2017年10月20日 (金)

第391回

続くような話じゃないけれど続く、許せ。

とにかくスキを見せると餌食になってしまう。
こんなこともある、
手洗いとかで、手に石鹸が泡立っているとき、
つまり蚊を発見したときに「パチン」とできない状況、
だってほら、泡が飛び散るじゃないですか、
そんな時に限って目の前に現れ、しかも大胆にも顔のどこかを刺す。

また、別の時はイヤホンで音楽を聴いている、
その耳たぶをガッツリやられたこともある。

カレーの皿のふちに降り立ったこともあったな、
近くにはドレッシングの瓶が建っていて、蚊を叩きに行けない。
もちろん、手よりも大きい電気ラケットも不可。

まぁ、そんなこんなで蚊との戦いも、
いつまで続くと思いながらも、やはり季節は移るわけで、
時折、一気に気温が下がる日などはそんな蚊たちも動きが鈍くなる。
壁に止まっているヤツは、かつてのように瞬間に飛び立てない、
だから壁と手の平で楽勝プレス。
飛んでるヤツは電気ラケットの進路妨害で十分に感電、てな具合。

楽勝は楽勝なんだが、なんだか物足りないというか、
けっして実力で勝ったわけではなく、
もちろん体力勝負の勝利でもないし、
たんに環境が合わなかっただけであるから、
どことなく憐れんでしまい、それ以降手加減してしまう。

今までは何とも思わなかったけれど、
とどめを刺したときに、血が滲んでいたらどこか安心してしまう自分がいた。
人の血を吸ったから殺した、と言う大義名分に助けを求めるんだな。
だから、血が滲まなかったら、ごめんな許せ、と謝る。
とどめを刺すってちょっと残酷な言い方だが、
あんな小さな体なのに不死身か、と思うほどの生命力なのだ。
電気ラケットで感電して床に落ちて動かない、
でもしばらくすると、また飛び立っていく。
気絶していただけ、死んだわけではなかった。
コップの水で溺死して浮いていても、
乾かしてやると生き返る。信じる?ほんとだって。

目の前を飛んでいる、ドローンのようにホバーして、
明らかに攻撃の意思はなさそう。
叩かないで、両手で包み込んで捕獲、そして外に逃がした。
外のほうが寒いから酷いことしていることになるが、
もうそれほど長くはない命、せめて自然の中で尽きてほしいと願う。

手の甲に止まった蚊、反対の手の人差し指を足元にそっと差し出すと、
その人差し指に移り乗った。
えっ?うそっ!、なれた?
長い戦い済んで心が通じ合った、これって友か?人と虫との絆か?

次の日、30度超えの夏日、なんで今頃暑いねん、とほざく。
半袖に着替えて庭に出ると、友からの集中砲火を浴びて撃沈、
あわてて部屋から電気ラケットを取り出して、
この裏切り者が、と振り回すが、
電池を抜いてしまっていたので、まったく役に立たなかった。

Noski

フリースタイルの演技

ルーティーンを構成する2

ルーティーンを構成することは演技の流れを作ることと同じです。
流れとは何ともわかりにくい表現ですが、
世の中のほとんどのエンターテイメントは流れで構成されているので、
それほど難しく考える必要はないでしょう。
順番ではないです。トリックを順番に見せて表現するなら、
それは演技とはなり得ませんね、よってあくまでも流れになります。

流れは2つの要素からできています。
一つ目は技術的なこと、そしてもう一つはプレゼンテーションです。
この二つを同時に調整しながら流れを作っていきます。

フリースタイルの演技でルーティーンを作るとき、
アドリブ的な取り組みは難しいものがあります。
その理由は技術的なことに偏ってしまうからですね。
プレゼンテーションの一つである演出は、
たとえば歌手の人が歌いながら自然と手振りを使ってしまうようなことではなく、
あらかじめ考えられたダンサブルな振付に当たります。
よって、その場で即興的にどうにかなるものではないのです。
ただし、フリースタイルの演技は間違ったりして、
予定変更を余儀なくされる時もあるので、
ある程度はアドリブで対処できる力量も必要でしょう。

技術的なこととは、
ルーティーンを構成する4つの要素、
トリック、トスワーク、スローコンビネーション、パフォーマンスの
4つの要素がその技術的レベルを最大限に発揮できるように考える、
と言うことになります。
またそのことは、それぞれの犬の特質によるところが大きいので、
決まり切ったパターンと言うのはありません。
もっとも、それでも大方の目安になるものはあるので、
それを解説しましょう。

気力が必要なものと、体力の余力が必要なものに分けられます。
さらに、気力が必要なものには新鮮さに影響されるものと、
流れに乗ってきてから影響されるものがあります。

気力が必要なもの、
たとえばフリップは研ぎ澄まされたキャッチの決心の速さが必要なので、
フリップが比較的苦手な犬には演技の序盤で、
テンションが高い状態の時のほうが完成度は上がるでしょう。

また、テンションが異様に高い犬たちは、
その状態でのトスの速いマルチプルはミスが多くなる傾向があります。
キャッチ欲の勢いが強すぎて精度を欠くということです。
この場合は演技の流れが落ち着いたときにプレイしたほうがベストでしょう。

興奮のスイッチにも気を付けなければなりません。
ロングスローで一気にテンションが上がる犬は、
その直後に予定しているバックボルトにミスが目立ちます。

ドッグキャッチやバックプラントなどで、
落とされて痛い思いをしたことが多少のトラウマになっている犬には、
演技が始まってからの早めのトライがお勧めです。
何かにトラウマを少しでも抱えている犬たちは、
演技の時間の経過とともにその覚悟を用意するので、
その他のなんでもなく出来ることがおろそかになります。

以上のことはほんの一部で、
先ほど申しましたようにそれぞれの犬の特性を考えなければなりません。
と言うか、その特性を見つけて知る、と言うことになります。

演技の進む時間の経過とともにやる気がなくなる犬たちは、
このルーティーンを考えることとは全く違う問題なので、
別の方法でそこを解決してからこの作業に取り掛かりましょう。

続く。

次回は体力の余力について、です。

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2017年10月13日 (金)

第390回

いつまで続くか、この攻防。

初秋になって気温が下がると、
かえって蚊が活発になるって知ってた?
まぁね、蚊だけじゃなくて虫全般に言えることなんだけど、
やっぱり虫たちもこの国の夏は暑いと思っているようだ。
昔のように最高が32度なんて言ってるときはいいんだけど、
今や35度や37度が当たり前で、いつでも40度に手が届くわけだから、
日本生まれの日本育ちにはキツイんだろう。
それで少し涼しくなると本来の活発さを取り戻すってわけだ。

そこに持ってきて、だいたい6月ぐらいから出没しているので、
3カ月もたつとえらく生物として進化してる。
経験値のDNAが伝わっていくんだろう、
どいつもこいつも高度な技を使うし、駆け引きも半端なく一流、
それだけじゃなくて、体力と言うか生命力もアップしている、間違いなく。

まずは侵入経路、もちろん網戸は完璧で、出入りにしたって、
サッと瞬間移動っぽくドアを閉めるのだが、やっぱり部屋に入ってくる。
「どこから入ってくるねん」と首をかしげながら、よーく観察すると、
な、何、そう言うことか、驚いた。
なんと外に出た人や犬たちの体にくっついて侵入しているではないか、
皮膚に口を刺して、血を吸いながらだと気づかれるので、
けっして血は吸わない、服とかにつかまって入ってくる。
あるいはもっと高度なのは、ドローンのようにホバリングしながら、
人や犬にまとわりついて入ってくる。

部屋に入ってきた瞬間に戦いの火ぶたは切って落とされる。
蚊たちはまず陣地を決める、
ちょっと明かりが届く、水場の近い、それでいて獲物が近づいてくる場所、
うちの場合だと、キッチンのシンクに近い、壁の角の天井に近いところだ。
ここだといつでも水分補給して、攻撃に移れる。
隠れる場所が「角」だから、何かで叩かれてもヒットすることはない。
キッチンは食品を扱うから、殺虫剤を使用しないことも彼らは知っているに違いない。
そして天井に近いところから、急降下して攻撃してくるのは戦闘機そのもの。

迎え撃つは素手ではない。素手でパチンと蚊を殺すには微妙な手加減が必要だ。
だいたいその場面では気が高ぶっているので力任せになる。
すると合わさる手のひらの風圧で蚊は逃げてしまうのだ。
そんなことも彼らは知っているのだ。

そこで迎え撃つは電気ラケットとなる。
テニスのラケットの網に電気が流れている、と想像すればいい。
これに触れると一瞬で感電死する、なんとも恐ろしい武器だ。
時には肉が焼ける臭いもするし、バチバチと火花が飛ぶこともある。
全国蚊生活組合のほうからは、
電気ラケットがあまりにも非蚊道的だとクレームが来るが、
関係ないこととしている。

天井に近い壁に蚊を発見、クソ、その高さでは電気ラケットは届かない、
何とか降下させようと、ラケットで風を起こすと蚊は横移動する。
急降下でみすみす撃ち落とされるような馬鹿な真似はしない。
横に移動されると、距離が広がるから瞬く間に見失う。

電気ラケットを構えたまま、天井と壁との角を中心に捜索する。
目は完全に上目だ。
集中力がヤバくなってきたとき、右の手首にチクっと痛みが走る。
もちろん右は電気ラケットを持っている手だ。
なんとその手の甲にあの蚊が止まってるではないか、
あの蚊かどうかわからない、って?
いや、わかる、あの顔つきは間違いない。

まったく気が付かなかった、スキを突かれた。
しかし、待てよ、よくよく考えてみれば、早く気付いたほうではないか、
それにヤツは今、血を吸い上げるのに必死だ、叩くなら今しかない。
蚊に吸われているとき、グッと力を入れると、口の針が抜けなくなる、
と言う定石を信じて、グッと力を込めた、力んだ。
そして、左手の手のひらを蚊の真上まで接近させることに成功。
心のカウントダウンと共に一気に振り下ろした。
しまった、利き腕じゃないほうだから微妙な手加減ができなかった、
右手の甲を叩きつけた左手をそっと外してみた。
やはり蚊はそこではぺっちゃんこになっていなかった、
影も形もなかった。
おそらく風圧で脱出したんだろう、
「力んで針を抜けなくさせる方法」?あまり効果はないようで‥‥続く、。

こんな話続いたらダメでしょう、けど続く。

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フリースタイルの演技

いよいよフリースタイルの演技、最終章になります。
この「ルーティーンを構成する」ですべて終わります。
同時に数年にわたり掲載してきた「犬賢楽学DISC DOG講座」も終了となります。
今しばらくお付き合いください。

ルーティーンを構成する

フリースタイルの演技の構成は、
トスワーク、トリック、スローコンビネーション、
パフォーマンスの4つから成り立っています。
そしてこれらをよりよく見えるためにすることが、
ルーティーンの構築となります。

よって、ルーティーンを構築する際には、
その4つの項目はそれぞれに完成度が高くなければなりません。
そうでないと、完成度が高いものであっても、
完成度が低いものと組み合わせた時に、低いほうに引っ張られて、
完成度が低く見られてしまいます。
結果、ルーティーン全体の、つまり演技自体の完成度が低くなってしまいます。

さらに、ルーティーンは組み合わせですから、
それぞれの項目において、引き出しの数は多いほうが有利です。
と言うことを考えると、引き出し一つ一つの完成度が高くなければならないことになります。
もう少し簡単に言うと、完成度が高い引き出しをたくさん用意して、
ルーティーンを構成しましょう、と言うことです。
言い換えれば、仕上がっていない引き出しを、
ルーティーンに使うのはやめましょう、と言うことになります。

具体的な例をあげますと、
トリックと言う部屋で、ボルトのタンスから、
よくできているバックボルトの引き出しと、
できていない二-ボルトの引き出しを使ったら、
できていない二―ボルトの印象が一番強くなって、
ボルトのタンスもトリックと言う部屋の印象もできていない、になるということです。

こう言った印象はとても厳しいものだと思います。
どこにその印象がつくのかと言えば、
それはもちろんジャッジであり見ている人になります。
魅せる、そして印象を審査するスポーツの宿命でしょう。

よって考え方としては、それぞれの引き出しの完成度を高める、
からスタートするわけですが、
それぞれの人とその犬の組み合わせによって、
得手不得手が大きくなりますから、
どもチームも完璧に処理するということがとても難しく、
ある意味で不可能と言えるほどの差が存在します。
よってそこそこの完成度でもって良しとし、(だからと言って低レベルは論外ですが)
最善を尽くしながらルーティーンを構成するわけですが、
その完璧に足らない部分を補うために、演出を取り入れます。

ほんの少し高さの足りないバックボルトに、
高さが十分に足りているように見せる演出を加えることによって、
その完成度を理想に近づけるということです。
たとえば踏み台の背中の位置を、
犬が飛んだすぐ後に低く下げれば、
見える空間が大きくなるので、犬が高く飛んだ印象になる、などです。

演出は重要です、5番目の項目ではありませんが、
演出がなければ演技は成立しないほどです。
マネージャーとアーティストの関係によく似ています。
これが演出の存在理由です。

続く。

次回は「流れ」について解説しましょう。

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2017年10月 6日 (金)

第389回

2017まだ間に合う夏の怖い話。

夏、じゃないけど久々に怖い話しましょうか。
いらない、しなくていい?
まぁ、そんなに怖くないんで、
って言うかどちらかと言うと不思議な話、ですかね。

信じるも信じないもあなた次第(誰のセリフだっけ)。

さてと、
眠れない時に羊を数える、ってあるじゃないですか、
そのいわれは知らないけれど、実はそれの悪魔バージョンがあるんですね。
つまり悪魔を数えるわけです。
と言っても、実際の悪魔を知らないわけですから、なんとも数えにくい。
単位ですか、一応「人」ですが、
言葉にしなくてもいいです、頭の中で数えます。
なので想像するわけです、ただし、しっかりちゃんとは想像しません、
なんとなくでいいんです、しかも顔は想像しないように。

左の闇の中から悪魔がゆっくりとやってきます。ぼやけて顔は見えません。
そして目の前を通り過ぎますが顔は背けられてわかりません。
過ぎてから右の闇にゆっくりと後ろ姿で消えていきます。
これが1回ですね。
で、この想像を悪魔の数字と言われている666回数えます。
もちろん、途中で寝てしまってもいいです、
もとは寝るためにしていますから。
運よく666回まで数えられたら、不思議なことが起こります。
悪魔が後ろ姿になった時、そこで立ち止まってゆっくりと振り返るんです。
悪魔の顔がはっきりと見えます。
そして悪魔がこう言います。「ついてくるか?」。
ここで「No」を言うと、黙って悪魔は闇に消えていき、二度と現れません。
もし「Yes]と言ったならば、あなたはこの世で目覚めることは二度とありません。

怖い話ですね、けど見たいですね悪魔の顔、
でもついうっかり「Yes」を言ってしまいそうです。
でね、この話にも別バージョンが2つあります。
別と言うよりも上級バージョンになります。
そうなんです、悪魔を見ることができたら、次に進めるわけです。

一つ目は異性を想像します。
好きな人がいても漠然と異性です。悪魔の時と同じように左から想像します。
1回は1か月ですから、12回数えれば今から1年後になります。
運命の回数でその異性が立ち止まり振り向いて顔を見せます。
そしてこう言います「ついてきますか?」。
「Yes」と答えたなら数えた月数後に必ずその異性と出会います、
そして生涯の伴侶となります。
「No」と答えた場合は生涯誰とも添い遂げることはありません。

お勧めしませんが既婚者も対象になっています。
ここがちょっと嫌ですね、
すでに出会っている場合は1回目で立ち止まり、
振り返ったその顔は当然今そばにいる人です。
だけど何回も数える事になれば、その先に違う人が待っています。
いや~しかし、ある意味、悪魔よりこっちのほうが怖い。

もう一つは自分を想像します。
このパターンは数をあまり数えません、1回が1年です。
そうです、お察しの通りです、寿命がわかるんですね。
数えた数の年数後に見せる自分の顔は死に顔です。
だからほとんどの場合100回以上は数えなくてもいいですが、
5回目とかで想像の自分が立ち止まったら嫌ですね、
それに振り向いた顔がやつれていたらたぶん病気だし、
血だらけだったら事故でしょう。
死に顔で振り向いた自分が自分に聞きます。
「いい人生だったか」と。
「Yes」と答えると死に顔の自分は少し笑って何も言わず消えていきます。
「No」と答えると、死に顔の自分は悪魔の顔になって、
手をつかまれて闇に引き込まれます。

終わり。

その後ですか?それは知らない、話はここまで。
だいたいこの手の話は理屈にあってなくてオチがないもんです。
結局、悪魔は自分の心の中にいる、みたいなことを言いたいのでしょうか、
どうだか。

怖いですがちょっと試してみる価値ありじゃないですか、
今晩、早速、悪魔を数えてみましょう。責任は取りませんけど。
2017怖い話でした、知ってました? おそまつ。

オーメン、ラ~メン、ひやそうめん。

Ak1

この人は悪魔じゃなくて死神か・・・・

Ak2

犬と共に生きる2

犬たちの寿命が短いのは我々人と比べて生きるスピードが速いからだと考えています。
生きるスピードとは成長して老いてやがて死んでいく速さのことです。
同じ哺乳類ですが細胞の分裂スピードが速いのでしょう、
およそ7倍ぐらいの速さでないかと思います。
何もかもが7倍ですから、体の成長も頭の中も7倍です。
子犬が成犬になるのも、何かを考えて判断することも7倍、
そして死に行くことも7倍です。

犬はナチュラルに健康ですね、
なにか起因するものがない限り健康です。
それは自然淘汰の摂理がしっかりとしているからです。
これが、雑種犬=病気しない、の図式なっているいわれです。
固有種のブリーディングが自然淘汰を邪魔していることは確かで、
それはとても愚かなことだともわかっているけれど、
それでも人々は犬の命を弄ぶ魅力に勝てませんでした。
純血種の多くが何らしかの健康被害を及ぼす種をもって生きています。
もちろん雑種犬に健康被害の種が全くないということでありませんが、
少なくとも自然淘汰の線上にいる時は、
そうではない純血種と雲泥の差があるのは確かです。

7倍の速さは、当然病気の進行と回復にも表れます。
そして今まで見えてなかった、純血書であるための健康被害の種も、
芽を出してからの成長がとても速いのです。
種は芽を出すまでは種のままで成長はしません。
しかし、一旦芽吹くともう種に戻ることはなく、成長し続けます。

遺伝性疾患などとそれらしい名称にしていますが、
犬種によるそれらはほぼ解明されているけれど(対策ではなく解明だけ)、
潜んでいる種についてはほとんどわかっていません。
しかも重症化する種も7倍で死に至らしめますから、
研究する時間もありません。

以上のことから、犬は基本、健康だけれども、
一線を越えたらあっという間に死んでしまう、と言うことになります。
穏やかに死んでいく犬も多くいますが、
昨日まで、いやつい先ほどまで走り回っていたのに、
今は死んでいる、と言うこともとても多いのです。
もちろん高齢になるとリスクは高くなりますが、
若年であっても十分に起こり得ます。
あえて言うなら、事故も含めてになりますが。

犬と共に生きるには「明日この犬が死んでいなくなる」、
と言う覚悟も含まれるべきです。
われわれ人は明日も生きていることを仮定としますが、
それは間違いではありません。
特別な環境下にいない限りそれが生きる力になります。
ただ、今の年齢にもよりますが10年後、
あるいは20年後はどうなっているかわからないのは、
犬に明日がないのと同じです。ここにも7倍の定義が当てはまります。

10年後の自分が見えない時、犬にしてみれば明日が見えない時どうしますか、
そうですね「今を生きる」になります。
正しく犬と共に生きるは、今を生かせてやるということです。
明日があると思っていたら、ない時があります。
あったらあったでいいじゃないですか、それは徳でいいです。
その徳が5年続いたら最高でしょう。

あなたの気持ちも含めて、犬が今日遊びたいと、
そしてあなたも一緒に遊びたいと思うなら、今日遊んでください。
明日にしよう、はダメです。
犬がしたいと思っていないことなら明日でもいいし、
ずっとやらなくてもいいです。

躾とか生活習慣とかの外の話です。
あえて言うなら生き方の話です。
そうしないといつか必ずあなたは後悔する日が来ます。
なぜなら、犬と共に今を生きていても後悔する日が来るのですから。

この犬と共に生きる考え方は、その犬に関わる人、全員の一致が必要です。
今、犬がどう生きたいのかを全員で考え、
できるだけ満たしてやるのが最善です。

やっぱり、わけわからん話でした、
いやいやそうなるんですよ、この手の話は。
どこか宗教じみているし、あとは読み手にまかす、みたいな。

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2017年9月29日 (金)

第388回

がらくた

8月23日(随分と前だが)、
心待ちにしていたものがアマゾンから届いた。
桑田圭祐さんの新しいCD、タイトルは「がらくた」だ。
2か月、いやもっと前から発売は8月23日とわかっていたので、
アマゾンには予約購入にしていた。
「公式発表は23日だけど、それからだから25日ぐらいに届くだろう」
と思っていたら、きっちり公式発売日の23日だったので驚いた。
翌日配達はもとより、当日配達もこなすアマゾンだから、
前もっての予約は楽勝発売日に届けられることはわかるが、
やっぱりこの手の新譜は発売日に拘るんだろうな、と思う。
(アマゾンじゃなくて桑田佳祐ファンがね)
そういえば村上春樹さんの新作も発売日に本屋に並ぶもんな。

正直、一日でも早く聞きたいとか、
発売日に買いたいとかの拘りはなかったので、
多少遅れてもよかったんだけど、
なんかそういう心境って「ちゃんとしたファンじゃない」みたいなことを、
自分の中で反芻してしまうのが嫌だな、と思う。
さらに、ここで怒られるわけだ、そのちゃんとしたファンから。
「だったら予約購入じゃなくてもいいじゃんか」って。

でも、そんなこと言われたら(誰も言ってないけど)、
だって予約特典があってさ、それも楽しみだし、
と反論したいのだが、気が弱いからそれもできない。

Img_1910

さて、そんなことがあって1か月、
23日に届いてから毎日欠かさず、全曲順番通り聞いている。
日によっては3回聞くときもある。
正直に言うとこれ以外何も聞いていない(ラジオとかのながら聞きは別ですよ)。
だいたい、どんなアーティストでも新譜は最初にグッと聞き込むんだけど、
1か月連続ってのはあまりないし、しかもこの連続は更新中だ。

飽きない、飽きようがない。
とにかく何もかもが深くって、
聞くたびに新しい発見がある最高傑作だと思う。
いや、ほんとレベル高いですよ、
桑田圭祐は天才だと思う。
ポール・マッカートニーでさえその才能に全盛期があるのに、
彼は今だ進化の途中にいるような気がする。
次作があるかどうかはわからないけれど、
もっとすごいアルバム出すんだろうな、と期待してしまう。

世に数限りなくあるCDのうち、自分で聞き込んだのはたかがしれているが、
それでも曲順に感銘を受けたのは、
ビートルズの「サージェントぺパーズ…」以来2作目だ。
15曲収録で、曲順が完璧、どこを変えてもダメになると思う。
だから聞くときは通して聞いてしまうのである。

そうか、なるほど、たぶんライブを意識しているな(生意気な言い方で)、
うんうん、初回限定特典の一つ、ミニライブのDVDもそんな感じ。

と言うことで、実は初回限定特典は全部で4つもあったのだ。
CDのほかにミニライブDVD、解説を兼ねたエッセイ集ブックレット、
なぜかA5クリアファイル、
そしてなんと、ドームツアー先行予約券だ。
一般販売のずっと前、おそらくファンククラブの扱いとほぼ同時期だと思う。
と言う事はですよ、初回CD買ってくれた人限定ですから、
まさか3階席の一番上、てなことはないでしょう。当然アリーナでしょう。
一応抽選ですから、外れるかもしれないけれど、
そこは特典だから、CD買ったんだから外さないでしょう。

一人4枚までの申し込みだったんで、4枚申し込んでやった。
だって、当たるし、アリーナ確実だし。
そしたら、ほれ、当たった。
席?それはまだわからない、
実は当日でないとわからない。
転売禁止の処置で、送られてくるチケットは座席引換券。
コンサート当日、本人確認の証明書とその引換券で初めて座席がわかる仕組み。
アリーナに決まってるけど、お楽しみは当日に。

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今更、意味ないけどシリアルナンバーをぼかしてやった。
イヤラシぃ~、

犬と共に生きる1

私たちのような存在の人を総称してなんと呼ぶのが適当なのか、
今だよくわかりませんね。
私たちのような、とはつまり犬を飼っている人のことです。
愛犬家は全く違いますね、それはどちらかと言うと「犬好きの人」、
犬好きの人がみんな犬を飼っている(飼ったことがある)とは限らないし、
もっと広い意味で犬の味方をする人がそう呼ばれるのがふさわしいでしょう。
英語ではどうでしょう、
どなたかご存じありませんか、リスナー、みたいに表現できる単語。

実は今、とある街の防災訓練で「ペットと共に防災対策」と言うタイトルで、
啓発展示を計画しています。
担当のほうからは「ペットと共に…」が主題でと言われたのですが、
ペットで括ってしまうととんでもないことになるので、
タイトルを変えさせてもらうことにしました。
ペットは範囲が広すぎます。
犬猫だけならいいですが、飼っている人が「うちのペット」と言えば、
それらはすべてペットになります。
たとえば魚、亀などの水系、蛇などの爬虫類系、鳥類、昆虫。
分類は種別だけではありません。
クモやサソリなどの猛毒を持つものと猛獣もいます。
家畜は?ペットではないですが、大切にしてやらなけばなりません。

そこで得意分野である犬限定にすることにしたのですが、
(猫も犬と同じように考えられないと判断しました)
どのようなタイトルにすればいいのか思案するわけです。
飼い主さんの防災対策、変です。
犬と一緒に防災対策、これも変です。
けっきょく、今のところどうしても適当な言葉が見つからないので、
「犬を飼っている人の防災対策」としていますが、
猫を差別しているのか、と愛猫家に言われそうです。

災害時には人だけでなく、
人と関わっているすべての生き物を対象に対策を考えなければなりません。
犬猫は簡単に連れ出せますし、熱帯魚は水槽ごと、爬虫類もケースごとならいいでしょう。
でも、家畜はどうでしょうか、放置するしかありませんか?ありませんね。
動物園の動物たちはどうでしょうか、
災害時に建物が崩壊しそうになった時、そのまま放置しますか?
それともライオンを檻から出しますか?
あるいは射殺でしょうか。
最近名前が決まったパンダの香香(シャンシャン)はどうするんでしょうか。

結局、助けるにしても放置するにしても、
自然界でない人と関わった生き物たちは、
人間の手の中でその運命を決められてしまいます。
もちろん犬たちも例外ではありませんね。
犬は人に飼われているわけですから、
それは命を預けていることと同じ意味になります。
犬を飼うと言うことは、その犬の命を預かるという事なのです。

好きなようにすればいいですよ、あなたが預かっているんですから。
誰にって、その犬本人からです。
犬として生まれて、あなたと暮らすことになって、
そこでどんな扱いを受けようが、そもそも基準はないので、
逆らうこともできないし、受け入れるしかない、
後はどうしても我慢できなかったら、スキを見つけて逃げるしかないですが、
大半を檻の中で過ごしますから、それも難しいのです。
檻の中とは実際の檻ではなく、あなたの監視下と言う意味です。

多くの犬はそれでも幸せに暮らしています。
きっと今の生活に満足していることでしょう。
それはとびっきりの満足ではなく、時には不満を言うこともあるでしょうが、
命を脅かされないので、その安心はとても大きいのです。
中には虐待を受けている犬たちもいますが、
あなたが犬に虐待をしていないのなら、
それでいいです、犬を飼い続けることができます。

しかし、犬と共に生きれる時間はあまり多くはありません。
人と比べて圧倒的に寿命が短いからです。
だから尚更、中身が濃くないといけないのです。
犬と過ごす時間の中身を濃くする、よくわかりませんね、
そんなこと言われても困りますね、
一つだけ言えることは、あなたが満足することではなく、
犬が満足しないと中身は濃くなりません。
あなたは自分が満足したら、きっと犬も満足しているだろうと思いますが、
それはとても自分勝手なことです。
もう少し犬目線で見ることも必要でしょう。

続く。

ちょっと訳わかんない話ですが、
次週は一気に核心に迫ります。
それでもわからん話ですけどね。失礼。

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2017年9月22日 (金)

第387回

インスタぐらむ

インスタバエ、と言う言葉が流行っているらしい。
えっ?何バエ?
虫っ子の小生にはどこかの国の珍しい蠅に聞こえてしまう…、
てなことはないが、確かに流行っているのは間違いない。
正式にはインスタグラムで映える写真、ということ。

最新のSNS、写真共有アプリでもって、
なんて今更説明する必要もないし、実のところよくわかっていない、苦手分野だ。
だけどホントみんなよくやってる、
友達10人集まったら、
インスタ(略してこう言うと、イケてる感じがするそうな)やってるのは、8人はいるな。
やってない2人のうち一人は小生で、
もう一人に「なんでしない?」って聞くと、「大っ嫌い」って答えが返ってきた。
それに最近一番嫌いな言葉も「インスタ映え」なんだって。
世の中にあふれているその「インスタ映え」って言葉を聞くと、ぞわっとするらしい。
そもそも好き嫌いの問題ではなかろうと思うが、
嫌いな理由は特別無いようである。

確かに、何が面白い?、って思わなくもない。
もっとも小生の場合はSNS全部にそう言った歪んだことを思っているのだが。
ところでみなさん、何を撮影して楽しんでいるんだろうか、
インスタ映えってどんな写真なんだろう。
「映え」、いまいちやっぱりわからん。

この季節、ちょうど満開になるハナツクバネウヅキ。
道路や公園の生垣によく使われているので、
名前は知らなくても見たことある人は多いと思う。
散歩に出かける遊歩道のハナツクバネウヅキにはスカシバがたくさんやってきて、
一斉に花の蜜を吸いまくる。
スカシバは一見蜂のように見えるが実は蛾の仲間である。
比較的大きな個体で、花に止まるのではなくホバリングしながらその長い口吻で蜜を吸う。
ホバリングしながら蜜を吸う1回は2秒以内、
そしてすぐさま移動しながら渡り歩く、違う渡り飛ぶ。
これが目にも止まらぬ速さだ。
点から点への瞬間移動を想像すれば間違いない。
・ヒュッ・ヒュッ、ヒュッ・こんな風だ。

しかしなんとも美しい蛾だ。
姿、色、たたずまい、そして大きさ、
本物は見たことないがハチドリみたいだ。
不思議なことに目が昆虫の目じゃない、鳥の目をしている。
白目と黒目があって、きっと瞼もあると思う。

そんなハチドリ、じゃなくてスカシバ、
当然、憧れの被写体となるわけだが、
カメラも腕も知識もトーシローの小生には写せっこない、と思っていたが、
なんと偶然にも、もちろん完ぺきではないが、
そこそこの写真が撮れてしまった。
少なくともスカシバの魅力が伝わるんではなかろうか。

Dsc05835

同じところで撮影、
こちらはスカシバに似ているが、ホシホウジャクと言う。
ちょっと地味。

Dsc05807

そしてこれがオオスカシバ、透明な羽、ウグイス色の毛そしてこの目、
何とも美しい。
きっとインスタ映えするに違いない。

「インスタ映え」使い方あってる?

新しいiphoneにしたらインスタ始めます。

パフォーマンス。その3

パフォーマンスは審査基準と加点が曖昧ですから、
取り入れる量が問題になります。
見せたいことに拘って一つを長時間、
あるいはいろいろな種類をたくさん取り入れてしまい、
ルーティーンの中でほかの演技との割合が多くなると、
全体の評価は下がってしまいます。
これは当然の結果ですね、
もともと持ち点の低いことが演技の大半を占めるわけですから。
事実、長い構成のパフォーマンスがうまくできず、
何度もやり直した結果、成功したもののほかの演技をする時間が無くなってしまい、
非常に評価の低い演技になったことがありました。

そんなパフォーマンスですが、
ミスしたときの評価は、通常の演技よりも厳しい採点になります。
評価が曖昧なのに厳しくなるのは納得がいきませんが、
これもパフォーマンスの持つ特徴と言えます。
その他の演技は完成形がディスクのキャッチで、
ミスはディスクのキャッチミスになりますから、
何をプレイしたのかははっきりとするわけです。
しかし、パフォーマンスは成功の形が成功しないと見えないわけですから、
そこでのミスは「結局何をしたかったのかわからない」となるので、
ルーティーン全体に悪影響を与えた評価となり、加点が少なくなるわけです。

もう一点、同じような扱いを受けることがあります。
しかもそのパフォーマンスが成功しているにもかかわらず、です。
この状態は意図が伝わっていない、表現の解釈が食い違っているという事態です。
たとえば、すごく難しいことをした、
だから高評価を期待するわけですが、
そのパフォーマンスが難しいことだけれども、
実はカッコ悪かった、と言った状態の時に発生します。

たとえば足を引きづるようなパフォーマンス、
確かに難しいでしょう、よく教えられたものだと感心します。
だけどそれが全く面白みのないものだったら、
無駄な物としてルーティーンから対象外のこととして扱われてしまいます。

経験上このパターンは多く見かけます。
「いや~これは難しいわ、けどつまらないな」と言うことです。
もちろん難易度も評価されます、しかし基準が曖昧ですから、
どちらかと言えば演出的効果のポイントになるので、
そこはカッコ悪いと判断されたら、評価されないということです。

寝転んで足の裏を立てて、そこに犬を乗せるパフォーマンスは、
難易度も高く、スタイリッシュですが、
そのスタイルになる人の動作が何ともカッコ悪いのです。
よっこらしょと尻もちをつくスタイルですね。
そこが改善されたらもっと完成されたパフォーマンスになるでしょう。

ちょっと余談になりますが、
雨でフィールドのコンディションがよくない時、
堂々と寝技をすると高評価になり、
濡れて汚れることで躊躇した場合は成功していても少し評価が下がります。
理由は「キレがなかった」と言うことになりますが、
そんな些細なことも影響するわけです。

具体的にパフォーマンスをよりよく見せるためには、

1 人の動作とのバランスをとる。
2 伝えていることと、伝わっていることが差がないようにする。
3 スパイス的要素は大きいが、効きすぎるとマイナスになると考える。
4 量ではなく質、できれば短い上質がベスト。
5 ルーティーンの流れの訂正修正に使う。

以上ことを心がけて取り入れましょう。



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2017年9月15日 (金)

第386回

夏の終わりにて

日中はまだまだ暑いけれど、
朝夕はすっかり涼しくなって秋を感じる。

などとお決まりの秋の入り口トークだけれど、
確かにそんな雰囲気には違いないが、
いきなり秋ではなくて、とりあえず夏の終わりから順にいこう。

いつもの散歩コースの遊歩道、
昨日まで泣いていたツクツクボウシが今日の夕方にはその声が聞こえない。
しばらく歩くとセミの死骸に遭遇する。
大きさからしてツクツクボウシではなく、クマゼミのよう。
まだ蟻が群がっていないので今しがた死んだのかもしれない。
セミは死んで木から地面に落ちるのではなく、
木にくっついている力がなくなって、地面に落ちてからゆっくりと死んでゆく。
まだ息はあるかと思い、おなかをそっと指で触ってみるが、
セミの足が指をつかむことはなかった。

Natu001

その翌日、
日よけのすだれを巻き上げる紐の先っちょにある金具にくっついていた、
アゲハ蝶のさなぎが羽化した。
さなぎの状態でアゲハの種類を特定する知識はない。
だから羽化するまでわからないのだが、
多くの場合、羽化直後を見る事はあまりないので種類はわからないままである。
なんとキアゲハだった。
その名の通り黄色いアゲハ蝶である。

この時期のアゲハ蝶の羽化には難しい問題がある。
羽化するのが冬にかかりそうな時期は、
さなぎのまま越冬するので問題はないが、
中途半端に寒くなりそうな時期に羽化してしまうと、
まったく活動できないまま死んでしまうことになるし、
仮に卵を産みつけることができても、
幼虫からさなぎにならないと越冬はできないので、
幼虫のまま死んでしまうこともある。

初夏生まれの活動は難しくないが、
夏の終わり生まれは微妙に厳しくなる時がある。
羽化してから2時間ほどで飛び出して行ったが、
残暑がしっかりしているからタイミング的にはベストだと思う。

Natu002

家の前の空き地が草刈りされていて、
刈草が積み重なっているところにカナヘビを見つけた。
カナヘビは蛇と言う名前がついているが、れっきとしたトカゲである。
寿命は7年ほどと言われている。
1年でほぼ10cmを超えるから、この大きさが何歳なのかはわからないが、
子供ではないようである。
夏の終わりはバッタなどの獲物がたくさんいる食べ放題状態。
でも今しっかりと食べておかないと、冬眠に耐えられないかもしれない。
食欲の秋はカナヘビにもちゃんと訪れる。

Natu003

家の近くの生き物たちの夏の終わり、でした。

パフォーマンス。その2

ディスクのキャッチを伴わないパフォーマンス。

もともとの発想はここにあります。
ディスクのキャッチだけではない別の表現を考えた時、
一般的なオビディエンスを発展させて、
ユニークさを取り入れたり、もっと高度なものに仕立て、
演出の一部として演技しました。

代表的なものとして、
ダウン(伏せ)からほふく前進させ、人も同時に同じスタイルで距離を縮める。
これをさらに発展させて、
お互いの鼻先が50cmぐらいで、犬も人もロール(ごろごろ)する。
ロールする方向が犬と逆になるとさらに高度になる。です。

ちなみにパフォーマンスには決まった名前が付けられていないことがあります。
理由は種類が多いことと、流れの中の表現になるためです。

プラント系と呼ばれるものも、ディスクのキャッチを伴わない部類に属します。
なぜプラントと呼ばれるかについては、また別の機会に話しましょう。

背中に犬を載せる、足の裏に乗せる、など人の体のどこかに載せます。
漢字の表現に載せると乗せるのどちらを使うか迷うところですが、
状態としては載せてしばらく停止、ではなく一瞬張り付くといったところでしょうか。
ドッグキャッチがここに属するかは微妙なところです。

ディスクのキャッチに関連付けられたパフォーマンス。

背中に載せたままから、トスを繰り出してジャンプキャッチさせる、や、
後ろ二本足で立たせて正面からディスクをキャッチさせる、と言った種類から、
スルーから足の間をくぐるアラウンド、
8の字歩行からのショートトスやミドルスローのキャッチも含みます。

主たる目的がパフォーマンスを見せること。

これは非常に特殊なパフォーマンスを指します。
もちろんキャッチと関連付けてもいいし、そうでなくてもかまいませんが、
あまりにも個性的で十分単独で表現できるものです。

ピストルで撃つ真似をすると倒れる。
足が痛いかのように前足だけを浮かしてケンケンする。
頭を掻くしぐさをする。
座った状態から指示を出したとき、知らん顔して後ろを向く。などです。

他の目的の副産物としてのパフォーマンス。

ディスクを投げやすくするためのアラウンドや、
ボルトのタイミングを計るためのステイ(そこに留まる、同じ留まるなら演出かねて)、
犬とのポジションを調整するためのスルーなどです。

ディスクの動作で誘導して行うスピン(その場で犬がくるくる回る)や
フェイクオーバーも副産物だと言えます。

代表的なものしか書きませんでしたが、
種類は小さな変化も含めて限りなくあります。
言うなればちょっとした違いでも個性を発揮できますので、
どんどんオリジナルパフォーマンスの開発に取り組めばいいかと思います。

続く。
次回はパフォーマンスの在り方と魅せ方、です。

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2017年9月 8日 (金)

第385回

スポーツ王国日本

いや―それにしても強い、驚きます。
8月の世界陸上から何かといろいろなワールドカップもあったりして、
日本選手の活躍が目立ちます。
柔道、レスリング、卓球、バトミントン、
ここらは金メダルも含むメダルラッシュだし、
世界水泳も世界陸上も全く海外に引けを取らない活躍でした。
もちろんサッカーもバレーも。
それに男女ともに強いってのがさらにすごいです。

まさにスポーツ大国ですよ。
ちょっと前だったら考えられないことでした。
稀に逸材が出てきて、活躍して、みたいな。
それに強くならない理由もたくさんありました。

体形が違うし、そもそも足短いし。
まぁこれはわかる気がしますけどね。

米食ってたらダメなんよ、肉食わないと。
って、貧しかったんだなまだまだ。

スポーツやってても食えないからね。
そうそう、そう言う時代だった。

確かに気合と根性で勝てると思っていた時代はあった。
スポーツを科学するとか、
栄養管理も含めたトータルコーディネイトなんてものは最近だしね。

それにスポーツは遊び、みたいな感じもあったかもしれない。
将来スポーツ選手を目指す、なんてのは、
野球ぐらいじゃなかったかな。
ちなみに、相撲はちょっとスポーツって感じでもなかった。
伝統何とかみたいな、歌舞伎属に入る、みたいな。

それが今はどうだ、
さっき上げたものだけじゃなく、
クライミングとかスケートボード、自転車のBMXだっけ、
ちょっとマイナーなイメージのスポーツにも世界チャンピオンがいっぱい。
それに忘れてならないのはいわゆるウィンタースポーツ。
ここの世界も世界トップクラスがうじゃうじゃ。

そしてこの選手たちの年齢が若いのにも驚く、
二十歳前後は当たり前で、中学生もいるではないか。
先日のサッカー、ワールドカップ最終予選、
日本VSオーストラリア、2対0で快勝、
その2点を決めたのは22歳と20歳の選手。

と言うことはですよ、東京オリンピックですよ。
だって、あと3年でしょ、8月だから。
今強いこの子達(子達は失礼だけど)がもっと経験積んで、
さらに強くなって最強になってのオリンピックよ。
若い子は怪我のリスクも少ないし、
ほぼ間違いなくオリンピックに出てくる。
いったいいくつメダルを取るのか、予想もできないほど。

こうなると問題は東京オリンピックで何を見るかだな、
行くのは行く、何があっても、死なない限り行く。
交通費なかったら自転車こいででも行く。
けど、体はひとつだし、競技日程は重なるし。
ん~難しい問題だ。
あと3年、悩むことにしよう、それとお金、ためなきゃ。

5rin

しかしまぁ、相変わらず目がちかちかするエンブレム。
エンブレム応募したのに採用されなかったんで恨んでます。
だって、採用されていたら開会式招待よ、ええやん。

フリースタイルの演技

長らく続いています「フリースタイルの演技」の項も、
そろそろ終盤になります。
残りは今回のパフォーマンスとルーティーンの構成になります。
大方年内の終了を目指していますが、どうなるでしょうか。

パフォーマンス。

フリースタイルの演技の中でパフォーマンスとは、
犬たちが個性的でスタイリッシュな動作を演技として表現することです。
パフォーマンスにはディスクのキャッチを伴わないものと、
何らしかディスクのキャッチと関連付けられたものとがあります。
さらに主たる目的がパフォーマンスそのものと、
他の目的の副産物として存在するものとがあります。

演技の中でパフォーマンスは重要な要素ですが、
必ずしも必要なものではありません。
それに多くの競技団体の審査基準の中にパフォーマンスに対する評価がありません。
また、あったとしても非常にあいまいで、
他の審査基準に比べて評価の比率が低かったり甘かったりします。

多くのプレーヤーがパフォーマンスを取り入れるのに、
それもそうとう高度なものまで仕上げているにも関わらず、
なぜ、このような扱いになるのでしょうか、
このことはとても重要な問題だと考えていますが、
現在はかつてのように議論の対象にもならないようです。
競技者のレベルアップに各運営団体の、
審査基準とジャッジが追い付いていないのかもしれません。

歴史的背景において当初から、
「パフォーマンスは審査対象に入らない」、と言うのがありました。
これは、日本がまだまだ競技者の育成も競技団体も未熟であったために、
アメリカの審査基準をそのまま使用していたためです。
当時すでに多くのパフォーマンスが取り入れられていましたが、
そういったことに疑問を持つ余裕はありませんでした。
このように、この考え方、と言うか決まりごとがベースになって、
変革が活発にならなくなったようです。

考え方、決まり事で言うと、もう一つあります。
それは「パフォーマンスをなぜ評価しないのですか」と言う問いに対して、
「ディスクドッグの技の完結はディスクキャッチが前提ですから、
ディスクに関係のないパフォーマンスは対象外になるのです」と言う回答とともに、
パフォーマンスを審査対象に入れると、
まったく違う競技になるとさへ言われました。

もう一点、
パフォーマンスの採点が難しいのも審査基準から外した一つの理由です。
これは審査側の技量不足と言うことではありません。
とにかく種類が多く、それぞれに出来栄えの基準を作れないためです。
たとえば「スタンド」(犬が後ろ脚だけで立つ)は、
どの姿勢で、どれぐらいたち続けるのか、
さらにそれは停止してのことか、
あるいは横に縦に周囲を移動しているのか。
こう言ったことを基準化して的確に評価できないわけです。
パフォーマンスだけの競技大会ならそれも可能なのですが、
ディスクキャッチの本質の部分の評価もしなければならないので、
これはとても複雑なものとなるわけです。

普通に考えればパフォーマンスを審査基準から外せば、
パフォーマンスをやらないようになりそうですが、
そうはならなかったのがフリースタイルの面白いところです。
単純言うと、評価対象外でも「やりたかった」と言うことになります。
そしてそれを選択したのは各プレーヤー―の「面白味」に掛けた姿勢です。
フリースタイルの「プレーヤーありき」が見事に表れた経緯だと思います。

こうなると、評価する側もそれなりに答えなければなりませんね、
しかし、先述した通り複雑怪奇な代物ですから、
明確に審査基準を文書化したりはできません。
そこで基準を持たない、曖昧な評価をするようになったわけです。
つまり「どことなくそれはいいよね」と言う評価です。
あり得ない非常識なことではありません。
むしろフリースタイルなスポーツでは伝統的に採用しているでしょう。
「文書にできないことはこれ」と言った具合です。

同じトリックでもどこかにパフォーマンス的要素が入ると、
そのトリックの評価は上がります。
そのパフォーマンス自体に評価は下しませんが、
他のトリックをサポートすることができます。
同じように、パフォーマンスを取り入れることによって、
ルーティーン全体、演技そのものをサポートすることができます。
これがフリースタイルにおいて、
パフォーマンスが存在しうる理由です。

続く。

次回は具体的にパフォーマンスを解説します。

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2017年9月 1日 (金)

号外

ディスクドッグ講座は休みます。

戦争を知らない子供たち

杉田二郎の名曲、
「戦争を知らない子供たち」が発表されたのが1970年、10歳だった。
そして、戦争を知らない子供たちは、
戦争を知らない大人たちを通り越して、戦争を知らない熟年たちになった。
世界各地では相変わらず紛争が続き、
テロも加わってとても平和だったとは言えないが、
ここまで奇跡的に本当に戦争のない平和な日本だった。

しかし、そんな日本でもとうとう戦争の匂いがしてきた。
北朝鮮のミサイル発射問題である。
もちろん今までに幾度となく、
また、その匂いはここ数年続けてしているのかもしれない。
でも、今回の日本を通過したミサイルは、
今までの緊張感とはレベルが違うように思う。

アメリカとの駆け引きの中で起こったことだからでもなく、
威嚇の応酬がエスカレートしてきたからでもない。
これらは当然戦争を勃発させる事態にも発展するが、
根本的には対話への解決を念頭に置いた行動だから威嚇で終わるはずである。
こぶしを振り上げて「とりあえず話するか」と言っているので、
決してそのこぶしを振り下りしたりはしないだろう。

問題は偶然やたまたまと言った事態だ。
もし事故やトラブルでミサイルが日本の都市のどこかに落下したら、
「失敗しました」と言うことにはならないだろう。
本当に失敗であっても、弾頭が空っぽであっても、
ミサイル攻撃を受けた事実になる。
日本海の排他的経済水域に落下した時も大問題になったが、
海の上と本土とでは大きな差がある。
本土の山中に落下して人的被害がなかったとしても、
そのことに大きな意味はない。

北朝鮮のミサイル開発レベルが非常に早く、
優れていると報じられているが、どう考えても、
「日本本土には絶対に落とすなよ、戦争になるからな、ちゃんとやれ」
と命令されているようには思えない。
きっと、絶対にないと思う、さすがに。
たぶん、「まぁいいだろう、落ちたら落ちたで無視しとけ」ぐらいじゃないか。

つまり「まぁいいや」程度の精度で、
あんなものを打ち込んできているとなるわけだ。
それと弾頭の中身、空っぽだろうか、
飛翔実験を兼ねているなら、重量バランスも本物に近づけないといけない。
かと言って、経費もかかるし、
爆発して被害が大きくなったら、後々大変だからなどと考えるか?
考えない、あり得ない。
と言うことは、落ちたら大爆発すると予想できるわけだ。

前提は戦争回避、だけど準備だけはしておく。
これが北朝鮮、アメリカ、韓国、日本の状態。
誰もスイッチを押さなかったら戦争は回避できる。
北朝鮮が核開発を続けて、経済制裁が続いても、
大規模なアメリカと韓国の軍事演習をやっても、
戦争は起きないと思う。

でも、精度不足でミサイルが日本のどこかに落ちたら、
それがスイッチとなる。
決議する前に大義名分の事実が出来てしまうから、
それでも黙っているなんてことはどこの国にもできない。
許されないとか、我慢とか、そんなことは関係ないし、
憲法9条を持ち出している暇もないだろう。

振り上げられたこぶしが何かの拍子で鼻先に少しでも当たったら、
相手が謝る前に、こっちが問いただす前に、
もうパンチをヒットさせている。
国同士のやり取りが成熟した関係でないことは事実だ。

本土に着弾しそうなミサイルを日本は迎撃しない。
おそらく技術的にもその能力はないかもしれない。
いくら性能の確かなPAC3でも、
使い慣れるぐらいの訓練が必要だろう。
迎撃するにしても海上がベストだが、
それはそれで技術が要求されるのでは。

それに日本を狙ったわけではなく、失敗してそうなるわけだから、
成功しようが失敗しようが日本が迎撃することは、
今後の展開が不利になるであろう。
つまり着弾するのを見守るしかできないのである。
いい迷惑と言うレベルの話でもない。
どこに着弾するかわからないからである。
加えてJアラートなるものが、たいして役に立たないこともわかった。
知らせてもらっても避難する防空壕は1945年になくなってしまった。
「鉄筋コンクリートの建物に…」って気休めに過ぎない。

アメリカと韓国の軍事演習はそのまま実戦体制になるだろう。
そこに自衛隊が派遣されるのは間違いない。
議論している場合ではない。
数日でピョンヤン陥落が目標になるから。
北朝鮮はアメリカに攻撃するようなことはできないから、
保有するミサイルをはじめ、軍事力は日本と韓国に集中するだろう。
そうなったときに、どこの誰でもが考えることは、弱いところを狙うである。
つまり日本だ。

こんなことをただの年配の日本人が、誰も見ていないようなブログに、
日本語で書いたところでなんの影響も及ぼさないが、
何もせずにはいられなかったし、
何かケジメを付けないと、いつものようにバカ話はできないと思ったのである。

戦争を知った前期高齢者たちにならないように、
そして若い人たちにも戦争を体験させないように、
祈るばかりである。

Siroba

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2017年8月25日 (金)

第384回

真夏の京セラドーム大阪

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と言えば、プロ野球、じゃなくてコンサート。
真夏のコンサートと言えばロックフェス。
しかし、なんだな、フェスって言い方は昔はなかったな、
フェスティバルの略だろ?違う?祭典かぁ…たしかに。
ロックフェスはいろんなアーティストが多数集まって、
とっかえひっかえパフォーマンスする。
だだっ広いところで、何万人もの観客を集めて(何十万?)、
しかも長時間、いいよな~最近の若者は。
行きたい気もするが、体力的に無理だな、絶対に死ぬわ。

と言うことで、今回の京セラドームはコンサートではない、こいつだ。

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「キモイ」この言葉も最近か?
「キショイ」って言ってた時期もあるよな。
しかし、展覧会になるとは、
やりすぎと言うべきか、良いアイデアと言うべきか、
まぁ、それでもイベントとして成立しているんだし、
ここにちゃんと見に行くやつもいるんだから正解なんでしょう。
実際、すごい人出でね、入場するのに1時間待ちだった。

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スタジアム以外はこんなになってのかぁ、としばし感心。

狙いは「気持ち悪さから寒気を誘発して、涼を感じさせる」なんだが、
本当は単なる話題作りの提供になっている。
ただ、大変珍しい生物が多数展示されているので、
その筋の人にとっては貴重だ。

ちょっと紹介。苦手っぽい人は進まないように。
全く気持ち悪くないし、毒さえなければ手に乗せてみたい、
そんな連中ばかりなんだが、見解の差があるしな。

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タランチュラ。
毒蜘蛛の定番だが、いい毛並みしてますな。

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大ヤスデ
ツヤが、光沢が、触りたい。
きっといい匂いすると思う、
湿った土臭い熱帯雨林の。

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マダガスカルゴキブリ
そもそも普通に家の中のゴキブリがつかめるので、
このサイズなら尚いいよなぁ、

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名前忘れた、毛のない前歯が特徴のネズミ。
毛がないだけで「キモイ」と言うなら、
キモイおっちゃんはいっぱいいる、差別だ~。
と叫ぶと、おっちゃんそのものがキモイのだ、と反撃をくらう。

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これが一番みたかった人、人じゃないけど。
名前はヒヨケムシ、もちろん日本にはいない、熱帯の生き物。
毒はないがいかにも毒っぽさがいい。
けっこう大きいですよ、10cmぐらい。
クモのような、バッタのような、エビにもにてるし。

他にもいっぱい。
まぁ、今度また掲載しましょう。

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全く関係ないけど、帰りの地下鉄の駅のエスカレータ。
地上には人がいっぱいいるのに、ここには誰もいない。
しかもこの長さ、ある意味ここの空間が「キモイ」。

犬が行方不明になるとき、最終回。

知らない土地で行方不明になる。

家からの距離は関係ないので、
初めて行く場所、として解釈していただいてもいいでしょう。
事実、自宅の近くの里山で行方不明になった犬は、
3日後にとんでもない距離の街の中で保護されたことがあります。
十分、家に帰れる距離なのですが、
どんどん離れて行ってしまったんでしょうね。
これは保護されたパターンですが、
極めて稀なケースだと言えるでしょう。
この場合、犬自身が街中を選んだわけではなく、
たまたま街にたどり着いたにすぎません。
山中に迷い込んだら、どこまでも森の中になりますし、
里に出られたとしても人気のない田園地帯に出る確率のほうが高いと言えます。

犬の嗅覚を過信してもいけませんね。
確かにとんでもなく優れているのは承知の事実ですが、
たとえばポリスドッグの足跡追跡のように、
靴を履いているにも関わらず、地面に着いたその人の匂いを、
たどりつけるまで追跡することはできますが、
だからと言って、
どこかわからない遠いところにいる飼い主さんの匂いを感じ取れる、
と言うことでもないわけです。
考えてみれば当たり前のことなんですが、
世の中は匂いだらけですから、
近くならともかく、距離が遠くなればなるほど、
匂いをかぎ分けるのは難しいのです。
逆に、近くに飼い主さんの匂いの痕跡があれば、
そうとう遠くまで辿っていくことはできるでしょう。

別れた飼い主さんを求めて、
とんでもない距離を移動した美談はよく聞きますが、
それはよくあることではありません。
犬とはそういうものなんだ、とは絶対に思わないことです。
すべてが作り話だとは言いませんが、
本気の実験ができない以上、その信憑性に疑問を持たざるを得ません。

知らない土地で行方不明になるとき、
多くの場合「川」が関係しているようです。
それは前述のことから考えると、十分に納得できることです。
つまり、川の上には犬が欲する匂いが残らない、と言うことです。
だから、飛び渡れない以上の川を渡ってしまった場合、
匂いの痕跡がそこで途切れてしまいます。
川幅が広ければ広いほど、渡ってきたはずの場所を特定できないでしょう、
さらに、匂いによってその場所を特定できても、
そこへのルートをもう一度川を渡るという発想にはならないものです。
きっと渡れる場所を探す選択をするはずです。

この状況は以前に書いた川を渡った犬が、
渡ったその場所に、渡って戻れなく、下流へ向かうことと同じです。
真向いで飼い主さんが呼んでいても、
もう一度そこを渡って戻ろうとは思わないのです。
これはバカだから、ではないですね、
犬の慎重さがそうさせていると考えられます。
このことに確信が持てるように実験的なことはしませんが、
長年の犬生活のなかで実験に値する経験があります。

犬との川遊びの危険性は、夏場の熱中症や水中毒だけではなく、
こんなところにもあります。
水遊びの好きな子であれば、ハイテンションで川に飛び込むでしょう。
十分に目が届く川幅であっても、
渡ったその先に魅力的な何かがあったら、
そのまま走り行ってしまいます。
それは野鳥などの野生動物かもしれませんし、
他の犬かもしれません。
あるいは自身の高揚した気持ちかもしれません。
(広いところに放たれたとき、理由なく走り込んでしまう犬はたくさんいます)

いち早く事態を把握してリコールできればいいですが、
もし「聞く耳持たず」状態になってしまったら、
そのまま走り去っていく可能性は十分にあります。
川岸が草原であっても、山腹であっても、
すぐに見えなくなる距離に移動出来てしまいます。

それでも彷徨い状態にならない限り、確実に帰ってこれます。
しばらくすると高揚した気持ちも落ち着きますし、
そうなると飼い主さん依存が湧き出てきますから、
飼い主さんの呼ぶ声も聴くことができます。
しかも自分の足跡があるところですから、
パニックになっていなければ確実に帰ってこられます。
ただし、自分が川を渡ったところまでです。
そう言うことですね、
そこから先は川ですから匂いがないんですよ。

それでもし、そこに飼い主さんがいない場合、
(飼い主さんは探しに追いかけてしまいます)
さらにパニックになりますから彷徨い状態になるわけです。
かりに近くにいたとしても、
パニックに陥っている犬には判断できませんから、
とんでもなく遠いところに思えてしまうのです。

このような状況から行方不明になるのですが、
その一番の要因は飼い主さんの諦めからです。
犬が渡りきった場所で待てば必ず帰ってきます。
どこかでケガをしたり、死んでしまったり、
誰かに連れ去られたりしない限り帰ってきます。
経験はありませんが、おそらく3時間以内には帰ってくるでしょう。
(山の中で1時間犬を待った経験はあります)
しかし、その3時間が同じ場所で待てないんですね、
探しに行ってしまいますし、
日が暮れることもあるでしょう。
もし、遠くから子供連れで川遊びに来ていたら、
子供の安全のためにその場所に留まることが難しいかもしれません。
あるいは介護が必要な人を家に残して来ていたら、
いち早く帰らなければならないでしょう。

また明日探しに来よう、は無理です。
自分の住処なら待てますが、そうではないところで犬は待ちません、
犬とはそういうものです。

少し酷な言い方ですが、
犬と遠くに出かけるときは、その場所で犬が行方不明になった時に、
諦めてその犬を捨ててしまう覚悟も必要だと思っています。

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2017年8月18日 (金)

第383回

緊急手術

左手の中指、爪の右側が腫れて痛みが走る。
この痛み、歯肉炎の時の歯の痛みと似ている。
と言う事は、指の中で化膿しているかもしれないと、
得意の自分勝手診断をしたものの、
やっぱり病院の世話になるしかないかと決心する。
まぁ、抗生剤でも3日ほど飲めば治るだろう、とこれまた勝手に処置。
薬をもらうためだけに病院へ行くつもりだった。

とりあえず、かかりつけ医の内科の先生のところへ、
って、まずはこの判断が間違っている。
普通、この症状は外科でしょう。
と、今になったら思うけれど、実際のところ迷いません?
表面がどうこうなっているわけじゃないし、
あくまでも内部のことだから、内科、じゃないか?(寒っ!)

「ばい菌入ってて化膿してますな」、
ちょっと先生、医者が「ばい菌」って言ったらダメでしょ。
何か刺さったり、爪の横がさかむけになったりが原因らしい。
思い当たる節は?
あるある、ちょっと前にワイヤーブラシの1本が刺さったことがある。
バーベキューで使った金網を掃除しているときだった。
血も出たし。

「それですね」
「じゃ、今すぐ紹介状書きますから、〇〇病院の外科にすぐに行ってください」
やっぱし外科だった。
この時点で午後1時前、多くの病院は受付が終了しているはずだが、
「すぐに診るように頼んでおきましたから、この足で行ってください」と強く。
明日にしようかな、なんて言えそうにもない雰囲気、
えっ?それって、まさか重症、でもって緊急、少しビビる。

外科の先生は重症感はなく、
「膿が溜まってますね、切って出しちゃいましょう」と軽く言うから、
てっきりこの場で簡単に麻酔して、
針かなんか刺して、ピッと出す、と思っていたら、
「手術は5時ぐらいになりますが、大丈夫ですか、
あ、すぐに終わって夜には帰れますから」って。

何?なんて?手術?
え~~って、そんなぁ~、
あり得ない展開に完全放心状態。
手術は嫌いだから、今ここでピッとやってくださいよ、麻酔なくてもいいから、
って言うと、うまく説得された。
「怖いのは細菌感染で、骨まで侵されて骨髄炎になったら、
骨を削らないといけないし、もし、脳まで達したら髄膜炎だって起こり得る」、
怖そうな言葉いっぱい出して脅しやがって。
そして、「だから、ちゃんと調べて、ちゃんと処置しないと」。

手術してみたいだけじゃないの、
なんて失礼な詮索をするまもなくことが進んでいく。

手術着に着替えて、なんか知らないけど点滴。
早速、見事に点滴スタンドと一緒に歩く入院スタイルの完成。
(入院はしないけど)
この時点でも「なんでや~」、誰かにつぶやきたい。
検査はフルコース、採血、CT、レントゲンにMRI。
指1本にここまでする?
「検査したいだけなんじゃないの」が脳裏に。
しかし、この検査が面白い。
うつ伏せにウルトラマンの降臨形態のように左腕だけを伸ばして、指先を撮影する。
とくにMRIは「このまま15分ほどじっとして」って、
なんかおかしくなってきて、笑いをこらえると指先が震えて、
すかさず「動かないように」って検査技師さんの声。無理。

検査結果は骨には細菌感染してないということで一安心。
ただ、4mmほどの膿溜まりあるので、ちゃんと出しておきましょうって。
(どうしても切る気やな)

手術室は8階、ほとんど立ち入る人のいない魔の空間。
3重扉の向こうにドクターXに出てくる手術室。
手術台に寝かされて、布かけられて、
あのUFOの大群みたいなライトが迫ってくる。
「指の先ちょっとですよ~」往生際わるっ。
局所麻酔が麻酔がいるほど痛かった以外あとは何も感じず、10分程度で無事終了。

Img_1853

パッと見わかんないけどね。
ばい菌っぽい画像で失礼しました。

Img_1856

そんなグルグル巻きにしなくても、とにかく不便。
でも、これって衝撃から守るためなんだってよ。
心配してんのか~?

Img_18581

見事なアメリカンドッグ型。
確かな技術とセンスがうかがえる。
で、なんとなく顔にしてみた。指人形完成。

Img_1859

なんやこれ?あたらしいおもちゃか、
ちょっとかしてみ、

Img_1861

ティラノジャックザウルスの攻撃にも耐えるグルグル巻き。

犬が行方不明になるとき。その2

盗難にあって行方不明になる。

こんなことってありますか、と言う人が多いと思いますが、
残念ながらあります。
状況としては二つのパターンがあって、
一つ目はその犬そのものを盗む事が目的で、
もう一つは結果的に盗んでしまう場合のことです。
もちろん窃盗ですから罪になりますが、
立証が難しいので犬が帰ってくることはまずありません。
飼い主さんの心情としては明らかな誘拐なのですが、
世間一般として、当然誘拐扱いになることはなく、
紛失(たぶん)になります。
子供だったら大変なことなのですが。

以前ほど窃盗目的で犬が盗まれるケースは少ないようです。
その背景には景気が大きく関係していると思いますが、
このことは確かなことではありません。
盗む目的は子犬の場合は転売で、
成犬の場合はブリーディングですね。
だから成犬の窃盗はほとんどがメス犬になります。
それに、オスの成犬は警戒心が強く攻撃性を出すので、
盗みにくいのが現状でしょう。
そう言った意味では犬の大きさに関係なく、
おとなしい、人懐っこい子がターゲットになります。
日本は検疫が厳しいので、
自動車のように海外に転売、と言ったことはまずないでしょう。
それに基本、リスクが大きいことはしません。

その犬種を飼いたいから盗む、と言ったことはありません。
あくまでも利益を求めてのことです。
よって利益につながる犬種しか対象になりませんね。
つまり人気犬種であることです。
そして需要と供給のバランスが崩れていることです。
利益にならないようなことに、リスクを背負うことはありません。

かつては時代を背負う人気犬種がありました。
ハスキー、ゴールデン、ヨークシャテリア、シーズー、コーギーなどは、
いたるところで行方不明になりました。
その原因はどう考えても窃盗しかありませんでした。
そしてその時代、景気に浮かれて値段の高い人気犬種を飼うことがステイタスでした。
高価な外車ごとその犬を盗まれて、車だけ戻ってきたこともありました。
盗んだ犬なら血統書の問題が…、
大丈夫です、その時代、血統書ですら取引されていたと聞いたことがあります。

今は特別な人気犬種もいませんし、
景気に浮かれることもなく、需要と供給のバランスもとれているので、
しかも、以前のごとく儲かるシステムは崩れていますから、
犬を盗んでまでとは考えていないようです。
言っておきますが、犬を盗む悪い人がいなくなったという事ではありませんよ、
奴らが天秤にかけてリスクが高いと判断しているだけです。
ここは良いように考えないように。

窃盗はほとんどありませんが、
厄介なのはもう一つの結果的に盗難される場合です。
これはまだまだ十分に起こり得ますし、
犬の流行とか大きさ犬種は全く関係ないので大いに注意したい事です。

何らしかの理由で行方不明になった時、
運よく誰かに保護されました。
保護した人が飼い主さんを探してくれたとしても、
もし、遠くの地域や出先だった場合には、
ほとんどその好意は無駄になってしまいます。
警察や保健所に届けたとしても、
地域をまたいでのネットワークはありません。
これほどインターネットが普及していても、です。
つまりここでも家畜扱いと言うか、軽んじられています。

マイクロチップがあるじゃないですか、
そうなんです、こう言ったときに威力を発揮するのがマイクロチップなんですが、
普及率はどこにも公表されていませんし、
実際にマイクロチップで飼い主さんを特定できたニュースよりも、
マイクチップの問題点の話題のほうが多いように思われます。
例えば読み取り機が普及していなかったり、
専用の読み取り機でないと読めなかったり、
飼い主さんが特定できたにもかかわらず、引き取り拒否されたりなどです。
また自治体によっては慣例的な対処しかしないところもあるようです。

このようなことから、保護したものの持ち主がわからず、
かと言って保健所においておくのも可哀想で、
けっきょく保護した人が飼うことになるケースがあります。
また、偶然保護して、飼い主さんを探さずそのまま飼う人もいるでしょう。
これらは、その犬にとってはそれほどひどい状態だとは言えませんが、
元の飼い主さんにとっては行方不明のままです。

最もひどいのは偶然一緒に盗んでしまった犬を捨てられることです。
こう言った事がどれほど起こっているのかはわかりませんが、
経験者を2名知っていますので、その話をします。
共に盗まれたのは車です。
その車にはケージに入った犬が積まれていました。
言っておきますがその二人とも犬も車も無事に返ってきています。

事件は夏場でした。一人は公園の駐車場、
もう一人はスーパーの駐車場に犬を載せたままエアコンをかけて駐車し、
車から離れた一瞬の出来事でした。
ドアロックが掛かっていたかは不明です。
公園の駐車場で車を盗まれた人の犬は、
少し距離のある公園の出口付近にケージごと放りだされていました。
スーパーの人は離れたところから、
その場でケージを下して走り去る車を目撃していました。

この二つの事件は、ある意味でラッキーでした。
犯人が犬に優しかったわけではありませんが、
近くに、その場で犬を捨てた事です。
その犬たちが吠えたかどうかは知りませんが、
通常ならもっと逃げ切ってから犬を捨てるはずです。
その時は証拠隠滅ですから、
山奥やあるいはそのまま死んでしまうようなところに捨てるでしょう。
犯人を捕まえることができたなら、
その犬の処置を聞き出すこともできるでしょうが、
犯人がわからない時は犬もそのまま行方不明になります。
車は戻ってきたが、犬は返らない、
この事例を聞いたことはありませんが、
きっとたくさんの例があると思います。

決定的な対策はとにかく犬から離れない、
ぐらいしかありませんが、
実際はそれも難しいことでしょう。

続く。

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