたいかになります。
犬たちのかっこいい姿でしょうか、
そうだとしたら、それはアクロバティックなものですか、
それとも切り返しも含めたスピード感でしょうか、
アクロバティックでないエアーと言う手もあります。
高度な技を表現したい、もちろんこれもテーマになります。
犬とのコンビネーションでしょうか、
最高に優れた息の合ったプレイは間違いなく、
見ている人に感動を与えますし、自分たちも満足できるものです。
互いにではなく、一方通行ながら優秀なドッグコントロールが、
テーマになることもあります。
こっけいなプレイも含めてウケたい、もOKです。

ある人はバックボルトに拘りを持ち、
数あるパートすべてにバックボルトのがシメが表現されていましたが、
うまく見事にテーマを表現されていました。

もちろん、一つのテーマにこだわる必要はありません。
どれもこれも、なんなら全部をテーマに、でも構いません。
しかし、ここでもう一度基本を考えてみましょう。
それはこのスポーツは犬ありきと言うことです。
もしあなたの犬がすべてのテーマを高い完成度で実現できるならいいでしょう、
そうでない場合はおのずとテーマはその犬が最も得意なものになります。
時にそれはあなたの思惑と違うかもしれませんが、
その時あなたは喜んで妥協しなければなりませんね。

できないことをできるように、
不得意なことを得意に、
こう言った努力は言うまでもなく必要です。
しかし無理強いしてはいけないし、
無理強いでは完成しません。

もう一度確認しておきましょう、
ディスクドッグにおいて人と犬の関係は、
犬にやらせるはNo、犬にやってもらうもNoです。
正しくはやりたいという犬に応えてやる、になります。
ここを再確認してテーマを作っていきましょう。

次週はもっと具体的なルーティーンの作り方です。

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2017年11月10日 (金)

第394回

考えるとできないこと

新聞で面白い健康雑誌の広告の一文を見つけた。
こうだ、「大反響、貧乏ゆすりで股関節症が改善」ときた。
ほうほう、大反響になっているぐらいだから確かだろう、
大反響になっている割には初めて聞くことだが、
そうだな、東京とかではきっと、電車の中やそこらのカフェでも、
この話題で持ちきりなんだろう。
コーヒー飲みながらみんなが貧乏ゆすりを競ってて、
「なかなかみごとなゆすりですな」とか言ってたりして。

まぁね、そんなことはたぶんないんだろうけど、
この手の、特に健康に関することにはみんな必死だから、
雑誌の売り上げが伸びるからと言って、
やたらと大反響なんて使ってもらいたくないな、なんて思う。
あ、言っておくが決して怒っているわけじゃない。

実は数年前から股関節に問題があって、普通にしていたら痛くないし、
日常生活にも問題はないんだけれど、あぐらがかけない状態。
痛む、股関節が。
それぐらい、っていやいや、けっこう男にはこれが問題でして、
法事とか畳に上がって座るときに、正座じゃない雰囲気の時はあぐらだし、
そんな時は女すわりはダメでしょう、
体育すわり、ぜーったいダメで、足伸ばしもダメ。
無理して力づくでも、そもそも開かないし痛いし。
戦国の世だったらたいへん、あぐらすわりできないだけで打ち首だわ。
戦の作戦会議はたいてい板の間にあぐらでしょう。

そうか、貧乏ゆすりで改善か、治らなくても改善でもありがたい。
じゃ、早速やってみよう、と椅子に座ってみたが、
「えっ?貧乏ゆすり?どんなんだっけ」としばし考え込む。

「そうか、そうだった、片方をつま先立ちしたら小刻みに震えるんだった」
しかし震えない。つま先を眺めてみるが一向に震えない。

「おかしいな、なんで」力と気合を入れてみても震えない。
あせってきた、確かできたはずである、した記憶がある。
何年前だったかは忘れたけど、したはずだ。でも震えない。変な汗が出てきた。
かかとを無理やり上下させてみた、ダメだ、

もっと早く、そうそうもっと早く、早く。
なんか違う、太ももの裏が椅子の座面を打つだけだ。

「おかしいな、あれよあれ、板バネっぽい振動の」

反対の足ならできるかと思ったが、できなかった。
ちょっとこれ、貧乏ゆすりの練習からしないと、話にならんわ。

しかし、貧乏ゆすりって、なんとも言えぬ言葉ですな。

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フリースタイルの演技

ルーティーンを構成する5

プレゼンテーションを設定する

プレゼンテーションとは演出効果のことです。
フリースタイルの最もベースとなる考え方は、
「何をやったか」ではなく「どう見えたか」です。
この部分をしっかりと捉えてプレーするのはとても難しいことです。
なぜなら、プレーしている本人が客観的に自分を見ることができないからです。
確かに動画は参考にはなります。
しかし、それは後の事であって、その時ではありません。
もっともそれでも、将来のためには動画を見ることは重要ですが、
それでも客観的に見ることがすんなりとできるわではありませんね。
動画に映る自分の姿ですら、客観的に見る練習は必要です。

その「どう見えたか」を補佐して「より良く」に持って行くのがプレゼンテーションです。
ですから、単にアクションやポーズを決めるということではありませんね、
何もしないで犬と立っている状態から、
個々のトリックやスロー、そしてそれらの流れと、
演技全体の進行具合から演技が終わって、
その終わった後の余韻にいたるまでを演出で埋め尽くします。

大変です、苦労します。
そうですね、この説明だけだと演出を施すことはとんでもない作業になりそうです。
しかし、大丈夫ですよ、
プレゼンテーションを施し、そして存在させるもう一つの理由に、
「演技のしやすさ」があります。
つまりプレゼンテーションとは見た目を飾るために行うわけですが、
飾るその前に、不要なものを整理する必要に迫られます。
いわゆる掃除ですね、
そして掃除をすると広くなりますから動きやすくなるのです。

優れたプレゼンテーションとは演技のしやすさがカギになっています。
演出を取り入れることによって、よりスムーズな演技に仕上がります。
よって多少の動作の練習は必要ですが、
もっと時間を割かなければ実現できないような演出は不必要ですし、
そう言った演出はフリースタイルにはそぐわないです。
これは仮にあなたが楽にできるものであっても、です。
ここでも「どう見えたか」の基準は大切になってきます。
もしあなたの演出が、
数週間も専属で練習しなければならないようなものを披露したとしたら、
それが完璧に仕上がっていて、実際に楽にできたとしても、
見ている方はそこに至るまでの過程を想像しますから、
「楽だな、軽くやってるな」とは見えずに、
重たい演技の一部に見えてしまいます。
よって見ている人も楽に見える程度の演出が適当で、
演技の進行がしやすくなければ良いプレゼンテーションとは言えないのです。

続く、

次回は起承転結に見る具体的な構成の話をしましょう。

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2017年11月 3日 (金)

第393回

山が来た。

子どものころ我が家には、たぶん他にはないしきたりがあった。
父の言いつけである。
たとえばお茶漬け、お茶碗にご飯をよそい、
その上からお茶をかけるのが一般的だと思うが、それが禁止されていた。
お茶漬けが禁止されていたわけではない。じゃあどうするか。
逆である、お茶を注いだ茶碗の中にご飯を入れる。
お茶漬けの素、なるものは最後に振りかけることになる。
「まずそう、情緒ない」確かに。
一般的な方法でしようとすると、すかさず父に止められるのである。
「あかん、あかん、そんなことしたら山が来るやろ」

父は土木建設業を営んでいた。土を触ることのプロフェッショナルである。
土の重要さと怖さを十分に知っていた。
土がしっかりとしていなかったら、何も支えられないし、
土が暴れると強靭な破壊力でもってすべてを飲み込んでしまう。
父自身も何度も土に襲われて命からがら逃げたことがあるという。

ご飯に上からお茶を注ぐと、土砂崩れのようにご飯が崩れる、
これをゲンが悪いと嫌がったのである。
逆のパターンは埋め立てに相当するから、高度成長期の昭和では善なのである。

建設現場では土砂崩れやがけ崩れの事を「山が来た」と言う。
山腹を掘り返す時や地中を掘るときも、そこにいる作業員に対して、
「山が来そうだから、早く退避して」などと言う。
俗語ではなく、業界の専門用語として存在している。
安全に作業をするために、土砂崩れを防止する工事を「山留め工事」と言うぐらいだ。

確かに、大きな地震や豪雨で山肌が大きくえぐられるような土砂崩れは、
山が動いたように見える。まさに「山が来る」なのだ。
集落を一瞬で飲み込んでしまうその威力は簡単に止めることはできない。
事前に予測して逃げるしか対策はないようである。

2週続けて列島を襲った台風、各地で山を動かし、甚大な被害をもたらした。
今更、お茶漬けの作りかたを変えてもどうにもならないけれど、
土の怖さの教えを思い起こした。

Doha

フリースタイルの演技

ルーティーンを構成する4

流れの考察

技術的なことを体力と気力の両面から流れに当てはめていきます。
ここではまだプレゼンテーション的なことは考えません。
それは優先順位として先にプレゼンテーション的なことを考えても、
体力と気力がそれに見合っていなかったら、
結局説得力のないプレゼンテーションとなってしまいますから、
良い演技にはならないのです。

流れ方を具体的なトリックなどを照らし合わせますが、
それぞれによって得手不得手があるので、
そのトリックがすべてにおいて正しいというわけではありません。
あくまでも平均的なことから考えあわせたものですから、
参考になる以上のものはありません。

流れ1
スタート直後はウォーミングアップを兼ねられる構成にします。
どんなスポーツでもいきなり全速で、と言うわけにはいきません。
さらにキャッチ率がいい構成を選択すれば、
もっとも重要な演技のノリを掴むことができます。
ノッた演技とは初っ端でしくじった場合は起こりえません。
よって、トリックとロングスローは使わず、
トスワークとパフォーマンスで構成すればいいでしょう。
パフォーマンスからスタートすれば、
勢いのありすぎる犬たちを落ち着かせる事ができます。
興奮状態が高く勢いがありすぎると、
簡単なトスワークですらディスクを口元で弾いたりすることがあります。

流れ2
もっとも余力が必要なものを持ってきます。
この余力とは精神的に体力的にと言うことです。
また必ずしも大技であるとは限りませんし、
最大の見せどころとも関係ありません。
そう言った「見せどころ」は次回のプレゼンテーション的な領域になります。
それとリピートしないパターンにします。
もっとも余力が必要なものですから、2度めは必ず精度が落ちるはずです。
トリックではフリップが、ミドルな距離のスローコンビネーションマルチ、
このあたりがこの順番に適しています。

流れ3
流れ3の後半は演技の中盤から後半に差し掛かる頃なので、
大技の繰り返しになります。
つまり複数回の挑戦でも精度を落とさないものであることが重要です。
もっとも精度の欠落は流れの前半と後半と言った具合に、
連続させないことで確保できるのならそうするべきですし、
選ぶトリックの種類を前半は負担減にして、と言った配慮も可能です。
また、何が何でもトリックと言うことではなく、
トスワークなどを利用してトリックに移行するパターンは、
消費エネルギーを軽減させるでしょう。
ボルトからパフォーマンス、そしてまたボルトや、
オーバーの連続、などがここの流れに合います。

流れ4
終盤に入る前ですから、一旦休息的な意味合いを持てるものを選びます。
ペースダウンして、その後一気に坂を上る、そんな位置づけです。
飛ばない、走らない、と言うことで、
パフォーマンスならプラント系、ショートマルチプルもしくは、
行ったり来たり走り込まないスローコンビネーションが適切です。

流れ5
気力体力が落ちて来ていても、余裕でできるものを選びます。
もっとも得意なパターンは適切です。
それが仮にトリックであっても大丈夫です。
一般的にはミドルスローで走り込ませるのですが、
これは終盤にするとキツそうで精度の欠落を招きそうですが、
前回に説明した通り、体力よりも気力のほうが衰ええるので、
得意のパターンやミドルの走り込みは、
犬自身が集中しなくてもできるので最後の流れに適しています。

流れ6
最後の流れになります。
フィニッシュスタイルに持ち込むための流れですから短くてかまいません。
大切なのはフィニッシュスタイルの精度を確保するための流れです。
仮にドッグキャッチでフィニッシュするとして、
流れ5の続きで得意のパターンからいきなりドッグキャッチすると、
精度が落ちると考えられますが、
たった1投のトスワークで流れ5の勢いを調整すると、
ドッグキャッチの精度が格段に良くなる、
こう言った考え方が流れ6になります。

1から6までの流れですが、
全体の流れのパターン数が決まっているわけではありません。
もっと多くても少なくてもいいです、
ただ、全体で一つの演技ですから、
流れを分けないでトライしたほうがやりやすいとしたら、
それはそれでいいと考えています。
自分なりの組み立て方を見つけるようにしましょう。

次回はプレゼンテーションの考察になります。

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2017年10月27日 (金)

第392回

散歩の途中のからあげ。

桜ヶ丘4丁目の北側は国道に挟まれた田んぼ沿いに、
約4kmにわたり遊歩道が整備されている。
少し薄暗くなるほどの樹木に覆われている土の道で、
ちょっとした森っぽい雰囲気が犬たちの散歩にはもってこいだ。
しかも丘と名の付く場所だから、
木々を縫って田んぼを見下ろす高さにあるからどことなく爽快だ。

遊歩道に面している家々のほとんど全部が、
遊歩道側の間取りにキッチンを設けているのは、
おそらく同じ会社の建築物件だったのだろうと簡単に想像がつく。

9月、まだ日が高い夕刻の散歩はそれぞれの家が夕食の準備時間と重なり、
あの夏の続きで開けっ放しの窓や、キッチンの換気扇からこぼれるご馳走の気配に、
犬も私もおおいに食欲をそそられる。

そんな中、その家は格別いい香りがする。特に揚げ物のメニューの時は最高だ。
それにどうだろうか、週に3回ほどは揚げ物ではないかと思う。
から揚げ、とんかつ、エビフライ、コロッケかメンチカツ、
すこし優しい香りの時はきっと天ぷらの日に違いない。

料理の香りとともに親子の会話も聞こえてくる。
どうもサッカークラブに入っている中2ぐらいの息子がいるようだ。
そのせいで揚げ物メニューが多くなっているのだろう、
食べ盛りがスポーツだからな。

また、この息子がうまく育っている。
会話の内容も普通の中2男子が母親に言う、
あのエラそうで生意気な口の利き方はしない。
まるで同級生の女子に話しているようだ。
それに時々料理の味見をしていて、母親を気遣いながら的確に感想を述べている。
大したもんだといつも感心しているし、この二人に会ってみたい気もしている。

ある日のことだった。またいつものように揚げ物のいい匂いが漂ってきた。
よくできた息子はまだ帰っていない様子、会話は聞こえない。
揚げ物の正体はから揚げである、間違いない。
しかし、何かが違う。いわゆる「鳥から」ではない。
なんとなく磯の香りがする。ん?エビ系?でもフライじゃない、
ちくわの磯べ…、でもそれだと天ぷらだし、
そこでついうっかり声に出して「なんのから揚げだ?」と言ってしまった。

するとなんと、窓の向こうから夫人の声が返ってきた。

「タコです、タコのから揚げなんですのよ」

この「なんですのよ」に気品があふれている。
「そうですか、なるほど、しかし美味そうな匂いですな」、
と返したら、「ちょっと待っててくださいまし」ときた。
「まし」で完璧、淑女なお人、決定。
しかも美人に違いない、そもそも声が美人声だし。
中2の息子が長男だとしたらアラフォー?。

勝手口のドアが開いて、現れた夫人は想像以上だった。

「おひとついかがですか」と、
小皿に盛ったタコのから揚げと割り箸をお盆に乗せ差し出した。
演出が効いている、とっさのことなのにちゃんと木の芽が添えてある。
個人的にはこのシチュエーションは「つまようじで手渡し」のほうがドキドキするが。

「明石の親戚から今日送ってきて、さっそく…」や、
「いつもは息子が味見してくれるんですの…」や、
「まぁ、かわいらしいワンちゃんがたくさん…」などと話ははずみながらも、
犬たちに散歩の続きをせかされて、その場を後にした。

でもそれから、そこを通るときに「今日は何?」と声をかけて、
勝手口でごちそうになるようになった。
そしてしばらくしてから…それは言えない。

さて、みなさん、
この話は、どこから妄想になっているでしょう?

Kota

すっきやわ~、タコから。

フリースタイルの演技

ルーティーンを構成する3

体力的なことは極めて重要です。
気力の維持にも影響しますし、
ある程度余裕のある状態で演技しないと、怪我をする可能性があります。
気力的にも体力的にも厳しいトリックを、
後半で何度も繰り返すような演技は、よくありませんね。

ここでフリースタイルの演技で体力の低下と意欲の関係について話しておきましょう。
ディスタンス競技には適応しない場合があります。
もちろん同じ状態になって、行動を止めてしまう場合もありますが、
そう言ったときには他の理由が考えられます。
体力的にきつくなったからプレーを止める、と言ったことは滅多に起こりません。
それよりも意欲が落ちたり、
極端な時には意欲がなくなったりしてプレーを止めてしまうのがほとんどです。

犬たちは人よりも自然に近い動物ですから、
自らの危険を察知し対処することを本能的にこなしてしまいます。
たとえばアフリカのチータは全速で獲物を追いますが、
確かにそうとうに早いですが、それはある意味で本気ではありません。
冷静に余力を残して早く走っています。
もちろん、ですから獲物を逃がす時もあるでしょう。
なぜでしょう、獲物を逃がしてしまったら本末転倒です。
違いますね、本当の本末転倒は怪我をすることですね。
仮に獲物を仕留めたとしても、
怪我をしてしまったら住処に持ち帰ることはできません。
つまり、全速力とは怪我をしない程度に、と言うことになります。
この速さで急カーブ切ったらケガすると思えば、
急ブレーキをかけます。でもその急ブレーキもあぶなかったら、
最初から安全に止まれる速さで走ります。

犬たちも一生懸命走っていますが、それは怪我しないように自制しています。
ですから自然な状態では気力よりも先に体力がなくなることはありません。
何らしかの理由でプレーを止める犬に対して、
多くの飼い主さんは「犬が疲れた」と言いますが、
それは体力的なことではなく気力的なことになります。
犬の体力は相当なものです、
1~2分走ったところでどうにかなるものではありませんし、
もし仮にそれほど体力的に無理のある動物なら、
犬は犬をやってられなくなります。
まったく疲れないわけではありませんが、その持久力は我々の想像を簡単に超えます。

ただし、ここは難しい問題ですが、
ディスクを始めとする多くのドッグスポーツは自然ではありません。
強制運動的な要素があります。
その強制とは、車で引っ張る的なものではなく、
意欲を強要している状態です。
目の前のディスクをキャッチすることに対して、
体力的な折り合いを付けさせずに意欲だけを高めることを良しとし、
徹底してその方向でトレーニングします。
そうやって刷り込まれた犬たちは、怪我のリスクを考えずに体力勝負します。
ウェイトの重たい犬ですら、真夏の炎天下ですら、
限界を超えて走ることができるように、
言い方は悪いですが、マインドコントロール下に置かれます。

もちろんディスクを好きにさせることは正しいですし、
遊びの範疇で行うことも正しいですが、
何も聞こえないほどのハイテンション化を求めてはいけませんね。
常に自分と向き合う中での意欲を求めるべきなのです。
自分と向き合うことが必要でないと教えてしまった人は、
責任としてその犬の意欲と体力をバランスしながら見守るようにしましょう。
そして怪我をしそうだったら、瞬間に犬を止められる術を持ちましょう。

体力に余力を持っていても、疲労は付きまといます。
当たり前の話ですね。
疲労は精度を落とします、
よってそう言ったことを補う組み立てが必要になります。

続く。

次回は具体的な理想の流れ方、です。

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2017年10月20日 (金)

第391回

続くような話じゃないけれど続く、許せ。

とにかくスキを見せると餌食になってしまう。
こんなこともある、
手洗いとかで、手に石鹸が泡立っているとき、
つまり蚊を発見したときに「パチン」とできない状況、
だってほら、泡が飛び散るじゃないですか、
そんな時に限って目の前に現れ、しかも大胆にも顔のどこかを刺す。

また、別の時はイヤホンで音楽を聴いている、
その耳たぶをガッツリやられたこともある。

カレーの皿のふちに降り立ったこともあったな、
近くにはドレッシングの瓶が建っていて、蚊を叩きに行けない。
もちろん、手よりも大きい電気ラケットも不可。

まぁ、そんなこんなで蚊との戦いも、
いつまで続くと思いながらも、やはり季節は移るわけで、
時折、一気に気温が下がる日などはそんな蚊たちも動きが鈍くなる。
壁に止まっているヤツは、かつてのように瞬間に飛び立てない、
だから壁と手の平で楽勝プレス。
飛んでるヤツは電気ラケットの進路妨害で十分に感電、てな具合。

楽勝は楽勝なんだが、なんだか物足りないというか、
けっして実力で勝ったわけではなく、
もちろん体力勝負の勝利でもないし、
たんに環境が合わなかっただけであるから、
どことなく憐れんでしまい、それ以降手加減してしまう。

今までは何とも思わなかったけれど、
とどめを刺したときに、血が滲んでいたらどこか安心してしまう自分がいた。
人の血を吸ったから殺した、と言う大義名分に助けを求めるんだな。
だから、血が滲まなかったら、ごめんな許せ、と謝る。
とどめを刺すってちょっと残酷な言い方だが、
あんな小さな体なのに不死身か、と思うほどの生命力なのだ。
電気ラケットで感電して床に落ちて動かない、
でもしばらくすると、また飛び立っていく。
気絶していただけ、死んだわけではなかった。
コップの水で溺死して浮いていても、
乾かしてやると生き返る。信じる?ほんとだって。

目の前を飛んでいる、ドローンのようにホバーして、
明らかに攻撃の意思はなさそう。
叩かないで、両手で包み込んで捕獲、そして外に逃がした。
外のほうが寒いから酷いことしていることになるが、
もうそれほど長くはない命、せめて自然の中で尽きてほしいと願う。

手の甲に止まった蚊、反対の手の人差し指を足元にそっと差し出すと、
その人差し指に移り乗った。
えっ?うそっ!、なれた?
長い戦い済んで心が通じ合った、これって友か?人と虫との絆か?

次の日、30度超えの夏日、なんで今頃暑いねん、とほざく。
半袖に着替えて庭に出ると、友からの集中砲火を浴びて撃沈、
あわてて部屋から電気ラケットを取り出して、
この裏切り者が、と振り回すが、
電池を抜いてしまっていたので、まったく役に立たなかった。

Noski

フリースタイルの演技

ルーティーンを構成する2

ルーティーンを構成することは演技の流れを作ることと同じです。
流れとは何ともわかりにくい表現ですが、
世の中のほとんどのエンターテイメントは流れで構成されているので、
それほど難しく考える必要はないでしょう。
順番ではないです。トリックを順番に見せて表現するなら、
それは演技とはなり得ませんね、よってあくまでも流れになります。

流れは2つの要素からできています。
一つ目は技術的なこと、そしてもう一つはプレゼンテーションです。
この二つを同時に調整しながら流れを作っていきます。

フリースタイルの演技でルーティーンを作るとき、
アドリブ的な取り組みは難しいものがあります。
その理由は技術的なことに偏ってしまうからですね。
プレゼンテーションの一つである演出は、
たとえば歌手の人が歌いながら自然と手振りを使ってしまうようなことではなく、
あらかじめ考えられたダンサブルな振付に当たります。
よって、その場で即興的にどうにかなるものではないのです。
ただし、フリースタイルの演技は間違ったりして、
予定変更を余儀なくされる時もあるので、
ある程度はアドリブで対処できる力量も必要でしょう。

技術的なこととは、
ルーティーンを構成する4つの要素、
トリック、トスワーク、スローコンビネーション、パフォーマンスの
4つの要素がその技術的レベルを最大限に発揮できるように考える、
と言うことになります。
またそのことは、それぞれの犬の特質によるところが大きいので、
決まり切ったパターンと言うのはありません。
もっとも、それでも大方の目安になるものはあるので、
それを解説しましょう。

気力が必要なものと、体力の余力が必要なものに分けられます。
さらに、気力が必要なものには新鮮さに影響されるものと、
流れに乗ってきてから影響されるものがあります。

気力が必要なもの、
たとえばフリップは研ぎ澄まされたキャッチの決心の速さが必要なので、
フリップが比較的苦手な犬には演技の序盤で、
テンションが高い状態の時のほうが完成度は上がるでしょう。

また、テンションが異様に高い犬たちは、
その状態でのトスの速いマルチプルはミスが多くなる傾向があります。
キャッチ欲の勢いが強すぎて精度を欠くということです。
この場合は演技の流れが落ち着いたときにプレイしたほうがベストでしょう。

興奮のスイッチにも気を付けなければなりません。
ロングスローで一気にテンションが上がる犬は、
その直後に予定しているバックボルトにミスが目立ちます。

ドッグキャッチやバックプラントなどで、
落とされて痛い思いをしたことが多少のトラウマになっている犬には、
演技が始まってからの早めのトライがお勧めです。
何かにトラウマを少しでも抱えている犬たちは、
演技の時間の経過とともにその覚悟を用意するので、
その他のなんでもなく出来ることがおろそかになります。

以上のことはほんの一部で、
先ほど申しましたようにそれぞれの犬の特性を考えなければなりません。
と言うか、その特性を見つけて知る、と言うことになります。

演技の進む時間の経過とともにやる気がなくなる犬たちは、
このルーティーンを考えることとは全く違う問題なので、
別の方法でそこを解決してからこの作業に取り掛かりましょう。

続く。

次回は体力の余力について、です。

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2017年10月13日 (金)

第390回

いつまで続くか、この攻防。

初秋になって気温が下がると、
かえって蚊が活発になるって知ってた?
まぁね、蚊だけじゃなくて虫全般に言えることなんだけど、
やっぱり虫たちもこの国の夏は暑いと思っているようだ。
昔のように最高が32度なんて言ってるときはいいんだけど、
今や35度や37度が当たり前で、いつでも40度に手が届くわけだから、
日本生まれの日本育ちにはキツイんだろう。
それで少し涼しくなると本来の活発さを取り戻すってわけだ。

そこに持ってきて、だいたい6月ぐらいから出没しているので、
3カ月もたつとえらく生物として進化してる。
経験値のDNAが伝わっていくんだろう、
どいつもこいつも高度な技を使うし、駆け引きも半端なく一流、
それだけじゃなくて、体力と言うか生命力もアップしている、間違いなく。

まずは侵入経路、もちろん網戸は完璧で、出入りにしたって、
サッと瞬間移動っぽくドアを閉めるのだが、やっぱり部屋に入ってくる。
「どこから入ってくるねん」と首をかしげながら、よーく観察すると、
な、何、そう言うことか、驚いた。
なんと外に出た人や犬たちの体にくっついて侵入しているではないか、
皮膚に口を刺して、血を吸いながらだと気づかれるので、
けっして血は吸わない、服とかにつかまって入ってくる。
あるいはもっと高度なのは、ドローンのようにホバリングしながら、
人や犬にまとわりついて入ってくる。

部屋に入ってきた瞬間に戦いの火ぶたは切って落とされる。
蚊たちはまず陣地を決める、
ちょっと明かりが届く、水場の近い、それでいて獲物が近づいてくる場所、
うちの場合だと、キッチンのシンクに近い、壁の角の天井に近いところだ。
ここだといつでも水分補給して、攻撃に移れる。
隠れる場所が「角」だから、何かで叩かれてもヒットすることはない。
キッチンは食品を扱うから、殺虫剤を使用しないことも彼らは知っているに違いない。
そして天井に近いところから、急降下して攻撃してくるのは戦闘機そのもの。

迎え撃つは素手ではない。素手でパチンと蚊を殺すには微妙な手加減が必要だ。
だいたいその場面では気が高ぶっているので力任せになる。
すると合わさる手のひらの風圧で蚊は逃げてしまうのだ。
そんなことも彼らは知っているのだ。

そこで迎え撃つは電気ラケットとなる。
テニスのラケットの網に電気が流れている、と想像すればいい。
これに触れると一瞬で感電死する、なんとも恐ろしい武器だ。
時には肉が焼ける臭いもするし、バチバチと火花が飛ぶこともある。
全国蚊生活組合のほうからは、
電気ラケットがあまりにも非蚊道的だとクレームが来るが、
関係ないこととしている。

天井に近い壁に蚊を発見、クソ、その高さでは電気ラケットは届かない、
何とか降下させようと、ラケットで風を起こすと蚊は横移動する。
急降下でみすみす撃ち落とされるような馬鹿な真似はしない。
横に移動されると、距離が広がるから瞬く間に見失う。

電気ラケットを構えたまま、天井と壁との角を中心に捜索する。
目は完全に上目だ。
集中力がヤバくなってきたとき、右の手首にチクっと痛みが走る。
もちろん右は電気ラケットを持っている手だ。
なんとその手の甲にあの蚊が止まってるではないか、
あの蚊かどうかわからない、って?
いや、わかる、あの顔つきは間違いない。

まったく気が付かなかった、スキを突かれた。
しかし、待てよ、よくよく考えてみれば、早く気付いたほうではないか、
それにヤツは今、血を吸い上げるのに必死だ、叩くなら今しかない。
蚊に吸われているとき、グッと力を入れると、口の針が抜けなくなる、
と言う定石を信じて、グッと力を込めた、力んだ。
そして、左手の手のひらを蚊の真上まで接近させることに成功。
心のカウントダウンと共に一気に振り下ろした。
しまった、利き腕じゃないほうだから微妙な手加減ができなかった、
右手の甲を叩きつけた左手をそっと外してみた。
やはり蚊はそこではぺっちゃんこになっていなかった、
影も形もなかった。
おそらく風圧で脱出したんだろう、
「力んで針を抜けなくさせる方法」?あまり効果はないようで‥‥続く、。

こんな話続いたらダメでしょう、けど続く。

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フリースタイルの演技

いよいよフリースタイルの演技、最終章になります。
この「ルーティーンを構成する」ですべて終わります。
同時に数年にわたり掲載してきた「犬賢楽学DISC DOG講座」も終了となります。
今しばらくお付き合いください。

ルーティーンを構成する

フリースタイルの演技の構成は、
トスワーク、トリック、スローコンビネーション、
パフォーマンスの4つから成り立っています。
そしてこれらをよりよく見えるためにすることが、
ルーティーンの構築となります。

よって、ルーティーンを構築する際には、
その4つの項目はそれぞれに完成度が高くなければなりません。
そうでないと、完成度が高いものであっても、
完成度が低いものと組み合わせた時に、低いほうに引っ張られて、
完成度が低く見られてしまいます。
結果、ルーティーン全体の、つまり演技自体の完成度が低くなってしまいます。

さらに、ルーティーンは組み合わせですから、
それぞれの項目において、引き出しの数は多いほうが有利です。
と言うことを考えると、引き出し一つ一つの完成度が高くなければならないことになります。
もう少し簡単に言うと、完成度が高い引き出しをたくさん用意して、
ルーティーンを構成しましょう、と言うことです。
言い換えれば、仕上がっていない引き出しを、
ルーティーンに使うのはやめましょう、と言うことになります。

具体的な例をあげますと、
トリックと言う部屋で、ボルトのタンスから、
よくできているバックボルトの引き出しと、
できていない二-ボルトの引き出しを使ったら、
できていない二―ボルトの印象が一番強くなって、
ボルトのタンスもトリックと言う部屋の印象もできていない、になるということです。

こう言った印象はとても厳しいものだと思います。
どこにその印象がつくのかと言えば、
それはもちろんジャッジであり見ている人になります。
魅せる、そして印象を審査するスポーツの宿命でしょう。

よって考え方としては、それぞれの引き出しの完成度を高める、
からスタートするわけですが、
それぞれの人とその犬の組み合わせによって、
得手不得手が大きくなりますから、
どもチームも完璧に処理するということがとても難しく、
ある意味で不可能と言えるほどの差が存在します。
よってそこそこの完成度でもって良しとし、(だからと言って低レベルは論外ですが)
最善を尽くしながらルーティーンを構成するわけですが、
その完璧に足らない部分を補うために、演出を取り入れます。

ほんの少し高さの足りないバックボルトに、
高さが十分に足りているように見せる演出を加えることによって、
その完成度を理想に近づけるということです。
たとえば踏み台の背中の位置を、
犬が飛んだすぐ後に低く下げれば、
見える空間が大きくなるので、犬が高く飛んだ印象になる、などです。

演出は重要です、5番目の項目ではありませんが、
演出がなければ演技は成立しないほどです。
マネージャーとアーティストの関係によく似ています。
これが演出の存在理由です。

続く。

次回は「流れ」について解説しましょう。

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2017年10月 6日 (金)

第389回

2017まだ間に合う夏の怖い話。

夏、じゃないけど久々に怖い話しましょうか。
いらない、しなくていい?
まぁ、そんなに怖くないんで、
って言うかどちらかと言うと不思議な話、ですかね。

信じるも信じないもあなた次第(誰のセリフだっけ)。

さてと、
眠れない時に羊を数える、ってあるじゃないですか、
そのいわれは知らないけれど、実はそれの悪魔バージョンがあるんですね。
つまり悪魔を数えるわけです。
と言っても、実際の悪魔を知らないわけですから、なんとも数えにくい。
単位ですか、一応「人」ですが、
言葉にしなくてもいいです、頭の中で数えます。
なので想像するわけです、ただし、しっかりちゃんとは想像しません、
なんとなくでいいんです、しかも顔は想像しないように。

左の闇の中から悪魔がゆっくりとやってきます。ぼやけて顔は見えません。
そして目の前を通り過ぎますが顔は背けられてわかりません。
過ぎてから右の闇にゆっくりと後ろ姿で消えていきます。
これが1回ですね。
で、この想像を悪魔の数字と言われている666回数えます。
もちろん、途中で寝てしまってもいいです、
もとは寝るためにしていますから。
運よく666回まで数えられたら、不思議なことが起こります。
悪魔が後ろ姿になった時、そこで立ち止まってゆっくりと振り返るんです。
悪魔の顔がはっきりと見えます。
そして悪魔がこう言います。「ついてくるか?」。
ここで「No」を言うと、黙って悪魔は闇に消えていき、二度と現れません。
もし「Yes]と言ったならば、あなたはこの世で目覚めることは二度とありません。

怖い話ですね、けど見たいですね悪魔の顔、
でもついうっかり「Yes」を言ってしまいそうです。
でね、この話にも別バージョンが2つあります。
別と言うよりも上級バージョンになります。
そうなんです、悪魔を見ることができたら、次に進めるわけです。

一つ目は異性を想像します。
好きな人がいても漠然と異性です。悪魔の時と同じように左から想像します。
1回は1か月ですから、12回数えれば今から1年後になります。
運命の回数でその異性が立ち止まり振り向いて顔を見せます。
そしてこう言います「ついてきますか?」。
「Yes」と答えたなら数えた月数後に必ずその異性と出会います、
そして生涯の伴侶となります。
「No」と答えた場合は生涯誰とも添い遂げることはありません。

お勧めしませんが既婚者も対象になっています。
ここがちょっと嫌ですね、
すでに出会っている場合は1回目で立ち止まり、
振り返ったその顔は当然今そばにいる人です。
だけど何回も数える事になれば、その先に違う人が待っています。
いや~しかし、ある意味、悪魔よりこっちのほうが怖い。

もう一つは自分を想像します。
このパターンは数をあまり数えません、1回が1年です。
そうです、お察しの通りです、寿命がわかるんですね。
数えた数の年数後に見せる自分の顔は死に顔です。
だからほとんどの場合100回以上は数えなくてもいいですが、
5回目とかで想像の自分が立ち止まったら嫌ですね、
それに振り向いた顔がやつれていたらたぶん病気だし、
血だらけだったら事故でしょう。
死に顔で振り向いた自分が自分に聞きます。
「いい人生だったか」と。
「Yes」と答えると死に顔の自分は少し笑って何も言わず消えていきます。
「No」と答えると、死に顔の自分は悪魔の顔になって、
手をつかまれて闇に引き込まれます。

終わり。

その後ですか?それは知らない、話はここまで。
だいたいこの手の話は理屈にあってなくてオチがないもんです。
結局、悪魔は自分の心の中にいる、みたいなことを言いたいのでしょうか、
どうだか。

怖いですがちょっと試してみる価値ありじゃないですか、
今晩、早速、悪魔を数えてみましょう。責任は取りませんけど。
2017怖い話でした、知ってました? おそまつ。

オーメン、ラ~メン、ひやそうめん。

Ak1

この人は悪魔じゃなくて死神か・・・・

Ak2

犬と共に生きる2

犬たちの寿命が短いのは我々人と比べて生きるスピードが速いからだと考えています。
生きるスピードとは成長して老いてやがて死んでいく速さのことです。
同じ哺乳類ですが細胞の分裂スピードが速いのでしょう、
およそ7倍ぐらいの速さでないかと思います。
何もかもが7倍ですから、体の成長も頭の中も7倍です。
子犬が成犬になるのも、何かを考えて判断することも7倍、
そして死に行くことも7倍です。

犬はナチュラルに健康ですね、
なにか起因するものがない限り健康です。
それは自然淘汰の摂理がしっかりとしているからです。
これが、雑種犬=病気しない、の図式なっているいわれです。
固有種のブリーディングが自然淘汰を邪魔していることは確かで、
それはとても愚かなことだともわかっているけれど、
それでも人々は犬の命を弄ぶ魅力に勝てませんでした。
純血種の多くが何らしかの健康被害を及ぼす種をもって生きています。
もちろん雑種犬に健康被害の種が全くないということでありませんが、
少なくとも自然淘汰の線上にいる時は、
そうではない純血種と雲泥の差があるのは確かです。

7倍の速さは、当然病気の進行と回復にも表れます。
そして今まで見えてなかった、純血書であるための健康被害の種も、
芽を出してからの成長がとても速いのです。
種は芽を出すまでは種のままで成長はしません。
しかし、一旦芽吹くともう種に戻ることはなく、成長し続けます。

遺伝性疾患などとそれらしい名称にしていますが、
犬種によるそれらはほぼ解明されているけれど(対策ではなく解明だけ)、
潜んでいる種についてはほとんどわかっていません。
しかも重症化する種も7倍で死に至らしめますから、
研究する時間もありません。

以上のことから、犬は基本、健康だけれども、
一線を越えたらあっという間に死んでしまう、と言うことになります。
穏やかに死んでいく犬も多くいますが、
昨日まで、いやつい先ほどまで走り回っていたのに、
今は死んでいる、と言うこともとても多いのです。
もちろん高齢になるとリスクは高くなりますが、
若年であっても十分に起こり得ます。
あえて言うなら、事故も含めてになりますが。

犬と共に生きるには「明日この犬が死んでいなくなる」、
と言う覚悟も含まれるべきです。
われわれ人は明日も生きていることを仮定としますが、
それは間違いではありません。
特別な環境下にいない限りそれが生きる力になります。
ただ、今の年齢にもよりますが10年後、
あるいは20年後はどうなっているかわからないのは、
犬に明日がないのと同じです。ここにも7倍の定義が当てはまります。

10年後の自分が見えない時、犬にしてみれば明日が見えない時どうしますか、
そうですね「今を生きる」になります。
正しく犬と共に生きるは、今を生かせてやるということです。
明日があると思っていたら、ない時があります。
あったらあったでいいじゃないですか、それは徳でいいです。
その徳が5年続いたら最高でしょう。

あなたの気持ちも含めて、犬が今日遊びたいと、
そしてあなたも一緒に遊びたいと思うなら、今日遊んでください。
明日にしよう、はダメです。
犬がしたいと思っていないことなら明日でもいいし、
ずっとやらなくてもいいです。

躾とか生活習慣とかの外の話です。
あえて言うなら生き方の話です。
そうしないといつか必ずあなたは後悔する日が来ます。
なぜなら、犬と共に今を生きていても後悔する日が来るのですから。

この犬と共に生きる考え方は、その犬に関わる人、全員の一致が必要です。
今、犬がどう生きたいのかを全員で考え、
できるだけ満たしてやるのが最善です。

やっぱり、わけわからん話でした、
いやいやそうなるんですよ、この手の話は。
どこか宗教じみているし、あとは読み手にまかす、みたいな。

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2017年9月29日 (金)

第388回

がらくた

8月23日(随分と前だが)、
心待ちにしていたものがアマゾンから届いた。
桑田圭祐さんの新しいCD、タイトルは「がらくた」だ。
2か月、いやもっと前から発売は8月23日とわかっていたので、
アマゾンには予約購入にしていた。
「公式発表は23日だけど、それからだから25日ぐらいに届くだろう」
と思っていたら、きっちり公式発売日の23日だったので驚いた。
翌日配達はもとより、当日配達もこなすアマゾンだから、
前もっての予約は楽勝発売日に届けられることはわかるが、
やっぱりこの手の新譜は発売日に拘るんだろうな、と思う。
(アマゾンじゃなくて桑田佳祐ファンがね)
そういえば村上春樹さんの新作も発売日に本屋に並ぶもんな。

正直、一日でも早く聞きたいとか、
発売日に買いたいとかの拘りはなかったので、
多少遅れてもよかったんだけど、
なんかそういう心境って「ちゃんとしたファンじゃない」みたいなことを、
自分の中で反芻してしまうのが嫌だな、と思う。
さらに、ここで怒られるわけだ、そのちゃんとしたファンから。
「だったら予約購入じゃなくてもいいじゃんか」って。

でも、そんなこと言われたら(誰も言ってないけど)、
だって予約特典があってさ、それも楽しみだし、
と反論したいのだが、気が弱いからそれもできない。

Img_1910

さて、そんなことがあって1か月、
23日に届いてから毎日欠かさず、全曲順番通り聞いている。
日によっては3回聞くときもある。
正直に言うとこれ以外何も聞いていない(ラジオとかのながら聞きは別ですよ)。
だいたい、どんなアーティストでも新譜は最初にグッと聞き込むんだけど、
1か月連続ってのはあまりないし、しかもこの連続は更新中だ。

飽きない、飽きようがない。
とにかく何もかもが深くって、
聞くたびに新しい発見がある最高傑作だと思う。
いや、ほんとレベル高いですよ、
桑田圭祐は天才だと思う。
ポール・マッカートニーでさえその才能に全盛期があるのに、
彼は今だ進化の途中にいるような気がする。
次作があるかどうかはわからないけれど、
もっとすごいアルバム出すんだろうな、と期待してしまう。

世に数限りなくあるCDのうち、自分で聞き込んだのはたかがしれているが、
それでも曲順に感銘を受けたのは、
ビートルズの「サージェントぺパーズ…」以来2作目だ。
15曲収録で、曲順が完璧、どこを変えてもダメになると思う。
だから聞くときは通して聞いてしまうのである。

そうか、なるほど、たぶんライブを意識しているな(生意気な言い方で)、
うんうん、初回限定特典の一つ、ミニライブのDVDもそんな感じ。

と言うことで、実は初回限定特典は全部で4つもあったのだ。
CDのほかにミニライブDVD、解説を兼ねたエッセイ集ブックレット、
なぜかA5クリアファイル、
そしてなんと、ドームツアー先行予約券だ。
一般販売のずっと前、おそらくファンククラブの扱いとほぼ同時期だと思う。
と言う事はですよ、初回CD買ってくれた人限定ですから、
まさか3階席の一番上、てなことはないでしょう。当然アリーナでしょう。
一応抽選ですから、外れるかもしれないけれど、
そこは特典だから、CD買ったんだから外さないでしょう。

一人4枚までの申し込みだったんで、4枚申し込んでやった。
だって、当たるし、アリーナ確実だし。
そしたら、ほれ、当たった。
席?それはまだわからない、
実は当日でないとわからない。
転売禁止の処置で、送られてくるチケットは座席引換券。
コンサート当日、本人確認の証明書とその引換券で初めて座席がわかる仕組み。
アリーナに決まってるけど、お楽しみは当日に。

Img_1908

今更、意味ないけどシリアルナンバーをぼかしてやった。
イヤラシぃ~、

犬と共に生きる1

私たちのような存在の人を総称してなんと呼ぶのが適当なのか、
今だよくわかりませんね。
私たちのような、とはつまり犬を飼っている人のことです。
愛犬家は全く違いますね、それはどちらかと言うと「犬好きの人」、
犬好きの人がみんな犬を飼っている(飼ったことがある)とは限らないし、
もっと広い意味で犬の味方をする人がそう呼ばれるのがふさわしいでしょう。
英語ではどうでしょう、
どなたかご存じありませんか、リスナー、みたいに表現できる単語。

実は今、とある街の防災訓練で「ペットと共に防災対策」と言うタイトルで、
啓発展示を計画しています。
担当のほうからは「ペットと共に…」が主題でと言われたのですが、
ペットで括ってしまうととんでもないことになるので、
タイトルを変えさせてもらうことにしました。
ペットは範囲が広すぎます。
犬猫だけならいいですが、飼っている人が「うちのペット」と言えば、
それらはすべてペットになります。
たとえば魚、亀などの水系、蛇などの爬虫類系、鳥類、昆虫。
分類は種別だけではありません。
クモやサソリなどの猛毒を持つものと猛獣もいます。
家畜は?ペットではないですが、大切にしてやらなけばなりません。

そこで得意分野である犬限定にすることにしたのですが、
(猫も犬と同じように考えられないと判断しました)
どのようなタイトルにすればいいのか思案するわけです。
飼い主さんの防災対策、変です。
犬と一緒に防災対策、これも変です。
けっきょく、今のところどうしても適当な言葉が見つからないので、
「犬を飼っている人の防災対策」としていますが、
猫を差別しているのか、と愛猫家に言われそうです。

災害時には人だけでなく、
人と関わっているすべての生き物を対象に対策を考えなければなりません。
犬猫は簡単に連れ出せますし、熱帯魚は水槽ごと、爬虫類もケースごとならいいでしょう。
でも、家畜はどうでしょうか、放置するしかありませんか?ありませんね。
動物園の動物たちはどうでしょうか、
災害時に建物が崩壊しそうになった時、そのまま放置しますか?
それともライオンを檻から出しますか?
あるいは射殺でしょうか。
最近名前が決まったパンダの香香(シャンシャン)はどうするんでしょうか。

結局、助けるにしても放置するにしても、
自然界でない人と関わった生き物たちは、
人間の手の中でその運命を決められてしまいます。
もちろん犬たちも例外ではありませんね。
犬は人に飼われているわけですから、
それは命を預けていることと同じ意味になります。
犬を飼うと言うことは、その犬の命を預かるという事なのです。

好きなようにすればいいですよ、あなたが預かっているんですから。
誰にって、その犬本人からです。
犬として生まれて、あなたと暮らすことになって、
そこでどんな扱いを受けようが、そもそも基準はないので、
逆らうこともできないし、受け入れるしかない、
後はどうしても我慢できなかったら、スキを見つけて逃げるしかないですが、
大半を檻の中で過ごしますから、それも難しいのです。
檻の中とは実際の檻ではなく、あなたの監視下と言う意味です。

多くの犬はそれでも幸せに暮らしています。
きっと今の生活に満足していることでしょう。
それはとびっきりの満足ではなく、時には不満を言うこともあるでしょうが、
命を脅かされないので、その安心はとても大きいのです。
中には虐待を受けている犬たちもいますが、
あなたが犬に虐待をしていないのなら、
それでいいです、犬を飼い続けることができます。

しかし、犬と共に生きれる時間はあまり多くはありません。
人と比べて圧倒的に寿命が短いからです。
だから尚更、中身が濃くないといけないのです。
犬と過ごす時間の中身を濃くする、よくわかりませんね、
そんなこと言われても困りますね、
一つだけ言えることは、あなたが満足することではなく、
犬が満足しないと中身は濃くなりません。
あなたは自分が満足したら、きっと犬も満足しているだろうと思いますが、
それはとても自分勝手なことです。
もう少し犬目線で見ることも必要でしょう。

続く。

ちょっと訳わかんない話ですが、
次週は一気に核心に迫ります。
それでもわからん話ですけどね。失礼。

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2017年9月22日 (金)

第387回

インスタぐらむ

インスタバエ、と言う言葉が流行っているらしい。
えっ?何バエ?
虫っ子の小生にはどこかの国の珍しい蠅に聞こえてしまう…、
てなことはないが、確かに流行っているのは間違いない。
正式にはインスタグラムで映える写真、ということ。

最新のSNS、写真共有アプリでもって、
なんて今更説明する必要もないし、実のところよくわかっていない、苦手分野だ。
だけどホントみんなよくやってる、
友達10人集まったら、
インスタ(略してこう言うと、イケてる感じがするそうな)やってるのは、8人はいるな。
やってない2人のうち一人は小生で、
もう一人に「なんでしない?」って聞くと、「大っ嫌い」って答えが返ってきた。
それに最近一番嫌いな言葉も「インスタ映え」なんだって。
世の中にあふれているその「インスタ映え」って言葉を聞くと、ぞわっとするらしい。
そもそも好き嫌いの問題ではなかろうと思うが、
嫌いな理由は特別無いようである。

確かに、何が面白い?、って思わなくもない。
もっとも小生の場合はSNS全部にそう言った歪んだことを思っているのだが。
ところでみなさん、何を撮影して楽しんでいるんだろうか、
インスタ映えってどんな写真なんだろう。
「映え」、いまいちやっぱりわからん。

この季節、ちょうど満開になるハナツクバネウヅキ。
道路や公園の生垣によく使われているので、
名前は知らなくても見たことある人は多いと思う。
散歩に出かける遊歩道のハナツクバネウヅキにはスカシバがたくさんやってきて、
一斉に花の蜜を吸いまくる。
スカシバは一見蜂のように見えるが実は蛾の仲間である。
比較的大きな個体で、花に止まるのではなくホバリングしながらその長い口吻で蜜を吸う。
ホバリングしながら蜜を吸う1回は2秒以内、
そしてすぐさま移動しながら渡り歩く、違う渡り飛ぶ。
これが目にも止まらぬ速さだ。
点から点への瞬間移動を想像すれば間違いない。
・ヒュッ・ヒュッ、ヒュッ・こんな風だ。

しかしなんとも美しい蛾だ。
姿、色、たたずまい、そして大きさ、
本物は見たことないがハチドリみたいだ。
不思議なことに目が昆虫の目じゃない、鳥の目をしている。
白目と黒目があって、きっと瞼もあると思う。

そんなハチドリ、じゃなくてスカシバ、
当然、憧れの被写体となるわけだが、
カメラも腕も知識もトーシローの小生には写せっこない、と思っていたが、
なんと偶然にも、もちろん完ぺきではないが、
そこそこの写真が撮れてしまった。
少なくともスカシバの魅力が伝わるんではなかろうか。

Dsc05835

同じところで撮影、
こちらはスカシバに似ているが、ホシホウジャクと言う。
ちょっと地味。

Dsc05807

そしてこれがオオスカシバ、透明な羽、ウグイス色の毛そしてこの目、
何とも美しい。
きっとインスタ映えするに違いない。

「インスタ映え」使い方あってる?

新しいiphoneにしたらインスタ始めます。

パフォーマンス。その3

パフォーマンスは審査基準と加点が曖昧ですから、
取り入れる量が問題になります。
見せたいことに拘って一つを長時間、
あるいはいろいろな種類をたくさん取り入れてしまい、
ルーティーンの中でほかの演技との割合が多くなると、
全体の評価は下がってしまいます。
これは当然の結果ですね、
もともと持ち点の低いことが演技の大半を占めるわけですから。
事実、長い構成のパフォーマンスがうまくできず、
何度もやり直した結果、成功したもののほかの演技をする時間が無くなってしまい、
非常に評価の低い演技になったことがありました。

そんなパフォーマンスですが、
ミスしたときの評価は、通常の演技よりも厳しい採点になります。
評価が曖昧なのに厳しくなるのは納得がいきませんが、
これもパフォーマンスの持つ特徴と言えます。
その他の演技は完成形がディスクのキャッチで、
ミスはディスクのキャッチミスになりますから、
何をプレイしたのかははっきりとするわけです。
しかし、パフォーマンスは成功の形が成功しないと見えないわけですから、
そこでのミスは「結局何をしたかったのかわからない」となるので、
ルーティーン全体に悪影響を与えた評価となり、加点が少なくなるわけです。

もう一点、同じような扱いを受けることがあります。
しかもそのパフォーマンスが成功しているにもかかわらず、です。
この状態は意図が伝わっていない、表現の解釈が食い違っているという事態です。
たとえば、すごく難しいことをした、
だから高評価を期待するわけですが、
そのパフォーマンスが難しいことだけれども、
実はカッコ悪かった、と言った状態の時に発生します。

たとえば足を引きづるようなパフォーマンス、
確かに難しいでしょう、よく教えられたものだと感心します。
だけどそれが全く面白みのないものだったら、
無駄な物としてルーティーンから対象外のこととして扱われてしまいます。

経験上このパターンは多く見かけます。
「いや~これは難しいわ、けどつまらないな」と言うことです。
もちろん難易度も評価されます、しかし基準が曖昧ですから、
どちらかと言えば演出的効果のポイントになるので、
そこはカッコ悪いと判断されたら、評価されないということです。

寝転んで足の裏を立てて、そこに犬を乗せるパフォーマンスは、
難易度も高く、スタイリッシュですが、
そのスタイルになる人の動作が何ともカッコ悪いのです。
よっこらしょと尻もちをつくスタイルですね。
そこが改善されたらもっと完成されたパフォーマンスになるでしょう。

ちょっと余談になりますが、
雨でフィールドのコンディションがよくない時、
堂々と寝技をすると高評価になり、
濡れて汚れることで躊躇した場合は成功していても少し評価が下がります。
理由は「キレがなかった」と言うことになりますが、
そんな些細なことも影響するわけです。

具体的にパフォーマンスをよりよく見せるためには、

1 人の動作とのバランスをとる。
2 伝えていることと、伝わっていることが差がないようにする。
3 スパイス的要素は大きいが、効きすぎるとマイナスになると考える。
4 量ではなく質、できれば短い上質がベスト。
5 ルーティーンの流れの訂正修正に使う。

以上ことを心がけて取り入れましょう。



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