2017年6月23日 (金)

第376回

伊藤園のトマトジュース、その2

その2だから当然その1があるわけなんですが、
いつ頃掲載したのか全く記憶になく、
それでいて探せばいいのだけど、それもなんか邪魔臭くって。
結構前だったような気はする。
でも、内容は覚えていて、
健康のために飲み始めたのだが、こいつが特別美味いトマトジュースでして、
と言う話だったはず。

とにかく、あれから随分と飲み続けている。
毎日欠かさないから大したもんだと思う。
例えば、朝の歯磨きだって、遅刻しそうでできない時があるのに、
おそらく、記憶では365日1回も飛ばしてない。
もちろん習慣化していることもあるけど、
やはり、基本、美味しいからなんだろう。
飲み始めたきっかけの一つ「健康にいい」、
これの効果は残念ながら、無くもない、程度だけど。

大量に含まれるリコピンさん(どこかの国の人みたいだけれど、さんは酸ね、)が、
摂取しすぎた塩分を体外に排出してくれる、
という、なんとも塩分過多のラーメン好きにとってはありがたい効果効用なんだが、
それって、目に見えないからな。
血液検査でもすればわかるのかもしれないけれど、
体調がいいので、このトマトジュースのおかげ、にしておこう。

Img_1686_2

 

そんな、伊藤園のトマトジュース、
その名も「理想のトマト」なのだが、
なんと、姉妹商品というか、別のトマトジュースを伊藤園が作っているので驚いたわけで、
名前は「熟トマト」なんだけど、
どうしてこういうラインナップになるんだろうと。
と言うのも、この二つのトマトジュースはコンセプトが同じ、
片方に味付けが違う、例えば塩入りとかならツーラインナップもわかるけど、
そうではないようだし。

Img_1687

唯一違う内容を明記しているのは裏パッケージのここ、
使用トマトの原産地。
熟トマトは原産地をホームページで明記とし、
理想のトマトのほうはパッケージに堂々と明記。
ここに大きな秘密がありそうな。

さて肝心のお味のほうだけれども、
これが驚くなかれ、全く違うのだ。
熟トマトのほうは他社のトマトジュースと一緒、
いうなれば昔からある、定番のトマトジュースの味、
これしか知らなければ、美味しいと思うレベル。
理想のトマトは次元が違う、はるか彼方にいる存在。
熟トマトがトマトジュースの定義とするならば、
理想のトマトはもはやトマトジュースではない、ほど。
良くも悪くもだけれど。

こうなるとなおさら解せない。
他社との話なら分かるけど、
同じメーカーで美味いほうとそうではないほうがいる?
好みの問題?そうかもしれない、いや違うな、
それすらも考えさせないほど、理想のトマトは完成されている。
確かにアマゾンの口コミではいろいろと意見もあるだろうけど、
きっと熟トマトを選ぶ人はいないと思う。
もし選ぶなら、他のメーカーのトマトジュースではないか。
あえて言うなら料理に使うなら熟トマトほうが適しているかもしれないが、
それなら料理用としてピューレを作るだろうし。

などと、理想のトマトを飲みながら、
どうでもいいことに思いを馳せらせていると、
新聞記事が目に入ってきた。これだ。

Img_1745

いまいちピンとこない内容だが、
ネットニュースではもっとわかりやすく書いてあった。
http://agora-web.jp/archives/2026523.html
関心のある人は読んでみて、結構面白い、いい記事だと思う。
ネットニュースもたいしたもんだ。

そう言うことか、
それでこのツーラインナップになっているわけか、
とまぁ、わかったような、よけいにわからなくなったような。
だけど、理想のトマトがなくならなければそれでいい、
と思ってしまう。

フリースタイルの演技
ディスクスローについて②。

ノーマルスローの定義

基本の型、ベーシックな物に定義とは、
いささかピントがずれているように思われそうですが、
ディスクスローには投げる型だけではなく、
その飛行形態も定義の中に含まれます。
つまり、その飛び方が必要だから、そのスロー形式を用いる、
という考え方も同時にあるということです。

ノーマルスローはバックハンドスロー、
フォアハンド、オーバーハンド、
そしてバックハンド・エアバウンドスローの4種類と、
特殊な飛行形態を持つ、バックハンド・スキップスローと、
バックハンド、フォアハンド・アップサイドダウンスローの、
2種類をたして全部で5種類となります。

バックハンドスローはその飛行形態がストレートとエアバウンドがありますが、
少しエアバウンドする程度のエアバウンドはストレートのグループに属し、
バックハンド・エアバウンドスローは明らかにそれとわかる、
極端に大きくエアバウンドする飛行形態を指します。
具体的にはリリースポイントが高く、
地面ぎりぎりまで下降したのちに、急上昇するような飛行を見せます。
これはノーマルスローに属しますが、高度な技術力を要します。
完成度の高いバックハンド・エアバウンドはあまりお目にかかることはないでしょう。
このことからも、ノーマルスローが易しいではないことがわかると思います。
あくまでも基本形の位置付となります。

フォアハンドにもエアウバンドっぽい飛行は可能ですが、
完璧なエアバウンドは不可能です。
オーバーハンドに至ってはエアバウンドさせようとすること自体、
ナンセンスだと言えるでしょう。

これと同じ考え方はスキップスローにも当てはまります。
スキップスローはバックハンドが適しているのは明らかです。
できなくもない、フォアハンドとバックハンドのスキップスローは、
ディスクの回転がバックハンドと逆という特性上、
スキップする瞬間に前方に飛ぶ方向と回転が反対になって、
ブレーキがかかってしまい、安定してスキップさせることが難しくなります。
よって、演技上の評価としては、適切な飛行形態を犠牲にして、
不自然な技術を披露しているにすぎません。
確かに、演技中にオーバーハンドのスキップスローを見せられると、
その瞬間は目を奪われることになりますが、
あまりにも飛行形態がお粗末なので、
けっきょく低評価となります。
こういった部分に、冒頭の飛行形態も定義に含まれる、と言う意味が重なります。

アップサイドダウン(ディスクがさかさまに飛ぶ)においては、
バックハンドで投げた時とフォアハンドで投げた時に、
飛行形態に大きな差はなく、ともに理想の飛行を実現できるので、
投げ方に差を付けずに飛行形態だけで定義されます。

上記を踏まえたうえで、
バックハンドの定義は所定の位置まで早く到達し、
しっかりとしたスピンによって、ディスクが滞空し、
それはまるで空中で止まっているかのような錯覚すら覚えるような飛行形態、となります。

フォアハンドは腕の自由度から自在に繰り出せることが特徴ですから、
おのずと、より安定した低い位置でのリリースポイントを、
実現できている必要があるでしょう。
腕の位置を高くしてフォアハンドスローをしていると、
その場面でフォアハンドを使う必要が感じられなくなります。
フォアハンドが出来ることを表現するのではなく、
その時、フォアハンドが必要だったから使う、
これが正しき捉え方だと言えます。

オーバーハンドはフォアハンドとは真逆にあります。
リリースポイントの高さとディスクが飛行する高さに差がないことが特徴です。
キャッチの精度よりも演出的観点からの使用頻度が大きくなります。

アップサイドダウンスローは例外的に滞空させないことが目的ですから、
演出的効果としてはぎりぎりのキャッチになります。
そして滞空はさせないけれど、空中に長くとどまっている必要はあります。
そうでないと犬たちはキャッチの体制が作れませんから。
よって、弧を描きながら上空に舞い上がることが重要です。
これが滞空はしないが、空中に長く飛んでいる状態です。
もちろん距離を投げるという発想もありますが、
それをするとディスクが途中で安定せず、ひっくり返ったりします。
となると、そもそもの安定したディスクからは遠い存在になるでしょう。

続く

次週はトリックスローを解説しましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年6月16日 (金)

第375回

STING

Sn2

行ってまいりました、見てまいりました、スティングのライブ。
先週の土曜日のこと。
スティングを見るのは2回目、
最初は初来日の時だから、「ポリス」の時、
京都のロックの聖地、京都大学西部講堂だった。
40年前、17歳だった。

いや~よかった、感動した、興奮した、
感動しすぎて「ふら~」っとめまいもした。
ほとんど前が見えない最悪のアリーナ席だったんだけど、
と言うのも、長身のスキンヘッドのお方が、
ステージ中央のスティングと自分のいるところの、
狂いのない線上におられまして、
ずっとそのヘッドを見ながら音を聞くというスタイルでして、
いやいや、そんな退けて、とか言えないですよ、
もし、言ったとして、振り向いたときに、
アンバランスに可愛らしい顔してたら間違いなく「プっ!」とかなるし、
逆に怖い系の顔だったら、逃げなきゃいけないし、
逃げるんだったら何しにここへきているかわからないし。

それにそのお方、横ノリでして、
ヘッドが左右に揺れるので、
その合間を縫ってステージのスティングが見える状況。
だから全く見えなかったわけではないんです。
しかし、リズム感、悪っ、
ノッてるというよりも、揺れてる。
見てるとこっちも「ふら~」って、車酔いみたいに。

もう一つ、ここのアリーナは床に弾力のあるマットが敷き詰められていて、
椅子に座ってるぶんにはいいんだけど、
まぁ、ロックコンサートですから全員スタンディング状態で、
クッションの上に立っているのと同じだから、
それだけでも「ふら~」って、
そこにさっきのスキンヘッドの「ふら~」が重なって、
めまいとなるわけ。

本来は体育館なので、そりゃなんか敷かないといけないけど、
なんでまたクッション系を敷くんだろうか、
答えはこれ↓

Sn1

そう、観客全員が一斉に飛んだりすると、
この体育館だけではなくその周辺までもが微妙に揺れるんですね、
そして苦情が来るそうな。
すごいですね、人がたくさん集まると大きなエネルギーになるってこと。

ジャンピングの禁止、これはわかりますよ。
でも「縦ノリ」ってどことなく意味不明、わからん。
ん?でもないか、そうか、
前のスキンヘッドのお方、横ノリだわ。
なるほど、そういうことをわかっていて、横ノリしてたんだわ、きっと。
でも、やっぱ、リズム感、悪っ!!

Sn4

スペシャルゲストのジョーサムナーとはスティングの息子さん、
と言っても40歳って言ってたけど。
顔も似てるけど、声も似てるわ。
親の七光り関係なく独自で音楽活動やってます。

Sn3

ほんとかっこいいおっちゃん、
憧れます、無理やけど。

唄もうまい、当たり前だけどCDと同じ声してる。
それにバンドにキーボードがいない、ってところも何ともスティングらしい。
また来日したら、ぜひとも足を運んでください、
おすすめです。

フリースタイルの演技
ディスクスローについて。

フリースタイルの演技で用いるディスクスローは多様性を重要視します。
それは競技の性質上「魅せる」競技だからです。
つまり、飛行形態の美を見せる、高い技術力を見せる、
そして多くの種類を見せる、と言うことです。
そして一つのスローに対して、この三つの「見せる」を実現することによって、
本当の意味での「魅せる」になり得るのです。

もちろんできることをやる、と言うのは最低限のラインですが、
そこに何らしかの工夫を加えて、より魅力的なものに進化せるといいでしょう。
当然そのためには新しい練習を積み重ねる必要もあるでしょう。
そして何よりもディスクスローの存在意義を掴んでおくことも大切です。

大分類として、ノーマルスロー、トリックスロー、
マジックスローの3種類で構成されています。
まずはこの3つの定義を明らかにしておきましょう。

しかしながらこの定義は皆さんが理解いているものとは少し離れています。
それはこの競技が歴史を刻んでいく過程において、変化してきたからです。
変化ですからあくまでも進化でないことは強調しておきます。
少し厳しい目を向ければ、全く進化していないと言えます。
簡単に言うと以前のほうが明らかに高レベルでした。
どんな競技においても技術レベルが退化するのは考えられないことですが、
ある条件揃うと十分に起こり得ることで、
実際にディスクドッグのフリースタイルではそうなってしまいました。

なぜそうなったか、から解説しましょう。
一見スルーしてしまいそうなことですが、
歴史の中に埋もれる因果関係を知ることは、
やはり未来の姿には重要ですし、
それはどこのどんな世界でも同じことだと考えられます。

その1、高度な技術を要することを誰もやらなくなった。
とっても難しいことをあきらめてしまいました。
その理由は本当に難しいからだけではありませんね、
それを習得する価値が薄まったということです。
競技の採点と言うことを考えると、
そのとてつもなく難しいスローに対して与えられる点数がそれほど多くないわけです。
費用対効果が悪いとも言えます。
しかも、スローの評価もキャッチに成功して初めて対象となるのですから、
(この話はいずれ、審査基準の考察、で解説します)
苦労してその技術を会得しても、ミスキャッチで水の泡となるので、
「損」ではないですが、リスクに見合わなく捉えてしまいます。

その2、誰もやらないことは存在が消える
これはその1の話の続きです。
誰もやらなくなると、新しいプレーヤーもそれを見ることはなくなりますし、
そんなスローが存在していたことも知ることはありません。
同じように、かつては存在していた審査基準からも消えていきます。
ある意味で、こう言ったことは当たり前のことですが、
(誰もしないのだから)
それなら簡単な誰でもが出来ることも、
当たり前すぎて、存在は消えないまでも、
審査基準からは消えていきそうですが、
この考え方は競技の存続を否定することと似ているので、
違う形でその簡単なスローの審査基準を残してしまうのです。
具体的にはスローの形式ではなく、距離の精度とかのことです。
ちょっとややこしい話ですが。

その3、演技の質が根本的に変わった。
これは優れた犬たちの登場で、演技の中で魅せる比率が、
キャッチの出来栄え、犬の動作、に重きが置かれるようになって、
演出効果やスローの技術の比率が小さくなってしまった、です。

この3つの理由から退化してしまったのですが、
やむを得ない事情であったと考えられます。
そういった意味では退化は適切な言葉ではない気がしますが、
それでも完全に無くなって遺跡状態になっているわけではなく、
もし、今誰かが挑戦し、完成された形で演技に取り入れたなら、
ニューウェーブとして支持されるでしょう。
おそらく、こういった「魅せるスポーツ」の正常な状態だと思います。
フィギアのトリプルアクセル状態と似ていませんか?

と言うことで、
現在はマジックスローは事実上存在していませんが、
定義とともに復活させたいと思います。
同時にノーマルスローとトリックスローの定義も修正しましょう。

続く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年6月 9日 (金)

第374回

びわの収穫

びわ・・・琵琶と枇杷。
始まりは大昔、まずは果物の枇杷。
それに似ているからと(胴の部分が)楽器の琵琶が名づけられたそうな。
でもって、その楽器と似ているからと滋賀県の琵琶湖がその名前に。
ところで、その琵琶湖なんだけど、飛行機もなにもない時代、
周辺のどの山の頂から見ても、琵琶の形には見えない、って知ってた?
もちろん正確な地図ができる何百年も前の話。
じゃあ、どうして?
確かなのは誰かが、何らかの手段で上空から見た、ってこと。
そう、どうやって?っていうのがワンダーな話。

Dsc05338

理由はわからないが今年はビワが豊作だ。
俗に言う「たわわに実る」状態。
(正確には「枝もたわわに実る」だが)
考えられるのは雨とか栄養とかではなく、
樹齢かもしれない。
「桃栗3年、柿8年」というあれ。
本当の意味は違うけどね。

縁起が悪いと忌み嫌われるビワの木だが、薬草効果もある。
あるある話で、
もともとこのビワは種を植えたもの。
子供が小さいときに食べたビワの種を庭に埋めて、
子供の成長と照らしわせる、という話。
だから植えてから20年ぐらいか。
実を付けだしたのは5年ぐらい前なので、
「桃栗3年、柿8年、びわ15年」になる。
そこからさらに5年で、つまり若者から成熟した大人になって、
ことしで「たわわ」状態ではないかと推測する。

Dsc05339

ずいぶんといい色になってきたけれど、
実はまだ収穫には少し早い。
もう少し熟成させたいところだ。

Dsc05342

いい感じのヤツは少しだけ袋掛けしよう。

残りはこの人のおやつとなる。

Dsc01349

Dsc05337

これぐらいなら十分に今食べれそうだ。

けっきょく、イケそうなのがそこそこ収穫。
まぁ、ちょいとばかしスッパイがそれはそれでよし。

Dsc05347

犬は咬む、後述。

先週の内容で終わりはやはりダメですね。
やり直しします。
今、この問題を抱えていて、真剣に犬と向き合っている人には、
ある意味でとても酷な内容でした。
それは「そんなことわかっているから」でもなく、
「もうあきらめました、飼い方を変えます」でもありませんね。
現実はこの瞬間にも、血を流し痛みに耐え、
そして何よりも恐怖心と戦っていることです。

これは多くの人が経験することではありませんね、
もちろん咬む資質のある犬をうまく咬まないように育て、
そのことによって、恐怖心を拭い去った人もいることだと思います。
しかし、そんな人も含めて、今恐怖心と戦っている人とは大きな温度差があります。
もしかしたら、これこそ経験しないと分かり合えないことかもしれません。

ちょっと想像してみましょう、
自分の家の犬に恐怖心を持つということを。
真の愛情から撫でようとしたときに咬まれるかもしれません、
ではなく必ず咬まれます。それもそうとうな力で。
一瞬でしびれ、流血します。病院へ行かなければならないかもしれません。
あなたの幼子が愛犬に咬まれるかもしれません。
それで命を落とすこともあるでしょう。

注釈します。
この想像はDVなどの家庭内暴力と似ていますが、
対象が犬ですから、全く違う内容です。
そちらのことには言及できませんので、
混同されませんように、お願いします。

我が家の犬に恐怖心を持つと言う事が、
どれほど情けなく、重くのしかかることかをわかっていただきたいです。
それが例えば精神的な疾病が起因しているのなら、
まだある程度は納得できるでしょうが、
きわめて正常であり、特別育て方に、あるいは飼い方に不備がないときは、
動揺する心を静めることはとても難しいのです。

不謹慎ですが、地雷という表現を使います。
地雷の埋まっている道をその犬が生きている限り歩くことになります。
専門家に来てもらっても解決しません。
そして今回の私の話は、地雷がありますよ、
その地雷を見つけてください、そして踏まないように歩いてください。
という内容ですから、
今上げた右足を下すそこに地雷がある人には全く無意味なのです。

私が今までに飼ってきた犬の中に地雷犬は一匹だけです。
オスのシェパードでしたから威力のある地雷でした。
でも、彼が地雷犬であることは生後6か月の時点でわかりましたから、
十分に対処できました。
私限定ですが、その地雷の上で飛び跳ねても爆発しないようになりました。
それでも一時も油断できない状態ではありましたし、
もし、私がいなくなったら彼の運命もそこで途絶えさす覚悟でいました。
実際にそうするように家族には話していました。

けっきょく彼は5歳で天に召されることになるのですが、
死因は病死ではなく、手術後の処置でした。(この話は以前に書いたような)
病気になり手術をし、当然入院となるのですが、
地雷犬には入院はできません。
彼を病院へ置いたままにすると、
麻酔が覚めた時にどのような事態になるかはわかっていました。
そして獣医さんの了解のもと麻酔が覚める前に連れて帰り、
家で療養し、通院することにしたのですが、
この移動がよくなかったようです。
完全に麻酔から覚めることなく旅立っていきました。
ほとんど麻酔が覚めてない状態で、
車からおろすのに抱きかかえた時、
反射的に手に咬みついてきました。
当然の行為です、彼がその時平常心でいられるはずもありません。
しかし、彼は犬歯が私の手の甲に触れた瞬間に口元を緩めました。
地雷は爆発しなかったのです。
彼が死んだとき、安堵している自分がいました。
もちろん若くして死んでいますし、
死因が話した通りですから、悲哀でしたが、
地雷がなくなったことには安堵したのです。

これは決して口にしてはいけないことですが、
本当にどうにもしてやれなくて、
家族が傷つくばかりなら、最悪の選択も最悪ではないと思います。
安楽死だけではないですよ、
保護施設に預ける(捨てるではない)、
家で隔離して飼い続ける、などです。
その子を責任をもって飼い続ける末路が、そういったことであっても、
責任をもってのことならやむを得ないと思います。
ですから、「犬は咬む」問題と無縁の人も、
この問題の闇の深さを知り、温度差を縮めて、
最悪ではないその選択に理解をいただけたらと思います。

また、話しましょう。
毎回、同じ話の繰り返しになりますが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年6月 2日 (金)

第373回

日本を背負っていく若者

国道1号線が渋滞していて、走行と追い越しの両車線とも、
止まっている時間のほうが長くなってきた。
事故渋滞だろうか。
ところで、1号線がこの地域に通っていることはちょっと自慢である。
だって、なんたって「1号」ですから。
国道がいったい何号まであるのかは知らないけど(調べる気もない)
1号ですからね、7号とかとは値打ちが違うし、なんて思うのである。
まぁ、それに昔の東海道だから長いし。
そんな自慢な1号線だけれど、渋滞したら自慢もクソもない。

渋滞中、走行車線にいると、隣の追い越し車線の車と並走することがある。
しかも止まる位置も同じだ。
そんなとき、こっちの車はキャブオーバーなので背が高く、
隣の車が乗用車なら見下ろす格好になるから少しばかし気を遣う。
だって、相手の視線に入らないところで、
覗いてる、みたいになるから。

まるでストップ&ゴーをリズムに合わせているかの如く、
並走している隣の車はオフィス機器関係の営業車のようだ。
白い小型バンのドアの横に社名が入っている。
その社名を確かめたくて、停車したときにグッと目線を近づけると、
何やら運転手がもぞもぞしている姿が見えた。
「何してる?」
おぉ、驚いた。なんと弁当を食っていた。
のり弁っぽい弁当をちゃんと箸を使って食っている。
それだけではない。
箸を持ったままスマホを操作している。
さらに、ハンドルの前のダッシュボードにはA4のファイルが開かれている。
もちろん、両手はハンドルにはない。
つまりこうだ。
停車中は左手にのり弁、右手に箸とスマホで、
スマホを操作しながら弁当を食って、
目の前にあるファイルに目を通している。

車が動き出すと左手の弁当は助手席へ、
スマホと箸は膝の上、
両手はハンドルでしっかり前を見て運転、
そして、また止まると、それぞれのアイテムは元の位置へ。

しかしなんとまぁ器用な兄ちゃん、と感心。
これって違法?でも停車中だからOKなわけ?
いやいややっぱり駄目でしょう。
年のころは20歳半ば、なんとなく新入社員のような気がする。
初々しさとやる気が伝わってくるから。
また食べっぷりがいい、
ガツガツ食うところも好感が持てる。
それに精度が高い。
決してスマホと箸を落としたりしないし、
ファイルのページは確実にめくるし、
のり弁をこぼしたりもしない、大したもんだ。
見えないけど、たぶんのり弁もキレに食べていると思う。
きっと米粒の一つも残っていないのだろう、
そういうところに育ちの良さがわかる。知らんけど。

弁当食う時間もないほど働いているんだろうな、と思う。
こういった若者が将来日本を支えてくれるのだから、
まだまだこの国も捨てたもんじゃない。
彼が将来、管理職になった時、
「弁当みたいなもんは移動中に食えばいいんだよ」
なんて部下たちに言うんだろうな。
「それに俺はな、食うだけじゃないぞ、
食いながら仕事もこなしてきたんだ」
と、ダメ押しするんだろうな。

5回ほどのストップ&ゴーで完食、
その後渋滞も解消されて彼は遠くに消えていった。

ところで、聞きたいんだけど、今、午前10時20分だけど、
それって「何メシ?」

1go

A1go

なんかカッコいい、アメリカのやつ。

犬は咬む、最終回

~それらは極めて冷静な判断によって執り行われています。~

その冷静さがよっくわかるのが咬む力です。
犬の咬む力は相当に強いです。
犬の咬む力を数値化していることがありますが、
それは全くあてになりませんし、
その数値を知ることはそれほど重要ではないですね。
ただ本気で咬むと殺傷能力は十分にあります。
犬にかまれたときに重症化しないのは、
犬の手加減です、つまり本気ではないということになります。
犬自身は本気で咬めばどうなるかは知っているし、
それが今必要でないことも知っています。
知っていて咬むんだから質が悪いって話にもなりますが、
そうではなく、犬は咬むけれど意外にも本気ではない、
威嚇で咬むのがほとんどであるということです。
もちろんその程度でも、激痛が走って出血、あるいは骨折することもあるでしょう。

対犬でも人でも重症化するときがありますが、
それは体力差が力の差になった時と、
興奮具合で歯止めが利かなくなった時です。
おそらく獲物を襲うときと、
本気で身の危険を感じた時以外は本気で咬まないでしょう

本気で咬まない犬の咬み方を「歯を当てる」と言い表しますが、
本気でないからという理由でこの問題から除外したりはしません
「歯を当てる」も咬むの一部として対処します。

咬む理由を知ることは咬む時を知ること、
そして咬まれない方法を探ることに繋がります。

咬む気持ちにさせないことは重要で、
何よりも追い詰めないことが一番効果的です。
もちろん、そのためにはその犬が何で追い詰めれたと、
感じるかを知る必要がありますが、
それは普段の生活の中で十分に探ることができるでしょう。
ただし、探る生活をしなければなりません、
こう言うととても息苦しい生活で生きがいを失くしてしまいそうですが、
「探る」のものが「思いやり」だと思えば自然にできるのではないでしょうか。

咬む気持ちになった犬にNoを言ってもその気持ちは収まりませんし、
仮に咬む行為を止められたとしても、
それは根本的な解決にはなりませんね。
もちろん、咬んでしまった結果よりは、
はるかにいい結果であることには違いありませんが。

家族を咬んで、他人を咬まないということはありませんし、
逆に他人を咬んで家族を咬まないということもありません。
咬まれるに差があるとするなら、
その原因を作っている方が咬まれるほうです。
家族の中の誰かが咬まれるとしたら、
その誰かは咬まれる原因を作っています。

他の犬は咬むけど他人は咬まない、これもありません。
唯一あるのは、家族は咬まないが、他犬は咬む、です。
これは家族を群れとしてみた場合の正しき状態ですし、
犬を飼うことの大きな魅力の一つとも言えます。
魅力という言葉を使うと、さらなる誤解を招きますが。

ここでもう一つの大きな問題に到達します。
それは「咬まないように育てることができますか」ということです。
答えは「できます」ですが、年齢が高いほど難しくなります。
反対に幼少期は思った以上に簡単です。
難しくなる理由は頑固になるとか、素直さがなくなる、とかではなく、
正反対の「咬むこと」を学んでしまったからです。
幼少期が楽な理由も同じです。「咬むこと」を学ばせないのです。
幼少期の咬まない犬に育てる策はありますが、
2歳を過ぎて「咬むこと」を学んでしまった犬を、
咬まない犬に育てる決定的な術は持っていません。
もしかしたら、そんな育て方はないかもしれないとすら思っています。
世の中には「それでも大丈夫」と言う専門家がいますが、
暴力によってその犬の心を封印してしまう方法を採用する専門家はいかがなものでしょう。
咬んでしまう勢いの程度にもよりますが、
それならまだ犬歯を削ってしまったほうがその犬は幸せでしょう

決定的な策がないうえで、事を避けるは有効だと思います。

犬はもともと無意味に咬むものではありませんから、
より多くの状況を避けなくても健全な犬生活は維持できるでしょう。
それができないほどの悲惨な状況ならあきらめるしかないかもしれませんが、
それは稀なことでしょう。

結論はありませんが、事の顛末としては、
「犬に咬ませてはいけないし、犬に咬まれてもいけない」
と言うことになります。
全く解決にも助言にもなっていませんが、
これは一つの妥協点だと考えています。

犬たちにとって咬むことは自然なことです。
咬まなければいけない場面もあります。
咬むときには必ず犬の正義としての理由があります。
しかし、我々はそれを認めません。
何があっても咬んではいけないことを求めます。
もちろんだからと言って、ほかの人や犬を傷つけてもいい理由はありません。
しかし、それと同じように咬むその犬も傷つけてはいけないのです。

咬んだ犬をあなたはこれでもかと言うほど叱ります。
そこに正当な理由があるにも関わらずそれを否定します。
犬の話すら聞こうとはしません。
咬んだ理由がもしかしたら、あなたを守るためだったかもしれません。
きっと尊厳を傷つけられたと思っているでしょう。
そして、この瞬間からあなたとの関係は壊れていきます。
不信と不安の中でこれから先ずっと飼われ続けなければなりません。
もしかしたら自死するかもしれません。
そんなことあり得ないと思っていますか?
チャンスがないだけですよ。
犬の自死は誰も研究していません、それは「無い」が前提だからです。
家出する犬をたくさん知っているのに、
事故に巻き込まれる犬をたくさん知っているのに。

咬む犬から犬としての幸せを奪ってはいけないですし、
そのことで人と共存できなくなっても、
あるいは一般的な家庭犬としての幸せを得られなくても、
その犬の尊厳は守ってやらなければなりません。
それが犬属の命をもてあそんだ人の役目です。
犬に咬まれたらその犬も人も不幸になります。
咬まない犬だけを求めるのではなく、
咬まれない自分も求めてください。
もう一度言います
「犬に咬ませてはいけないし、犬に咬まれてもいけない」です。

終わり。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017年5月26日 (金)

第372回

ツアー・オブ・ジャパン

Img_1741

そうかぁ…あれから1年、早い。
またまたツアー・オブ・ジャパンの2nd京都ステージの観戦に行ってきた。
もちろん、京都ステージはわが町を走る。
日本最高峰のレースが自分の住んでいるところを走るなんて、
なんてラッキーなことかと思う。
はっきり言って、めちゃくちゃファンでもないし、
まったく勉強しない、素人中の素人なんだが、
それでも十分に楽しめるから、
やはり、どんな世界でもトップクラスと言うのは、
それなりに説得力と魅力を兼ね備えているのだろう。

サイクルレースだから当然自転車で会場に行く、
じゃなくて、自転車でひょいっと行ける、ということ。
着いたとたんに高揚している自分がいるから不思議だ。
この気分はコンサートが始まる直前と似ている。
ただ、さすがに今回は2回目の観戦なので、
初めてよりも若干冷静さを保っている。
6周する周回コースをどの位置で観戦するとか、
そういった計画が立てられる。

さて、これより写真が連続して出てきますが、
決して「いい写真撮れた」自慢ではないので、あしからず。

Dsc05075

別に屋台が出てるから気分が高揚しているわけではありません。

Dsc05080

1周目のメインストレート、
1周16.8kmを6周する・・・・と、100kmを超える。

Dsc05091

2週目のストレート手前の90度コーナー、
誰か転倒したら・・・・恐ろしい。

Dsc05102

やっぱりサポートカーがかっこいい。

Dsc05104

3週目の先頭グループ。
横のオートバイが何かを知らせている、なんだろう?

Dsc05105

後続グループはほとんど全員の集団、
各チームごとに並んでいるのはどういう意味だろうか。

Dsc05113

サポートカーから何かを手渡されている。
しかし、これはこれでちょっとスリリングな感じがするが。

Dsc05137

元F1レーサーの片山右京さんのチームウキョウのサポートカー、
ドライバーは右京さんだと期待したんだが、違った。そりゃそうか。

Dsc05140

こんな光景も、
風の抵抗を減らしているのか、それともペースカーになっているのか。

Dsc05149

チームメイトにペットボトルを渡す。

Dsc05151

そして頭にかけた。
この日の気温は32度、だよな。

ゴールと表彰式は場所取りに遅れて写真なし。

Dsc05161

レースが終わったら早速3rdステージに移動。
3rdステージは三重県のいなべ市、休憩のない翌日にレース。
1stステージは大阪の堺市で前日の開催、
8日間連続で最終8thステージが東京の日比谷。
トータル743.75kmとなる、それがツアー・オブ・ジャパンだ。

いや~しかし、写真の腕前も上がったわ。

犬は咬む、その2

犬は咬むものである。そして、だから危険な動物である。
まずはここを深く理解する必要があります。
思い知らされる、まではいかなくとも、
一番ベーシックな考え方としてこの部分はどうしても押さえておきたいですね。
しかし実はこれはあまり簡単ではないです、
例えばジャーマンシェパードやドーベルマンを飼っているなら、
その納得度は高くなりますが、
チワワやトイプードルを飼っている人には現実的ではありません。
その理由は大きさと容姿です。
当然、同じ犬族ですから危険動物には違いないのですが、
チワワの可愛らしさを目の当りにしたら、
誰でもすぐに手を出してしまうでしょう。

犬が危険な動物であることを認め、
その上で共存を図る、
そして共存方法を探ることが、
犬を飼うということの重要な一部でなければならないのです。

この話の展開は「躾の重要性」に繋がるのが一般的ですが、
残念ながらここではそこへは進みません。
Noで止められるほど「咬み」は軽くないのです。
もし簡単にNoで解決するのなら、この問題は大きくなっていませんし、
犬を飼うことは殊の外、快適になるでしょう。

どんな躾でも咬むことを止めることはできませんが、
(咬むことは犬の最後の権利だから、その1を参考)
咬まなくても済む解決方法を学ぶことはできます。
咬むことを止めるも咬ませないのも、
咬まないのだから、この二つは同じように思いがちですが、
全く違うものです。
前者は他からかかるカギですが、
後者は犬自身がかけるカギになります。
同じ鍵でも精度が全く違いますね、
いくらカギをかけていても、両方に咬みたい気持ちは残りますが、
他からかけられたカギのほうがより強く残り、
カギを壊してしまうこともあるでしょう。

何かにつけてよくする話ですが、
犬に「咬みクセ」というものはありません。
ドッグトレーニングの本などに頻繁に出てきますが、
もしそんなものがあったら犬は犬として人と共存できないですし、
そもそも人が犬を飼おうとは思わないでしょう。
「咬みクセ」は言葉のあやだと考えればいいです、
そういった意味では何かと使うには便利な表現方法です。

例えば、咬む犬に威圧的に強烈に叱り続けると、
興奮を助長するので、さらに興奮することを学び、
まもなくあなたは攻撃される(咬まれる)。
このようなことを「咬みクセ」がある、
と表現してしまうのです。クセじゃないですけどね。

犬が咬む理由について話しましょう。
精神的疾患で咬むことがあると言われていますが、
今までに直接その例を見たことはありません。
なのでそのことに言及する事はできません。
想像や引用で語ることはできるでしょうが、
それは意味のないことですね。

すべては自己防衛によって犬は咬みます。
仮に先制攻撃であっても自己防衛にあたります。
「やられそうな気がした」ですね。
対人間に対しては誤解である場合もありますが、
犬どうしのやり取りではまず間違いはありません。
人以外の生き物はやられてから攻撃するなどと言う、
悠長なことは言ってられないのです、
まさしく命のやるとりですから。

他の小動物を咬む場合は攻撃でもなんでもなく狩猟です。

人を咬むときは100%自己防衛になります。
自己防衛が働くとは追い詰められている状態を示します。
ここで多くの人は「追い詰めた覚えはない」と主張しますが、
大切なのは追い詰めている方の意識ではなく、
追い詰められている犬のほうの意識です。
そんなつもりはなくても、犬が追い詰められたと言えば、
追い詰めたことになりますし、それが疑う余地もない事実です。

何に対して追い詰められている感を犬が抱くか、という事になりますが、
それは明らかに追い詰められているとわかるときもあれば、
人間には全く理解できないところもあります。
よってここも100%の精度をもとめることはできませんし、
ここに状態例を書き留めることも不可能です。
ご自身の中でパターンを見つけ蓄積していってください。

追い詰められている感が咬む理由になっているのは事実で、
一見反射的、あるいは本能と解釈したくなる時がありますが、
それらは極めて冷静な判断によって執り行われています。

続く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月19日 (金)

第371回

どんぶり派ですか、それとも炊く派ですか?

チキンラーメンの話なのだ。
ネタがなくなった時の「食い物ネタ」、しかもお手軽なラーメンの話。
違う違う、そんな軽い気持ちで書いてない、もっと真面目、真剣。
どちらかというと、ずっと温めていた話、
いつでも掲載できる準備はできていたが、
いい写真が撮れなかった。
で、今回ようやく納得できる写真が撮れたので記事にできるというわけ。
なんていっぱしのカメラマンみたいなことを言っているが。

その前に、ここでタイトルの「炊く派」に引っかかってる人がいるのではないだろうか、
もちろん「炊く」は標準的に使われていると思う、飯を炊く、とかで。
しかし、ことラーメン、しかもインスタントラーメンに「炊く」を使うのは、
おそらく関西圏だけだと思う。
「じゃまくさいから今日の昼飯はラーメン炊いとくねん」みたいに。
えっ?使わない?うそ、京都だけ?
京都でも使わない?じゃオレだけ?

始めます。

あなたはチキンラーメンを作るとき、
どんぶりに湯を注いで作りますか?
それとも鍋に入れて炊きますか?

Img_1614

インスタントラーメンの創出的傑作、チキンラーメン。
その栄光の歴史は簡単に語りつくせない。
ただ、チキンラーメンによって救われた人がどれほどいるかは、
想像に難くない。
そして、戦後間もないころに誕生したチキンラーメンが、
その後の日本の発展に寄り添いながら歩いてきたことは確かである。
もしノーベル賞にラーメン部門があるとするなら、
間違いなくその栄冠を手にしていたことだろう。

Img_1739

カップ麺以外で湯を注いでできるラーメンはチキンラーメン以外にない。
(たまにバッタもん的なのを見ることがあるが)
しかし、だからと言ってそのことに大きくこだわっているつもりはない。
それにパッケージの裏にはちゃんと「湯を注ぐ」と、
「煮る」(やっぱり炊くとは言わないようだ)の、
二通りの作り方が掲載されている。
それぞれの作り方で微妙に味が変わるのだが、それは好みの問題である。
今、問題にしているのはそこではなく、
表のパッケージになっている玉子をトッピングした写真だ。
チキンラーメンと玉子のコンビネーションは最強だと思う。
親子丼のごとく親子ラーメンになるからだ。
メーカーも玉子の落とし窪みを作るほどにアピールしている。
そしてこのパッケージの写真は何とも美味そうではないか。

ところが、この二通りの作り方、「注ぐ」も「煮る」も、
こんな風に美味そうに玉子が仕上がらないのである。
注ぐの場合、うっすらと膜は張るけれども、ほとんど透明に近い。
と言うことはその玉子は限りなく「生」だといえる。
この状態でもし、玉子の黄身を箸でつぶしてしまったら、
一気にラーメンの汁は茶わん蒸しの蒸す前みたいになる。
食えないことはないが、もうすでにチキンラーメンではなくなっているので、
食べることに意味を持たなくなる。
最近・テレビCMで作り方を紹介しているが、まぁー出来ないって。

煮るはもっと悲惨だ。
説明には鍋で1分煮る、とあるが、
その後に玉子を投入するとラーメン自体を煮すぎてしまう。
かといって、麺の塊と玉子を同時に入れると、麺をほぐすことができない。
ほぐれるまで煮込むと今度は玉子が固くなりすぎる。
さらに沸騰の波で白身が原型をとどめない。
透明なスープが売りだが、妙に濁ってしまう。
鍋からどんぶりに移す時も深刻だ。
最悪、麺の中に玉子が混ざってしまう、これではトッピングとは言えない。

さてどうする、
どうにもならないと簡単にあきらめてしまったら、負けたことになる。
しかしここで負けるわけにはいかない。
男には絶対に負けられない戦いがある。
そして、10年の歳月を費やし、とうとつベストな方法を見つけたので紹介したい。
完ぺきではないが、未来は見える。
あとは後任に任せてもいいだろう。

①どんぶりに麺を入れておく。

②玉子だけを炊く。火加減が重要、白身を壊さないこと。
Img_1615

③いい感じに炊けたら、玉子だけをトッピングする。
Img_1621

④新しい湯を注ぐ、玉子を煮た湯は使わない。
Img_1622

⑤ふたをして3分待つ。
Img_1623

⑥出来上がり。どうだ、透明度を保った汁に注目。
Img_1626

「炊く」と「注ぐ」のコンビネーションだが、
その手間がインスタントの精神に反している、とか言うなよ。

犬は咬む

来月、倶楽部のイベントで行うディスカッション、
テーマの「犬は咬む」についての議題を掲載します。
内容について関心が持てた人、意見がある人は、
ぜひともご参加いただけたらと思っています。
よろしくお願いします。

このブログでも数回取り上げていますし、
新聞やテレビでも取り上げられることが多いです。
また、出版物も多く出回っています。
それほど「犬が咬む」(以降「咬む」と表現します)問題は、
深刻で大きな問題です。
時折、ニュースでは悲惨な咬傷事故も報じられています。

犬が苦手な人のほとんどが咬むですし、
もし、犬たちが咬むから遠い存在だったら、
犬たちのこの社会におけるポジションはもっと違ったものになっていたでしょう。
ただ、それでいても何かにつけて、犬たちが重宝がられるのは、
その咬むをコントロールできるからですね。
ここがクマやライオンを飼うのとは大きく違うところです。
咬むをコントロールできないとしたら、
犬は檻の中で飼うことが常識となっているでしょう。
危険な問題を差し引いても、やはり人にはなくてはならない存在なのです。

よってディスカッションの目的は、咬む問題を無くすことではなく、
減らすことだと考えています。

咬む問題はなくならないのですか?
人は気質、姿形もモラルや倫理を通り越して、
神のごとく「犬の生」を支配下に置いているのに、
どうして大きな問題である咬むを解決しないのでしょうか。

これは大変厳しい質問です。しかし、とても重要な質問です。

理由は咬む気質が必要ということです。
警察犬や闘犬のことではありません。
事実、警察犬の咬むは攻撃ではなく遊びの範疇ですし、
闘犬はもはや時代にそぐわなくなっています。
一部の愛好者もやがてそのことに気づく時が来るでしょう。
そうではなく、犬は犬自身が自らを守るために咬む気質が必要で、
それを守ってやらなければならないのです。

世の中のすべての動物が犬を保護するとは限りません。
それに虫かごで一生を終わらせるわけにもいきません。
時にはほかの動物に襲われることもあるでしょう、
特に人間は厄介です、
その知恵で巧みに物を武器に変えてしまいますから。
それだけではありませんね、
精神的な威圧を与えたり、保護しなかったりしますし、
都合によっては合法的に殺戮も行います。
生き物の「生命」をもてあそぶことに、
喜びと優越感を持てるのが人間です。
そういったことから自分を守るために咬むは必要で、
そうではない人たちに咬む気質は守られてきました。
何とも皮肉な話ですが、
ここの事実をとらえないと、問題の解決には進みません。
咬む問題はなくなりませんし、
仮にブリーディングでもそこを目指してはいけません。
もちろん必要以上の攻撃性や容姿を追及してはいけませんが、
最低限の防衛力は必要なのです。

よって減らす、あるいはうまく付き合っていく、という考え方になります。

と、申しましても、
例えば、現実に起こっていることで、
わが子を飼い犬に咬み殺された人などは、
到底納得できるようなことではありませんね。
もちろん誰が悪い、などといったことでもなく、
やりきれないものが残っているのは想像に難くないです。
ただ、そういった方たちに配慮しながら話を進めることはしますが、
納得していただけるとは考えていませんし、
説得力も器も持ち合わせておりません。
そこのところはなにとぞご容赦ください。

続く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月12日 (金)

第370回

ブルース最高!

Sbf2

連休の最終日の7日、堺ブルースフェスティバルに行ってきた。
何回目かは定かではないが(たぶん5~6回はやっていると思う)、
年1回の恒例のフェスティバルだ。
同じ大阪の高槻市では3日から5日にかけてジャズフェスティバルをやって、
それを追いかけるようにして、6日、7日は堺でブルースをやるという、
イベントがバッティングしないように、なんとも粋な計らいをするもんだと感心する。

ジャズは正体が明らかだけど、ブルースってなに?、になるかな?
確かに言葉で説明するのはとっても厄介だ。
だからここでは説明しないことにする。
まぁ、聞けばわかる、ということで、
とりあえずBBキングとジョン・コルトレーンを聞き比べてみて。

面白いのは音楽のジャンルのことだけではなく、
その成り立ちと言うか、バックグラウンド的なことも違うところ。
だから、ジャズフェスティバルはどう考えても阪急沿線の高槻だし、
ブルースフェスティバルは南海沿線のしかも古い港町の堺になる。
つまり堺で聞くブルースは最高、
行ったことないけどアメリカのシカゴで聞くのと同じテンションって感じになる。
関西人にしかわからない話ですけどね、
ちなみにシカゴはブルース発生の地と言われている。

堺東駅周辺の3か所で両日ライブが行われた。
数多くのバンドがひっきりなしに演奏するので、ブルースファンにはたまらない。
もちろん有名なブルースマンも登場する。
もちろん入場料はタダ。だからってことではないがギャラリーも多い。
しかも平均年齢タカシ、ガラ悪し。
ガラ悪いってことじゃなくて、クセのありそうな、
こだわりの強そうな、酒臭そうな、そんな普通の感じ。

Sbf1

けど、いいな~ブルースは、なんか沁みるよな、
こういう年になると、ほんとブルースに癒される。
18歳の時に聞いて感動したブルースマンも出るし、
前日の出演だったので見れなかったけど。
ほぼ40年前になるが、あの若さでブルースに感動したんだから、
自分で言うのもなんだけど、良い感性してたのかな、
それとも単におっさん臭かっただけなのか。

いつもの通り、こういった感動は自分をよからぬ方向へ導くクセがある。
そう、来年はここに出たい、と思ってしまった。
例えばですよ、ロックバンドなら年齢と容姿で予選落ちだけど、
ブルースなら大丈夫ですよ、
実際、かなり高齢のバンドが出てましたけど、
これが最高にカッコいい、そんな中に入ったら、
若造がってきっと呼ばれる、そういうのもまたイイ。

出るとしたらバンド組まないとなぁ、
欠員が出たバンドがあったらそこに入ってもいいし、
(オーディションに通ればね)
けど、練習に参加する時間があるか?
ん~~そこが問題やな、予定では死ぬまで貧乏暇無しなんでね、
となると一人で弾き語りって手もあるな、
フォークじゃなくてブルースの弾き語り、
いいですね、工場街の中を流れるドブ川にかかる橋の上で。
(今日びドブ川って言わないし、それにそんな川、無いし)
ダメダメ、歌がだめだわ、音痴だし。
そうか、だれか歌ってくれない?

Sbf3

自慢の楽器を紹介。(ええやろ~、じまん、じまん)
古いけど、楽器だから古い方がいい、
物は確かだから今でも十分使える。
といってもしばらくアンプに繋げてないけど。
バンドに入るんだったらベースで、
弾き語りならもちろんギターで、
そうだブルースハープ(ハーモニカ)も練習しよう。

ゲーム前のディスクスロー練習について。その2

先週の話で、ディスクは危険物、をわかっていただけたら、
そこを踏まえて、ゲーム直前のディスクスロー練習の在り方を検証しましょう。

まずは目的ですね、
何のために練習するんですか、ということになります。
上手になるために、が普通に返ってくる答えですが、
「今、すでに上手じゃないですか」になります。
つまり、そこそこ上手だからゲームに参加するわけで、
話にならない腕前だったらゲームには参加しないわけです。
だってゲームになりませんから。
もちろん上手のレベルは千差万別ですが、
少なくともある一定のレベルには達しているはずです。
そういったことで言うと、上手になるための練習は今必要なことではないですね。
今・・・・

いやいや、もっと上手になるためですよ。
ちょっと待った、
今、ちょこっと練習して、急に上手になるはずがありませんね。
チョイ練習で上手になるんだったら、誰も苦労はしないでしょう。
それはあなたが一番よくわかっているはず、ではないですか。

風を読んでおく必要があります。
確かに・・・・・とは言いません。
それは無駄でしょう、と言います。
まずはスロー方向を選べないのであれば、
風を読んだところで無意味ですね。
それに、風は一定ではないですから、
今の風がそのまま自分の出番の時と同じとは限らないです。
そもそも風を読むのは投げる一瞬手前です、
そして、その一瞬でスローを対応させる技術が必要なのです。
風を読んでもいいですが、やるべきことはすべて事前対策のはずです。
今、ゲーム直前にできることはなにもありませんね。

上手なところを見せつけて、ライバルにプレッシャーを与えます。
いいでしょう、この考え方は、賛成します。
だけど、もしミスったら逆にライバルが自信を持ちますよ。
ミスらなくても「あいつたいしたことないわ」って思われたら、
ナメられて一巻の終わり。
真の強者は手の内を明かしません、
それぐらいの余裕がほしいものです。

でしょ、直前練習は必要ないでしょう、
違うんです、本当の理由はウォーミングアップなんです。
どんなスポーツにもウォーミングアップは必要でしょう、それです。

確かに、今度は本当に確かに、と言います。
ウォーミングアップは絶対に必要です。
ただし、正しいウォーミングアップです。
体を慣らすが目的ですから、全力は避けなければなりません。
ウォーミングアップで故障したら目も当てられません。
本番で全力が出せるようにするのが目的です。
よって60%ぐらいの力加減にします。
それで故障はしない、しかも体はほぐれる、
何よりも60%なら100%に近いですから、
全力の感覚もつかめる、といった具合です。
この60%は正確じゃなくていいでしょう、
人それぞれの感覚でいいです。
ただ、60%を切ると意味がありませんし、
80%を超えるとリスクが高くなりますからよくありませんね。

と、考えると、
ロングスローは必要ないですね、
ここも60%になりますから、本番で40m投げたいのなら、
ウォーミングアップは25mで十分でしょう。
それに1分で6投なら4投練習すれば60%です。
ロングスローを投げないウォーミングアップにはもう一つの効果があります。
それは今日のベストな調子を維持できることです。
もし、ウォーミングアップで場外スローなどのミスを犯すと、
それが脳裏に焼き付いて、きょう一日を支配されます。
失敗した自分を見つめてしまうんですね、
そうなると常に不安になりますから、心ここにあらずになって、
ミスを連発してしまいます。
どんなスポーツもメンタルなことが大きく影響することは常識になっています。
ウォーミングアップのたった1投のミスで、
今日を台無しにしてしまいます。
60%の力ではミスしませんから安心してください。
それでもミスをするならゲームに出ることを考え直したほうがよさそうです。

という風に、このウォーミングアップ60%効果は、
内面にも作用します。
この内面作用はやる気にも現れます。
意欲が薄れるということではなく、本番直前まではリラックスできるということです。
気の高ぶりが起きませんから、変にイライラしたり、
あせったりすることはなくなります。
ゲームは特殊な環境ですから、ついつい平常心を失い、
それは犬たちにも見破られたり、プレッシャーになったりします。
昔から言われる「肩の力を抜いて」は肝心なのです。

さて、これでゲーム直前のスロー練習の在り方がわかっていただけたと思います。
あとは実行に移すのみですが、先週の安全対策と同時に取り組んでください。
そして、もし全力で向こうに人がいるにもかかわたず、
殺人的ディスクを投げている人がいたら、
丁寧に注意してあげてください。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017年5月 5日 (金)

第369回

和洋・粟玄

なんて読む?
意外にも普通、そのまま「わよう・あわげん」。
で、それ何?
和菓子のこと、先日いただいた。
和洋がその菓子の名前で、粟玄が店の名前。
お味の方は個性豊かに‥…

Wayo3

などともったいぶって、ちょっと通ぶるつもりだったんだが、
この野望は簡単に打ち崩されてしまった。

と言うのも、ブログのネタにするために少し調べてみたら、
なんと超有名な店の一番人気の菓子であることがわかった。

つまり知らなかったのは「自分だけ」、
みたいな空気が自分の中に充満してしまったのである。
そうなると、どことなく恥かしいやらみっともない気分になる。
それに頂きものであるから、くださった方にも申し訳なくて、
申し訳ないというよりは、情けない奴と思われているかもしれないし、
と何ともネガティブな脳みそになる。

だってですよ、ここはやはり、いただいた瞬間に「粟玄の和洋やん」、
って、驚いて見せるのが礼儀、ってもんだと思う。
でも完全に「知らんなこいつ」って思われているのは間違いない。
もちろん「ありがとう」は言ったけれど、
えっ、そのリアクションで終わり?素人やな、って。
素人かどうかの境目は難しいけど、
誰もが知っている有名どころを知らないんだから、話にならないでしょう。
情けないったら、ありゃしない。

ほんと、申し訳なかったです。
と、ちゃんと謝っておこう。
まぁね、何も自主申告しなくても知ったかぶりを通してもよかったんだけど、
さすがにそこは良心の呵責がね、ほら、あるじゃん。

あーどうでもいい話、

Img_1677
指が・・・・汚っ!

しかし、こいつは美味い。
衝撃的うまさだ。
そしてそのうまさの構成が全く分からないから不思議だ。
アーモンドとコーヒー味がカラメルっぽくしっとりと‥‥でもしっかりとした歯ごたえで、
ダメ、説明できない、
とにかく、この世にこんなものがあったのか的、美味さだ。

実はこの感覚に襲われるのは2回目、
1回目は静岡のかりんとう饅頭だった。
確か、かりんとう饅頭が世に出始めたころだったと思う。
差し入れでいただいて、驚いた。

Karin
今はどこが老舗かわからないけどね。

こうなるとどっちが一番か、ってところが気になるが、
そう言った下衆な評価はやめておこう。
どちらも捨てがたいし捨てられない。

人生、こんな思いを2度もさせてもらって感謝、感謝。
3度目?あると思う。きっとある。
いや、無くてもいい、無くてもいいから、
2度目リピートでもいいですよ、よろしく。

ゲーム前のディスクスロー練習について。その1

ちょっと苦言を呈します。
ゲーム前のコート内におけるディスクスロー練習についてです。
多くの人がレベルやポリシーに差がありながら、
あの狭いコート内でスロー練習するわけですから、
当然と言えば当然なのですが、ディスクの衝突事故が起こります。
言うまでもなくディスク同士がぶつかるのではなく、
投げたディスクが人に当たるということです。
あたりどころが悪いと、重症になることがあるので注意が必要です。
頻繁にあるわけではないと思っていますが、
現場を見た事実はこの20年で8件の重症例(医師の診察が必要)があります。
ですから、私の知らないところでも相当数起こっているはずです。

主催者側も対策を講じるわけで、
事細かにルール設定して防止対策を施している団体もあります。
そう言った取り組みは業界から大きく評価されるべきですが、
残念ながら根本的な解決策にはなっていません。
ルールの強化は適用範囲を超えたところでは意味を持たなくなるからです。
つまり、コート内でのルールは、コート外では適用外となるわけです。
そうなるとコート外で事故が起こります。
適用範囲をコート外も含めて、例えば今日一日この場所では、
などと言うことにしても、その場所以外のまったくもってプライベートな練習まで、
ルールを守る人はいません。

もちろんそうなると、当然主催者も団体もないわけですから、
(たとえ会員であっても)
個人の責任になるのですが、業界が大きな痛手を負うのは間違いありません。
もしかりに、どこかの公園で誰かが投げたディスクが近くにいた幼児さんに当たり、
運悪くその幼児さんが重傷を負われて、ニュースになったら、
業界は進退を迫られることになるでしょう。
そんなバカな、じゃないですよ、世の中の仕組みとはそう言うものです。
だからモラルが問われるのです。
一番の解決策はプレーヤーの意識レベルの向上だと考えます。
上から目線や先輩風などと言っている場合じゃないので、
苦言を呈するになるのです。

危険物を投げている自覚を持つ。
この自覚で全てが解決できます。
あなたが今投げようとしているものは危険物です、
競技用のディスクですが、使い方によっては殺傷能力を発揮します。
包丁と一緒です。料理に使う時は凶器ではありませんが、
人に向ければ凶器です。
車と一緒です。ドライブは楽しいですが、人をひき殺せば殺人犯です。
そんなたいそうな、ではありません。
その自覚を持つことが大切なのです。使い方を誤らないために練習するのです。

危険物である自覚を育てる。
なぜに危険物である自覚が持てないのでしょうか?
その答えはディスクドッグだからです。
ディスクドッグじゃないディスクスポーツの人はみなさん危険物の自覚を持っています。
じゃあなぜディスクドッグだけが、自覚を持てないのでしょうか、
その通りです、ディスクドッグはあなたがディスクをキャッチしないからです。
投げることしかしないし、投げることばかりが上手になって、
キャッチを経験しませんから、怖い思いもしませんし、
キャッチしやすいディスクのこともわかりません。
だから危険性に気が付かないのです。
だからといって即座に強烈な殺人的ディスクのキャッチの練習をしてはいけません。
間違いなく顔面に直撃するか、よけてしまい他の人に当たります。
適切な練習はディスク競技、
マキシマム・タイム・アロフト[M.T.A.](Maximum Time Aloft)を行うことです。
説明はしません、知らない人は自分で調べてください。
ただし、誰もいないところで試してください。

ディスクについて知る。
レギュラーディスクとそうでないディスクの差を深く知りましょう。
自分勝手に都合のいいように解釈しないで、
特性と危険性を同時に考えましょう。
普通に考えて重たいディスクは危険度が増します。
同じように径の小さなディスクは飛行速度が速くなり、危険度が増します。
同じ大きさの同じ重さでも、素材の硬いディスクは危険度が増します。
普通に考えればわかることです。
だから普通に考える練習をしてください、
バカにしているわけではありません、
普通に考えるとはナチュラルに考えるということです。

ルールではなくモラルで解決する。
上記のことで危険物である自覚が持てます。
ならば当然、どの状態がモラルか理解できるはずです。
まずはキャッチしてもらう以外に人に向けて投げない。
そして、キャッチする以外で飛んでくるディスクの軌道上に立ち入らない。
最後に距離角度をコントロールできる範囲で投げる。
この3点を実行すれば十分です。

それじゃ、ゲーム直前の練習はできないじゃないですか、
要するにスロー練習を禁止するってことですね。
と言うお怒りの声が聞こえてきそうですが、それは違います。
それが可能になるようにみんなが譲り合えばいいわけです。
一人で独占しようとするとうまくいきません。
だったら、ルール化してくださいよ、
ってさらにお怒りなされそうですが、
断言、そんなもんルール化しません、理由は前述した通り。
そもそもゲーム直前の練習のあり方がおかしい。

ということで次週はゲーム前のスロー練習のあり方、
について話しましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年4月28日 (金)

第368回

ドアスコープ

お約束です、夏じゃないですが怖い話します。
ウザイ?
そう言うなよ、したいんだよ。
人から聞いた話なので、作り話かどうかは知らない、って作り話に決まってる。
ただ、「あるかも」と言う怖さは確かにある。

怖いで~、知らんで~、夜中トイレ、トイレ~(遠いで~)。

コホ、ケホ…では、始めます。

そのころ新入社員だった私は社宅に住んでいました。
4階建てのビルで、独身寮として1Kのワンルームになっています。
エレベーターはありません。階段は建物の中央にあり、
私の部屋は4階の階段の右側、一番奥の端っこの部屋でした。

入社して1年ほどたったある日曜日の午後のことです。
外の共用廊下を移動する人影がキッチンの曇りガラス窓に映りました。
1Kですから、キッチンは玄関ドアの横に、シンクが共用廊下と平行にあります。
この部屋は端っこですから、その人影は私のところの来者に違いありません。
普通、すぐにドアホンが鳴るはずですが、一向に鳴りません。
それに間違いか何かで、戻る人影がキッチンの窓に映ることもありませんでした。
ドアホンが壊れていたらノックするか呼ばれるので、それもなさそうです。

奇妙な感じがしたので、玄関ドアのドアスコープを覗きました。
するとそこには若者が立っていました。
ほとんど手入れのされていない髪は額と耳を隠しています。
顔色は悪く真っ青です。
まばらな無精ひげが年齢を感じさせます。
おそらく私と同じぐらい、20代半ばでしょうか。
瞳が見えないほどの細い目はじっとこちらを見ていますが、
なぜか口元は目とは正反対に軽く微笑んでいます。

荷物が両手にあってドアホンのスイッチを押せないのだろうと、
勝手に判断し、「ハーイ」と返事をしながらドアを開けました。
しかし、そこには誰もいませんでした。

階段に続く共用廊下を目で追いかけましたが、
誰もいませんでした。
気のせい?理解不能のままドアを閉め、部屋に戻ると、
共用廊下に面しているキッチンの前の窓越しに、
誰かの影が移動しているのが見えました。
慌ててもう一度ドアを開けましたが、やはり誰もいませんでした。

この若者に次に会ったのは8年後です。
社内恋愛が実り、結婚が決まって、
この独身寮から引っ越しをするまさにその日でした。
全ての荷物をトラックに積み込み、鍵をかけて出かけるその時、
キッチンの窓に人影が走ります。
てっきり引っ越し屋さんだと思い、
玄関の鍵はかかっていないので、勝手に入ってくるだろうと思っていましたが、
ドアが開くことはありませんでした。
気になってドアスコープを覗くと、あの時の若者があのままの姿で立っていました。
覗いて見て、初めて思い出しました。
さっとドアを開けると、やはり誰もいませんでした。
そしてまた、ドアを閉め部屋に戻ると、
影が去っていくところがキッチンの窓越しに見えました。

結婚して15年念願のマンションを買いました。
会社は10年前に社宅を売却しました。
そして住宅手当を充実させました。
こう言ったこともマンションを買うきっかけになったと思います。
近頃のマンションはセキュリティーもしっかりしていて安心です。
ドアホンもカメラ付で人感センサーで作動し、
チャイムを鳴らす前に来訪者をモニターで確認できます。
また、静止画を保存することもできます。
マンションで生活し始めて1年後、転勤を命ぜられました。
子供も小さかったので単身赴任することにしました。

独身時代の一人暮らしの経験があったせいか、
単身赴任生活に支障をきたすようなことはありませんでした。
住むところもこっちで勝手に決めることができます。
ただし手当の上限を超えてはいけないので、
必然的に節約志向になり、1K物件に落ち着きます。

その日は飲み会があって少し遅い帰宅となりました。
金曜日だったので明日は会社が休みと言う状態が、
そうさせたのは言うまでもありません。
風呂から上がってくつろいでいると、
ふと、玄関のカギをちゃんとかけたか気になりました。
今はすっかり酔いも醒めていますが、帰ってきた直後は記憶があいまいです。
大丈夫でした、カギはちゃんとしてありました。
確認したのち、ふと、なぜかドアスコープを覗きました。
あの若者が初めて見た時のままそこに立っていました。
同じように口元だけが笑っていました。

その瞬間、携帯が鳴りました。妻からでした。
見知らぬ人が暗がりの中ドアの前に立っている、と言うものでした。
センサーが感知してリビングのモニターに映し出されたようです。
しばらく立っていたが、瞬きしている間に消えたそうです。
妻に画像を送るように言うと、すぐにメールで送られてきました。
そこに映っているのは今しがたドアスコープで見た人物とまったく同じでした。

いったい誰だろう、この世の者かあの世の者かもわかりません。
だた、きっと20数年間付きまとわれていたことに違いはありません。
そしてこれから先も。

お終い。

怖っわ、
ダメですよ、確認しに行っちゃ、
気になる?じゃ戸締りだけ確認。
絶体にドアスコープ覗いちゃだめですよ、
ダメだって、もし誰か立っていたらどうすんのよ。

Dasc

獣医さんの選び方、その4、最終回

さて、では何を基準に獣医さんを選ぶか、という話です。
おっと、その前に、
本当にすいませんでした。エラそうにいろいろ言い切ってしまいました。
さらに、最終回に及んでは「選ぶか」などと上から目線極まりないです。
どうかお許しください。
その上で、どうか文句なしに選ばれてやってください、
どうぞよろしくお願いします。

◎相性がいい。
すいません、いきなりここからスタートします。
なんだかんだ言って結局ここかい、って叱られそうですが、
ここです、間違いありません。
獣医さんと言葉を交わす前に、
あえて言うなら外の看板を見た時に相性がほぼほぼわかります。
社のいで立ちは社長の、しいては社の姿勢を伺い見ることができます。
漂う気は足が向くか向かないかを、玄関をまたげるかを判断できます。
なんとなくで十分なレベルでしょう、
よって救急じゃない時間の余裕のある時に一度訪問してみるといいでしょう。

◎玄関前に駐車場がある。
犬には救急車が来ない以上、自家用車で搬送することが前提ですし、
救急以外にも重症の場合も、近くであったにせよ、
離れた場所から病院へ運び入れることが不可能になります。
目の前に駐車場を設置していない病院は、
小型犬以外診察拒否だと思えるほど、駐車場は重要です。

◎ドクター、看護師が2名以上常駐している事。
この人員は緊急医療に対処できるぎりぎりでしょう。
あくまでも診察時間内において、です。
時間外の診療や救急搬送も選ぶ基準にしていないのは、
そうすると現実問題として選べないようになるからです。
中には公にしていませんが救急見ますよ、
と言って携帯電話のメモを渡してくれるドクターもいますが、
そういた場合は好意に甘んじるべきだと思いますし、
躊躇なく甘んじれるように、普段からの付き合いを考えてもらえばと思います。

◎混雑している。
犬の医療は研究し尽くされていませんから、
結局、数の勝負になります。
つまりその医院でどれほどの症例を扱ったかに、
頼らざるを得ない状況だということです。
マニュアルにはたくさんの症例は載っておらず、例題だけです。
よって症例の多さは患者の多さになります。
いつでも空いていて、待ち時間ほとんどない、
それは扱った症例の少なさを証明しているようなものです。

◎ドクターの年齢が50歳以上
上記と合わせて経験値がモノを言いますから、
当然キャリアが長い方がいいでしょう。
若いドクターがダメだと言っているわけではありません。
若くてもそれなりに多くの症例を経験しているなら間違いはありません。

◎犬に咬まれた経験が少ないドクター。
動物病院と言う場所は犬にとっては特異です。
よっておとなしい子でもつい、犬らしさを発揮してしまいます。
攻撃的になった犬には獣医さんも大変です。
自分が咬まれる危険がありますからね。
犬たちを手なずけるのではなく、
犬に咬ませないようにさせることが獣医さんには必要です。
触診ができなければ治療を進めることはできませんし、
獣医さんが咬まれても治療は不可能です。
犬が好きか嫌いではなく、怖いか怖くないかでもなく、
咬まれても平気でもなく、
犬に咬ませないように接することが重要です。

◎飼い主さんを叱らないドクター。
やたらと飼い主さんを叱るドクターがいます。
そうする気持ちはわかりますが、
はっきり申しまして、昭和の青春ドラマの見すぎです。
それに飼い主さんのカウンセリングが必要なのではなく、
今はその犬の治療が必要なのです。
気持ちはわかりますが‥‥
犬たちとは言語で分かり合えません。
よって犬たちの状態を一番近くにいる飼い主さんに聞くわけですが、
獣医さんの威圧的態度は真実を語らせず、
その場を取り繕うだけになります。
これでは問診の意味を成しません。

◎対等に話ができるドクター。
一番最初の相性とも関わってきますが、
何でも聞かれて、何でも聞ける関係がいいかと思います。
知らないことは知らないと言えるドクター、
込み入ったことを聞いたときに真摯に答えてくれるドクターです。

以上で終わりますが、
今かかりつけの獣医さんがいて、その関係がうまくいっているのなら、
あえてそれを壊す必要はないでしょう。
もし新しいかかりつけ医を見つける必要があるなら、
今回のことは十分お役に立てるでしょう。
口コミや評判は二の次にして、まずは自分で出かけて確かめましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年4月21日 (金)

第367回

床下に何かいる。

縁側と言うか、ウッドデッキと言うか、
窓の外に板の間がある。
部屋の掃き出し窓から段差なく出られるので、
その板の間の床下はけっこう深い。
普通その床下は庭の地面と繋がっているから、
しかもそこそこの空間なので、知らず知らずのうちに物置化してしまう。
濡れ縁とも呼ばれているとおり、雨ざらしだから濡れて困るものは置けないが、
使わない植木鉢とか灯油ポリタンクなんかが常連となって、なんとも汚くなる。
で、それを防ぐために周囲を板で囲むわけなんだが、
そうなるとこの空間が秘密基地みたいになるから面白い。

Img_1645_2

犬たちが時々、「床下になんかいるから見てくるわ」と言うので、
そんな時は囲んだ板を一部開けてやることにしている。
そしてその時に必ず「けったいなもの見つけたらあかんで」、
と念を押している。
「けったいな」とは関西弁で標準語では「変な」あるいは「正体不明」になるか。

Img_1644_2
ここが開くようになっている。

かつてこの床下にいたけったいなものは、
稀少順に3位ムカデ、2位ヘビ、1位イタチだ。
以外では通年見かけるバッタの仲間でカマドウマ、ダンゴムシぐらい。

犬たちの勘は鋭いから、
「なんかいる、見てくる」と言った時は必ずなんかいるはず。
そして見つけたら、捕獲しないまでも追いだすことになる。
イタチは目にも止まらない速さで逃げて行ったが、
ヘビは尻尾に犬パンチを食らいながらの逃走だった。
ムカデは咥えられていた。

Img_1649

Img_1654

ところがたまに誰もいない時がある。
誰かいる時の方が珍しいんだけど。
「おかしいな、誰もいないわ」と言って床下から出てくる。
それでもやっぱり気配はあるみたいで、
「ちょっともう一回見てくるわ」と言って、
何度か床下に潜り込む。
電灯もって一緒に潜り込んだ時もある。
だけどやはり誰もいなかった。
でも確かに気配はあるようで、きっと何かがいるのだろう。
その何かとは見えないものかもしれないし。

Img_1653

家の中でも、ふとそんなことを考える時がある。
なんか気配を感じるんだな。
そしたら必ず中を確認するようにしている。
階段下の納戸や布団が入っている押入れに、
知らない間に誰か住んでいるかもしれない。
クローゼットの奥に隠し扉があって、他の世界と繋がっているかも、
と想像したら、ゴミ屋敷のように積まれた衣類をどけて確認してみる。
今は倉庫になっている屋根裏部屋も、気付かれないようにそーっと覗いてみたりする。
玄関の靴箱には小人が住んでいるかも。
他の人にそんなことをしているところを見られたら、ほとんど病気、
だけど感じるんだから仕方がない。

そう言うことってないですか、みなさん。

あっ、これ書いてて思い出した、怖い話。
来週したろか?

獣医さんの選び方、その3

獣医さんの産業的関わりとは少々おかしな言い方ですね、
要するに自分の仕事と割り切っている人、
と解釈してもらえばいいでしょう。
ちょっと険のある表現になるのは許していただきたい。

人の医療関係は常に緊急医療を念頭に考えますが、
動物医療の場合はそうではないですね。
よって当然獣医さん自身にも緊急医療に対する考え方はまちまちで、
そのことに積極的に取り組む人と、
完全に拒否する人がいます。
人の総合病院でない個人医院なんかも、
緊急医療については取り組んでいませんが、
総合病院が24時間体制になっていますから、
万が一、緊急医療が必要な時は、その専門に任せばいいわけです。
それはそれで拒否しているわけではなく、
そう言う体制で対処していると言えるでしょう。
ただし、24時間体制の総合病院が存在しない過疎地や離島は別ですが。

動物医療は総合病院は必要なくても、
24時間体制の救急病院は必要です。
しかし現実には大都市に1つあるかないかですね。
たまたまその救急病院に行ける範囲に住んでいるかどうかで、
その犬の命の扱いに差が出るのはなんともやりきれないでしょう。

確かに緊急受け入れを実施すると、獣医さんの任務は激化します。
獣医さん一人でやっておられる病院では不可能なことです。
しかし、なるべく対処してあげようという姿勢は責任としてあると思います。
なぜならその対処でその命の行く末が決まるからですね。
余談になりますが、
あらゆる仕事において「一人作業の危険性」が取り沙汰されています。
一人作業はもしその人に事態が起こったときに、
その本人も周りの人も命の危険に脅かされるからですね。
ワンマンカーのバスの運転手が気を失って、バスが暴走、
なんてことは二人作業なら防げたはずです。
そうするとコストが、なんてことをすぐに言い訳しますが、
重要なのは命を守ることであって、コストではないです。
しかし、利益がないと継続することはできません。
そうですね、だけどそこを何とかするのが技術であったり、
戦略であったり、アイデアだったりするわけです。
全ての事業所がそのバランスを模索しています。
近々きっと目を見張るような体制が実現されるでしょう。

しかし残念ながら獣医さんにはそう言った改革は起きないかもしれません。
獣医2名、看護師2名の配置を開業の条件にしたら、
だれも新しく動物病院を開業しないでしょう。
なぜなら緊急医療と遠いところにあるから獣医院を開業した人がたくさんいるからです。

私がこの事実を身をもって知ったのは20年ほど前です。
当時我が家の犬はジャーマンシェパードでした。
引っ越しした時に新しい家の近くで、
具体的には歩いて行ける距離で獣医さんを見つけなければいけませんでした。
幸い、獣医さん一人の小さな個人医院ばかりでしたが、
数件見つけることができました。
その中で最初に行った病院で、
連れている犬を見て診察前に話をされました。
その話とはジャーマンシェパードに胃捻転があること、
そして緊急手術が必要なこと、でした。
もちろん理解があることを説明しますと、
ならば話が早い、ということで、単刀直入に、
ジャーマンシェパードはいかなる診察でもお断りしています、
ということでした。
理由としては、緊急の胃捻転の手術ができないからでした。
深夜休日はもとより、開業中でも獣医一人、助手一人では対処できませんと。
さらに、予防接種等でかかりつけ医にされると、
緊急医療を断りにくいので、受診しないでほしいと言うことでした。
この時、確かに憤慨しましたが、
よくよく考えると、この獣医さんは正しく親切だと思います。
できない事、したくない事をはっきりと伝えるわけですから。
その後、残りの数件には、この事実を初めに説明しますと、
全員が同調されました。
嫌な態度ではなく真摯に受け答えいただきました。
中には体制の改革を求める意見を言われた獣医さんもおられました。
結局もとに住んでいた場所から、
通っていた獣医さんに今だお世話になっているのですが、
この時には随分と多くのことを学ばせていただきました。

緊急医療に取り組まないからダメな獣医さんではないですよ、
取り組めない体制に甘んじているのがよくないだけです。
最終的には診察や経営は秘密主義になっていきます。
獣医さんに質問するなんてもってのほか、と言う扱いなります。
やがて診察料も予防も不透明になります。
そこが良くない、という話です。

ところで、先ほどの最初に行った獣医さん、
もし、トイプードルが胃捻転で担ぎ込まれたらどうしたんでしょうね、
(もちろんトイプードルにも胃捻転は発症します)
胃捻転とわかっていて、あと数時間で手遅れになるとわかっていて、
ちょっと様子見ましょうって、言ったのでしょうか、
それとも他の病院に搬送したか、
あるいは事情を説明してそのまま安楽死を選んだか。
手術はしない、できないって言っている以上、
この3つしか選択肢は有りませんが、どうするんでしょうか。

続く。

次週はいよいよ、「獣医さんの選び方」で最後です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«第366回