2018年6月22日 (金)

第24回「犬が命を落とす時」・事故その4

大阪で地震

被災された方、心よりお見舞い申し上げます。

地震が来た。6月18日午前7時58分、
震源は大阪府高槻市、震度6弱。
そこから直線で20kmほどの我が家では震度5弱。
木造家屋の2階にいたが、家がつぶれるのではと思うほどだった。
外に出たほうが安全だと判断したが、身動きできなかった。
揺れで、と言うことではなく、足がすくんでいた。

足がすくむほどの緊張だったが、
頭は妙にさえていて冷静だったから不思議だ。
家の上半分が横に揺れている、
最初は揺れ幅が小さく、だんだんと大きくなって、
6往復ぐらいで、また揺れ幅が小さくなってピタッとおさまった。
どこかで横揺れが往復しなくなった時、
きっと家はつぶれるんだろうな、と思った。

阪神淡路大震災の後の建築なので、
耐震基準はそこそこの厳しさであったが、
工務店さんの勧めで、耐震基準には明確にされていない、
重たい瓦の屋根ではなく、軽い鋼板の屋根にした。
雪国で多く用いられているあの屋根だ。

デメリットは保温効果が少ないので、
家の中は夏暑く、冬寒いという当たり前のことだが、
それが思っている以上にそうなるということ。
後は雨がうるさい、ちょっと激しく降ると騒音と化す。

メリットはもちろん上が軽いから地震で崩れにくいこと、
そして屋根全体を1枚のシートで覆っているようなものだから、
瓦のように風で飛んたり、地震でずれたりしないこと。

被災地は地震の2日後の今日、警報が出るような大雨に見舞われそうだ。
瓦がずれて雨漏り対策に、
ブルーシートで屋根を覆っている映像がテレビに映し出される。
少しの雨なら雨漏り程度で済むだろうけど、
もしバケツをひっくり返したような雨だったら、
そのせいで倒壊する家屋があるかもしれない。

屋根にシートを張る作業は簡単ではない、
素人の手におえるものではない。
高所作業だから熟練工が必要だ。
瓦屋さん、大工さん、鳶さん(とび)、電工さん、など。

だから応急処置だけれども、被災家屋のすべてを処置することは難しい。
住民の方は避難所へ行くことになるが、
その間に家の被災具合がひどくなるのは必至だ。

伝統的な瓦屋根の家屋は日本の文化だけれども、
こんなにも地震が多い時代には不向きなのではないかと思う。
せっかく倒壊を免れても、
そのあとの雨で建て替えなければならないほどになったら目も当てられない。

九州で記録的な豪雨をもたらした梅雨前線が近づいている、
被災地が大雨にならないように祈るばかりである。

6月20日16:00

Img_0549

事故で命を落とす時その4 対策2

ここでもう一度確認しておきましょう。
犬を交通事故から守る一番の方法は犬を放たないことです。
かと言って犬たちから自由を奪うことではないですね。
もちろん犬の自由とは行動的にも気持ち的にもです。
一生をほとんど家の中、酷い場合はケージの中で飼われている犬がいますが、
そりゃ確かに外に出ませんから交通事故にあうことはないでしょう、
しかしそれが普通に考えてまっとうな犬の人生だとは言えませんね、

あるんですよ、溺愛しすぎて囲ってしまうパターンが、
極端なことにはならなくても何かにとてもこだわりが強くなったりもします、
多くの場合は「普通に考える」が、
できなくなっているようですので気を付けましょう。

リードコントロールは強制ではありません、
イメージとして囚人が後ろ手にくくられて、
そのロープの先をもって歩かせている、
みたいになるのでリードコントロールのイメージは悪くなりますが、
あくまでも万が一のための命綱だと思っていただければ、
少しは気持ちが楽になりませんか、
それともそんなことまったく気にしていませんか、
それはそれでいいですけどね、
とにかくリードを付けることを負担に思う必要はありません。

ただし、カラーについては不必要に、
犬に負担を強いるものがあるので注意が必要ですが、(別章)
すいません、言い換えましょう、
リードでコントロールすることに負担を感じる必要はないですよ、にします。

リードを使うときのコツは、
(今後至る所でこの「コツ」と言う言葉が出てきます、
なんと言うか一番適切なんですね、
ちょっとしたコツを掴めば犬とは楽にやり取りができます、
でね、これを説明するのに事細かに技術的に説明すると余計にできなくなります、
それで「コツ」を便利に使わせていただいているということです。
私が文書にするコツを掴めていない、とも言えますが。)
リードの役割を知ることが大切です。

リードは犬の行動を制御するものではありません、
もちろんそれ以上前に進まないように、
あるいは何処かへ行ってしまわないように、
ピンと張った状態で犬を制御しますが、
それは前述したように切れたり壊れたり、
手からすり抜けたりしたら全く役に立ちませんね。

リードがピンと張られたことで、
「もう引っ張ったらダメだな」と犬が考えてくれたらいいわけですから、
リードの本来の役割は犬に今を考えてもらうものと言えます。
そのために、言葉と態度とあわせてリードで合図を送ります、
言葉だけでもいいですが(態度は見てくれてないと役に立たない)、
その言葉の前にそれを聞ける状態、
つまり耳を傾けさせるためにリードで合図を送ります、
「今からなんか言うから聞いてね」みたいな感じですね、
これがリードの役割です。

さて、そのコツ、ですが、
合図なので微妙にリードを一瞬緩める必要があります、
張りっぱなしでは合図は送れませんし、
緩みっぱなしでも送れません、
擬音を使うと「ポンポン」っと、
犬の首あたりから脳に振動で伝わる感じです。

これがですね「グイグイ」になると全く違うことが伝わってしまいます、
人が肩を叩かれる感じ「ポンポン」って、
いきなりでも振り向いてしまう、
だけどグイっと掴まれたら振り向いて直ちに攻撃してしまいますね、似ています。

だから当然のごとく、
人の感情が高ぶっていると「ポンポン」ができなくなりますから、
犬といるときは冷静だけではなく穏やかであるべきなんですね、
もし犬が他の犬に攻撃的になっているとして、
あなたの感情が高ぶった状態で、
リードコントロールするとより攻撃性が増します。(この話も後述しますが)

交通事故を防ぐためのリードコントロールは、
あらかじめ強く犬が反応しそうなこと、
他の犬や目の前を移動するものに注意を促すように「ポンポン」でOKです。
慣れてくると犬のほうで考えますから、的確に状況判断します、
見通しの悪い交差点の横断は「ポンポン」の後に、
リードを短く手繰り寄せればいいでしょう。
自転車やオートバイを追う癖のある犬たちには、
目の前を通過するずいぶん前から、
「ポンポン」の後にリードを手繰り寄せ、
座ってカラーをしっかりとつかんで、
犬が目の前を通過するそれに反応したら「No」を言うようにします。
(この時のNoは叱るNoではなく注意勧告のNoです、Noの話は別章で)

ただ、自転車やオートバイの追い癖は完璧には治りませんね、症状が軽くなる程度です。

続く、

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2018年6月15日 (金)

第23回「犬が命を落とす時」・事故その3

魔の交差点2

雨の日曜の深夜、
その交差点を通過しているときに、助手席の陽子が突然ぼそっと言った。
「もう、危ない、交差点の真ん中で、やめてよ、
また轢かれることはないけどさ」

「また、見えたのか」と僕が聞いた。

「あ、ごめんごめん、つい口から出ちゃった」

陽子はあっちの人が見えるらしい、
今までに幾度となくあった場面だが、僕には全く見えない。

「で、まさかだよね」と、僕は念を押した。

「ゴメン、うっかりまた誘っちゃった」と陽子は言った。

陽子は悲惨な事故にあったあっちの人を誘う癖がある、
事故現場で孤独で彷徨っているのが可哀想になるらしい。
そして必ずと言っていいほど、「どうぞ」と心の中でつぶやいた瞬間に、
あっちの人は後部座席に座っているという。
僕には見えないのはわかっているけど、
それでも首を伸ばしてバックミラーから後ろをうかがっている。

「よしなよ、万が一見えたら、あんた気絶するよ、
 そうなったらこっちがあの世行だわ」

しばらく間をおいて、
「今日は特別悲惨、顔の原型が…可哀想に死ぬほど痛かったんだと思う」

僕は黙ってしばらく、静かに雨の中を車を走らせた‥‥

Ksa

と言う魔の交差点ではありません。

ドライブレコーダーを車に付けたんですが、もちろん安全のために、
だけど、みんなそうだと思うけど心のどこかで、
「なんかスクープ映像みたいなの写んないかな」
などと不謹慎なことを頭のどこかで思い浮かべているもの、
な、な、みんないっしょやん、ちがう?オレだけ?そんなことないやろ。

しかし、「その時」は意外と早くにやってくるもので不思議です。

この交差点、大学へ向かう道なんですが、
途中に小学校もあって、
交差点を安全に渡るのに「見守り隊」のおっちゃんがいます。

交差点で信号待ちをしているとき、
もうほとんど通学の時間は終わったんだろうな、
交差点を渡る児童も見当たらないので、
「見守り隊」のおっちゃんが帰るところのようです。

手には布製だと思われる黄色バックに黒字の横断旗を持っています。
信号が青になって横断歩道を渡ろうとするんですが、
交差点のコーナーに車道と歩道を分ける、
ブロック(専門的には歩車道ブロックと言う)が出っ張ってて、(図参考)
そこでつまずいたんですね、

幸いコケなかったんですが、
二三歩よろよろとして、少しひやりとしました。
おっちゃん、腹立ったんでしょうね、
なんかぶつぶつ言いながら、横断歩道を渡っています、しかし、

真ん中まで来たころでしょうか、
不意に立ち止まりその後引き返して、
その自分がつまずいたブロックを2回蹴りました、
腹の虫が治まらなかったんでしょう、
そして、3回目、蹴り損ねて転んでしまいました、
あっちゃぁ~。

渡ってくるおっちゃんと、平行走行でしたから、
おっちゃんがこけた場面はドライブレコーダーに映っていません、
もう、そこが映ってないと商品価値がないやん…って不謹慎?

Ksa2

事故で命を落とす時その3 対策

交通事故から犬を守る具体的な対策は、
まずは取り組み方と言うか、
あなたの心構えを徹底することから始めます。
簡単に言うと油断大敵のことですね。
そして具体策を講じていきましょう、これは物理的にです。

油断大敵はとにかく慎重になることですが、
犬の行動能力をナメてはいけませんね。
塀の高さにしても「こんなところを」と
想像を超える高さを超えて出ていくことがありますし、
破壊力も半端じゃありません、
特に小型犬以外は我々の想像をはるかに超えます。
(ジャックラッセルテリアなどは小型犬のその能力を超えていますが)

高さに関しては爪の先がちょっとでも引っかかればよじ登って超えますし、
鼻が入るほどの塀の穴はいとも簡単に広げてしまうでしょう。
もちろん穴掘りも得意です、
塀の下にトンネルを作って脱走する犬たちは昔からよく聞きます。

家の敷地から脱走しないように講じる具体的な対策は、
これらの犬の能力を発揮できないように施せばいいでしょう。
門扉に関しては二重扉がお勧めです、
ロックし忘れやリードのすり抜け、
足元の隙間からの脱走を防ぐことができます。

塀の高さはよじ登る引っ掛かりがなければ1.5m以上あれば十分でしょう。
塀の構造に関しては頑丈さは言うまでもなくですが、
素材については二通りあって、
一つはメッシュになっていて向こうがよく見えるもの、
もう一つは逆に見えにくいものあるいはまったく見えないものです。

実はこれ、ちょっとおもしろい話があって、
どっちが良いという結果は出ていませんが、
興味深いことには違いありませんし、
脱走だけではなく他の「犬の行動」にも大きく影響しているようです。

犬たちが塀を超えるときは超えたい理由がかならずあります、
塀の向こうに関心があってそれを確かめるために超えるわけですが、
ダイレクトに見えるメッシュの場合は、
見えるので超える必要がない、
反対に見えない塀は見たいがために超えてしまう、と言う説と、
見えるからそこへ行きたい意欲が勝り超えてしまう、
見えないと不安が勝つので超えようとしない、
と言う真逆の説があります。
ちなみに臭いは塀程度の境は関係ないとされてきましたが、
これも感じる臭いの強さに差があるのではと言われています。

このことに実験的なことはしていないようですし、
そもそも犬の住居環境に世間は関心が薄いようです。
どちらが、つまり見えるほうがいいのか、見えないほうがいいのか、
現時点では答えがありません。

もう一点。この見える見えないは、
いわゆる無駄吠えに関しても影響しています、
家の前を他の犬が通った時に見えるから吠えるのか、
見えないから吠えるのか、と言ったことですね。

脱走と無駄吠えは犬飼の大きな問題ですから、
塀の構造も含む犬の住居環境を考える必要があるでしょう。
ちなみに後述しますが、
この手の問題は一般的に言われている「躾」で何とかなるものではありません。

犬が脱走するのは三つの理由があります。逃避、確認、発情です。
犬はもともと警戒心が強いですから(
オオカミの時代から、警戒心が強くないと生き延びられなかった)、
興味本位みたいなことで住処を出たりしないもんですね、
だってそれは一番危険ですからね、
今でこそその危険は交通事故ですが、
犬がほぼ野生に近いころは他の動物の獲物になることですから、
それこそ生き死に直結なので警戒心が強く臆病になるわけです。

それでも住処を出るわけですから、
やはりそれはよほどの理由と言わざるを得ません。
逃避は理想の飼い方までいかなくても、
虐待がなければそもそも恐ろしく我慢強い犬ですから、
多少酷い飼い方をされていても逃走を決意することはないでしょう。

確認は自分たちに脅威になるかどうかを確認するためですから、
主にオス犬に起こります。
もっとも確認と言ってもその場ですぐに攻撃に転じますから、
事なきにはなりませんが、オスの性だと思えばいいでしょう、
よってその確認作業から解放してやると、
塀を超えることはなくなります。

発情は人が関与できない問題ですが、
野放しにはできないので倫理問題を棚上げするしかないでしょう、
これもほとんどはオス犬に現れることなので、
避妊ではなく去勢と言うことになりますが、
倫理問題だけではなくあらゆることから推奨したりはしません、
(難しいんですよ、犬の避妊去勢問題は、
特に文書にするときは気を使います、
ただね、当たり前のように去勢避妊してはいけませんね、
そりゃそうでしょう、何がって、
そんな重要なことを世間体だけでいとも簡単にとらえてしまう、
このことが問題なんですね、安楽死問題とも似ています、
ここを慎重にならない人は犬の命を弄んでいると思ってください、
あり得ませんが世間的に老犬排除、犬は8歳で安楽死、
が常識となってもそれに従ってしまいます、
こう言うところに危惧するわけです)ですから、
物理的な対策と合わせて、
この三つとどうやって折り合いをつけるかも考えておきましょう、
難しくはないですよ、
10歳超えると逃走する犬はほとんどいませんから、
ってやっぱ難しいですね。

続く、次回はリードコントロールと車に同乗中の事故についてです。

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2018年6月 8日 (金)

第22回「犬が命を落とす時」・事故その2

最強の6月

3-4-2-1…え~っと、マ、マイナス4?
ちが~う、これはサッカーのフォーメーションこと、
3-6-1システムとか4-3-2-1システムとかいう選手の配置状態のこと。

そう、ついにサッカーワールドカップが始まる、
2018FIFAワールドカップロシア大会だ。
出場おめでとう日本チーム、前回ブラジル大会の雪辱を晴らそう、
サムライ魂、存分にひけらかそうぞ。

ぶっちゃけ、日本が出られなかったらたいして関心はよせないな、
だってそりゃそうでしょう、
もちろんロナウドのポルトガルやメッシのアルゼンチン、
忘れてはならぬネイマールのブラジル、
先日神戸にやってきたスペインのイニエスタ…あーもう言い出したきりがない、
見どころは他にも十分あるけれど、やっぱ母国が出ないとね。

まぁドタバタしたけれど、いろいろ批評してももうはじまらない、
悪くないですよ、招集選手も。
なによりも前回のブラジル大会で悔しい思いをしている選手が、
たくさん選ばれているのがいい。
急にレベルが上がったりはしないから、後は気合の勝負になる、
となると「悔しさ」は最も力になると思うしね。

フォーメーションも先の3-4-2-1を考えているとか、
チームジャパンに取り入れるのは初めてらしい、
ディフェンスが弱いから3バックはどうなんだろう、
と思ったけれど、このシステムのほうがディフェンスに、
スキが発生しにくいらしい。

いいじゃないですか、本戦なんだから思い切ったことをやろう、
安全策や手堅いことは結局、消極的になるから、
ビッグゲームでは通用しないと思うし。

あ~ワクワクする、心ここにあらず、気もそぞろ、
ちょっとだけ残念なのは井手口選手が選ばれなかったことぐらい、
ちょっとやんちゃな若もんパワーは、
きっと窮地から救ってくれると思うけど、しょうがない。

Wcp

夢のベスト3も夢じゃないと思から、
とにかくこの6月は何もしないでサッカーに集中しよう。

と、思っていたら、なんとビッグニュースが、
ぜんぜんサッカーと関係ないけど、
あのサザンオールスターズが40周年記念ライブを急きょやる事に、
集客数がドームクラスだから、それよりも小さな劇場は使えないんだけど、
(だってトラブルが発生するのはわかってるし)
今回はなんとNHKホール(東京)。
毎年紅白やってるところね。

NHKとタイアップだと思うけれど、やはり小さすぎ。
と言うことでチケットの申し込みはおひとり様1枚限り。
普段は絶対にないんだけどね、当然抽選。

デビューしたのが40年前の6月25日、
で、6月25と26日にライブ、
その後にツアーやるかどうかは未定、
だからそのチケット1枚は本当にプラチナチケットになる。

東京?行くしかないでしょう、この状況、
ただしチケットが当たったらの話だけど。

でもってこの話にはおまけが、
実は26日の公演をライブ中継する。
ライブビューイングって言うのかな、
全国の映画館80か所で。
こちらもチケットは抽選だけどおひとり様2枚まで申し込める。

で、予定では25日に東京でライブみて、
翌26日は京都の映画館で見る。(チケット当たればね)
え~っと25,26のワールドカップはと…大丈夫、
日本対セネガル戦は24日だ、ラッキー。

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事故で命を落とす時その2

犬たちを交通事故から守るとき、リードコントロールが要になりますが、
だからと言ってリードをしているから安心と言うわけではないですね。
リードその物が壊れるときもありますし、
切れるようなことはほとんどありませんが、ナスカン部のバネが外れたり、
ゆがんだりはけっこうあります。

また、一番多いのはリードの破損ではなく手からのすり抜けです、
持ち替えたり握りが浅いと、何かのはずみですり抜けてしまいます。
こうなるとリードは全くその用をなしませんね。
リードは安全用具ですから毎日点検し、
使用するときはしっかりとした心構えが肝心です、
工事現場などの安全管理みたいですが、
手抜きが事故につながることも同じですよ。

リードのすり抜けや破損がなく通常の使い方をしていても、
思わぬ事故につながることがあります。
そばを通過した自転車にリードごと巻き込まれて、
リードが首に巻き付いて窒息死することがあります。
特に小型犬は軽いので無抵抗にそのような事故に巻き込まれてしまいます。

交差点を横断するときも犬を先に歩かせると車に轢かれてしまいますから、
左右を確認するときは、リードコントロールで犬が前に出ないように配慮しましょう。

リードは使い方次第、と言うことですから、
ロングリードの常用はもってのほか、になります。
はっきり言ってダメに決まっている、です。
そもそもロングリード(2m以上をロングリードと呼べる)は、
呼び戻しトレーニング用に使われだしたものですが(たいして役に立ちませんが)、
今ではノーリードのごとく犬たちを自由にさせるために使われていますから、
飼い主さんのモラルを疑わざるを得ませんね、
「放し飼いしてませんよ」って、あんたそんなもん通用しませんって。

販売している用具メーカーもどうかしていますが、
ここはもうちょっと考えていただきたいです。
ここの話は後に「正しい散歩」で改めて書きますが、
とにかく、命に係わる危険な事態をたくさん目撃しているので、
注意していただきたいですね。

一つだけ事故例を記しておきましょう、
河川のアスファルトの堤防道路、自転車も走行可能です、
伸縮式のリードでトイプードルは道路の向こう側にいます、
前方より自転車が来ました、
慌てて飼い主さんは犬をリードで引っ張りますが時すでに遅し、
高さ50cmぐらいでリードが路面から浮いているところに、
自転車が通過しペダルのところでリードを巻き込み、
そのまま犬もろとも斜面を転倒、
犬はタイヤのスポークの間に頭が入ってしまいほぼ即死状態、
自転車の人も足を骨折。

どうです、怖いですね、どっちが悪いとかそういう問題じゃないですよ、
一番問題なのは防げる事故を飼い主さんが怠り、
犬を守れなかったことですね、
こんな事故は散歩に出たら想定しておくべきことなんです、
犬を飼うことをナメてたらこうなります。

続く、次回は事故対策と車に同乗中の事故についてです。

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2018年6月 1日 (金)

第21回「犬が命を落とす時」・事故その1

魔の交差点

出るらしい、やはり女性のようだ。
そうと相場は決まっている深夜帯だ。
間違いなく青信号で交差点に進入すると、
横断歩道を渡る、これまた定番の白装束の髪の長い女の人が現れる。
急ブレーキを踏むが当然間に合わない。
しかしぶつかった雰囲気はない。
このシチュエーションでは後続車や対向車はいないので、
その場で車を止めて降りて、横断歩道を確認するが何もない。
ただ、判で押したようにそこだけしっぽりと濡れている、
と言うことは、雨の降っていない日のできごととなる。
きゃーーーーぁーーーっ!!!

Img_22141

と言う魔の交差点ではありません。
実はですね、ここの交差点よく通るんですが、
ほとんど、いやいや本当に、たぶん生まれて一回も、
この交差点で信号に引っかかったことがないんですよ。

ただし、ですが歩きの時だけです。
車でここを通るときは普通に引っ掛かります。
でも歩きの時はまったく、ウソみたいな話だけれど。
頻度が違う?まぁそう言われれば違いますが、
これって、そのなんだ、統計学的にはどうなんでしょうか、
頻度の違いで遭遇に違いが生じる?
ものなんでしょうか、別にいいけど。

通勤時に通るので車は週5日ぐらい、
この交差点を歩いて渡る理由ですか?
ほら、目の前にコストコがあるじゃないですか、そこですよ、
別に毎回、買い物ってことでもなく、
「な~んかあっかな」ぐらい。
それでも週一はここを渡ります。

変でしょ、気づきました?
コストコの専用駐車場は店舗の2階にあります、
なのにここを歩いて渡るのはなぜ?
と言う、まったくどうでもいい疑問ですが、

実は近くにショッピングモールがあって、
薬局のキリン堂とかダイソー、メガネ市場、エディオン、カツ屋(だっけ)、
あと数店、あるんですが、
マルシェってご存知?京都だけかな、酒屋さんのディスカウントチェーン店、
このマルシェが酒類だけじゃなく、本格的に生鮮ものもやるようになって、
ちょっと本格的にスーパーになった。

でね、となると当然お惣菜コーナーもあって、
ここが本格的でほんとにうまいんですよ。
とくにから揚げは最高で、
十分に大分中津のから揚げと勝負できるほど、

ちなみに本当にうまいから揚げは冷めてもうまい、
を基本概念としています。

ここのところ週3回はここのから揚げ弁当が昼食です。
冷めてないですよ、から揚げ、11時半ぐらいなら揚げたて、
しかも、ご飯はその場で熱々を詰めてくれます。
調理のお姉さんが詰めてくれるんですが、
このお方がまた美しい、
頭巾とマスクでお顔は30%しか見えないけど、
それで十分に気品に満ち溢れた美貌が間違いない。
当然、また声が、
その声でそっといいます、周りに聞こえないように、
「大盛りになさいますか」、
なさいますか、ですよ、えぇ、あんた、
もうあなたにそんなことささやかれたら、なさいます、なさいます、
ダイエットはもうやめた、
君のためなら家庭を捨ててもいいから大盛りになさいます。

から揚げの付き合わせに2品、炊きものが付くんですが、
これもうまい、
「あの若さでよくこの味が出せるな」と言うぐらいうまい。

と言うわけで、ここのモールに車を止めて、
歩いてコストコに向かうのであった。

ちなみにこのから揚げ弁当、大盛りでもお値段は一緒で、
税込み431円。
あのお姉さんがあの声でご飯をよそってくれて431円、
ありがたい。

魔の交差点の話はどこいってん、ったく!‥‥知らん。

犬が命を落とす時

「命を落とす」とは少々重たい表現ですが、
縁起でもない、とか言わないでくださいね。
一般的に命を落とすは、
老衰や自殺には使わない表現なのでより適切かと思います。
それに、「犬を守る」は犬の命を守るですから、
その命を落とさないように配慮してやることと同じです。
確かに命と言う言葉は不思議なもので、
命が生まれる、誕生、満ち溢れている、
などと言う時は明るい希望の未来みたいになりますが、
なくなる、終わる、すり減っていく、
とかは絶望的な怖さがあります、
そう言う意味では警告の意味も込めて
「命を落とす」はちょうどいいんじゃないでしょうか。

事故で命を落とす時

なんと言っても交通事故が悲惨ですね、
その昔、犬たちの放し飼いが大目に見られていた時、
列車に轢かれる犬をよく見かけたものですが、
さすがに近頃はあまりないようです。
これは偏に放し飼いにしないから防げていると言えます。
だから、犬が交通事故で命を落とすのは何かの原因で放たれたときとなります。

放たれる、こいつがけっこう起きているのでやはり注意が必要でしょう。
家から脱走する、出先でカラーが壊れる、
リードが切れるあるいはリードを放してしまう、
もちろん故意にノーリードにしてしまうときもあります。

そして放たれた犬の心理が大きく関係してきます。
犬の心理とは、まずは飼い主さんとの関係ですが、
犬を飼っているからその犬に慕われていると思ったら大間違いですよ、
中には家の門扉が開いていることをいいことに、
ここぞとばかりに家出を試みる犬たちもいます。
虐待に近い飼い方をされていたらこのようなことが起こりますが
、一般的に虐待ではないけれど、
つまり食事と寝床は与えられるが愛情が注がれていない場合や、
何かの原因で精神を病んでいるとき犬は家出することになります。
もちろんすべての愛情を注がれていない犬が、
と言うことではありませんが、
辛いことを受け入れる心のキャパに差があるのは我々人と一緒です。

もともと犬は定住型の群れで生活しますから(オオカミの習性)、
よほどのことがない限り、今の生活に満足と安定があれば、
そこを出ていく理由がないのです。
だから仮に門扉が開けっ放しになっていても外に出ないし、
ちょっと興味や好奇心があって外に出ても、
家を離れることの不安があるので、それほど遠くには行かないし、
すぐに戻ってきます。
敵対するあるいは友好的な犬が家の前を通って行っても、
威嚇や遊び心で追いかけますが、
それでも遠くには行かずに自分で判断してそこそこで帰ってきます。

家から出かける散歩にも慣れが必要ですね、
「慣れ」って、そんなの当たり前じゃないですか、
ってこれがそうでもないんですよ。
住居環境でそうできない場合がありますから。
街中で家の周りが散歩に適さない場所に住んでいる方は、
車で公園などに散歩に出かけなければなりません。
マンションならエレベーターも含め外に出るまで犬を抱きかかえないといけない、
と言ったルールがあることも。
そんなこと関係なくただ可愛いからとカートに乗せて散歩に出る方、
老犬や足に障害のある犬をこのように扱うのは問題ありませんが、

普通玄関あけたらすぐに歩きたがるのが正常な犬ですから、
自分の足で歩いて出ないと自分の家に帰る道がわからなくなるんですね。
余談になりますがついでに、
お散歩を正しく体験(教える)時の第一歩は、
玄関または門扉を入って帰ることから始めます。
戻ることができるから、安心して出かけられる、
ここから始めるとたまにいる散歩を嫌がる犬、にはなりにくいです。

それでも家の目の前が車の往来の激しい交通事故の起こりやすい環境なら、
住処に依存する心理はそれほど役に立ちませんけど。

心理的なことは他にもあります。
リードが切れる、犬に引っ張られてつい放してしまったなどで犬が放たれたとき、
前述ような関係性が悪い時は当然、そのまま暴走となりますが、
虐待や愛情不足がなくても飼い主さんに対する依存心が薄いと、
パニックに陥り車道に飛び出したりします。

散歩はもちろん楽しいものであるべきですが、
特に警戒心の強いタイプの犬には警戒する心が楽しむ心を上回ってしまい、
思う存分楽しむことができていません。
こういったことは実は犬全般に言えることで、
程度に差はあれど警戒心と楽しみで折り合いを付けながら散歩しています。
まぁ人間社会でもよくあることですが。

そんな状態で平常心で散歩を楽しめているのは、
リードに繋がれている安心感があるからなんです。
ちょっと考えにくいですね、
幼児さんが手をつないでもらわないと夜道を歩けないのと同じです。

よくあるパターンですが、引っ張って歩くタイプの犬に、
強く引っ張っているときにリードを放すと、
立ち止まってこっちを見ます、
引っ張りたいんだからそのまま走っていきそうですが、
そうはならないですね、これも一緒です。

繋がっている安心感とでも言いましょうか、
でも本当はリードや手の繋がりだけでは不十分で、
最も効果的で強力なのは心の繋がりなんです、
心の繋がりって簡単に語っていますが、
たいそうなことではなく普通のことだと思います。

人の子供に当てはまるかどうかはわかりませんが、
犬との心の繋がりは依存心で量ることができます。
依存心は態度に現れやすいので分かりやすいんですよ、
冗談で「ウチの犬、ストーカー犬」なんてことを言いますが、
飼い主さんについて離れない犬は間違いなく依存心が高いです。
そして依存心が高ければ高いほど暴走しなくなります。

何かの理由で放たれたとき、
安心感を得ているリードの張りがなくなり不安になります、
ここで依存心が薄ければ落ち着きを失い、
パニックになって走り去って、車道に飛び出し車に轢かれます。
依存心が高ければ飼い主さんの近くにいることで安心を取り戻し、
パニックにならずに平常心でいられます、
すると呼びかけに聞く耳がありますから、
「来い」や「Come」などでもっと近くに戻らせることができ、
事故を防ぐことができます。

リードは切れるけど心の繋がりは切れない、という名言がありますが、
冷静に普通に考えるとごもっともだと思いますね。

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2018年5月25日 (金)

第20回「犬はどう飼われたいか」その7

宝石探し

な~んか景気悪いなぁ、ウチだけかもしれないけど、
それにそろそろ老後の心配もあるし、これはウチだけじゃないな。
宝くじで一攫千金を狙うも、よくよく考えたら今更ながら効率悪すぎるんで、
じゃあなにかいい方法はないかと思い、宝石探しをすることにした。

Img_2318

ここは大和川の河川敷、
大和川とは奈良県と大阪府を通って大阪湾に流れ込む川、
人の姿が遠くに見えるが、
何をしているかと言うと石を拾っている。

河原で石を拾う、何それ?
大和川は有名な鉱物の採取地なのだ。
そう、今日は鉱物採取のカルチャースクールに参加しているのだった。

まぁ物好きな、と言われそうだが、
鉱物ファンはそれなりの人数でもって、
それなりの地位を確立していて、しかも分類は地質学だから、
大いに人々の生活に役立っているのだ。
もっとも自分はもっと軽いノリで参加しているけれど。
アウトドアの一環、犬の散歩と虫探しと同等ぐらい。
皆さん、すいません。

いろいろな鉱物が採取できて面白い、楽しい、
虫取りは取れないと面白くないけど、
鉱物は虫のように逃げないから、
見る目さえあれば確実、ここがいい、
まだ見る目薄いけど。

Img_2319

花崗岩にくっついている、この小さな黒っぽい粒がガーネット、
あのガーネット、どこぞの王家に代々伝わっているような、
そのガーネットだ。
黒っぽいが磨けば透明な赤になる、
ただし、磨けばなくなってしまう大きさだが。
お値段は同じものを100個集めても0円。
でもガーネットだから。

Img_2323

こちらは水晶、そう、あの六角柱のパワーストーンで有名な、
クリスタルが英語かな、
どこにあるかって、ルーペで見ないと分からない、
ほら窪みの中にわずかに、
こちらも花崗岩の中にあるんだけど、
川に流されたりして丸くなった石の、
窪んだところだけ削られていないので、奥のほうに水晶が残っている。
この水晶のお値段も残念ながら0円。

Img_2329

ともに0円で、そのために河川敷を石を探しながら5時間うろつく、
0円だけど無価値ではない、
見つけても「なんてきれいなんだ」とも思わない、
だけど無価値ではない。

同行の地質学の先生が言う、
「ここのすぐそこの二子山がその昔噴火して、
それで流されてきているので、いろいろな鉱物があるんですよ」って。

ほーって、耳を右から左に流れていくんだけど、
その昔って2000万年前なんだって。
石をひとつ拾って2000万年前に思を馳せる、
まだ日本列島がユーラシア大陸とつながっているころだ、
その後1500万年過ぎて人とチンパンジーが分岐するのだった。
その昔ねぇ…

何から犬を守るのか

犬を飼うことは、その犬の命を守ること。
この大それたテーマはそれだけで犬を飼うことに、
躊躇させられてしまいます。

子供たちがペットショップで子犬をおねだりしたときに、
「散歩とか世話できるの」なんて、
「できるもん」って答えが返ってくるような聞き方をしなくても、
本当に覚悟させようと思うならば、
「どんな事してでもこの子犬の命を守れるの」と、
聞いてやったほうが効果はありますね。

だいたい「命」は世話なんかよりも重たい言葉であることは、
いくら子供でも理解できますし、
「怖さ」みたいなものも伴いますから、効果覿面になります。
そうですね、脅す効果とも言えますね、
脅すはよくないことですが、大人も含めて犬を飼う決心をするときには、
ぜひとも脅されてほしいと思います。
その上で覚悟をしてもらわないと、
やっぱり犬を守ることはできないかもしれませんね。

でも、よくよく考えればこの覚悟は当たり前のことですよね、
赤ちゃんを産んだお母さんなら聞くまでもないことです。
それが子犬の場合に聞かなければならないのは、
犬の命が軽いからなんですね。
すべての生き物の命は平等であるべき、
などとわかったようなことは言いません、
だけど犬の命はもう少し重たくてもいいのでは、
と思っています、ただそれだけのことです。

さて、重要なキーワードです、
「犬の命は軽い」これも今後頻繁に出てきますのでチェックしておいてください。

何から犬の命を守るのか、それは人間と一緒です。
平等であるとかそう言うのではなく、
命を脅かされる事態は同じと言うことです。
4つあります、事故、病気、怪我、誹謗中傷です。
もちろんそれぞれが単独のできごとばかりではなく、
いろいろと絡み合ってと言うことになりますが、
大別するとこの4つになります。

この4つから犬たちを守るために必要な処置を施す、
それが犬を飼うになります。
心構えであったり専門的な知識、環境の整備もありますし、
直接的なドッグトレーニングも含みます、
それに社会的常識と戦わなければならない時もあります。
厳しいことだけではありませんね、
遊んでやって幸福感を与えることが、
命を守ることに繋がることもあります。(こいつがいいでしょ、安心しました?)

事故は交通事故がトップで、行方不明、屋内事故、
水難、熱中症、毒物の拾い食い、
他の犬からの咬傷などの屋外事故です。
嫌がらせによる「毒まんじゅう」の投げ入れや、
「撲殺」などは誹謗中傷が原因の枠に入ります。

また医療事故は病気の枠ですね。
病気は遺伝疾患も含めて先天的なものと感染症、
薬物を含むアレルギーです。

怪我は事故によるものだけではなく、肥満や運動不足、
あるいは過度の運動によって引き起こされるものを指します。
真夏の車内監禁による熱中症死は事故ですが、
高気温下におけるアスファルト上での散歩により、
熱中症死した場合は怪我と言うことにしています。

誹謗中傷は心無い人の嫌がらせが直接の原因で、
犬そのものがダメージを受ける場合と、
飼い主さんのダメージが影響する場合があります。
私の知る限り「自殺した犬」はいませんが、
精神疾患で死に追い詰められた犬たちは思いのほか多いですよ、
信じられませんか?犬たちが心を病むってことを。
これがあるんですね、残念ながら。

次回はそれぞれに詳しく解説しましょう。

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2018年5月18日 (金)

第19回「犬はどう飼われたいか」その6

虫おたくの世界感

春から初夏へと加速すると一気に虫たちが姿を現す。
そして生命のやり取りを見せつけてくる。

Dsc09669

朝、シロヒトリと言う蛾が外履きのクロックスにくっついていた。
足とお腹の赤のストライプが美しい蛾だ。
羽化したてのようである、
おそらく、縁側の床の下、冬の落ち葉の中で越冬したに違いない。
そこで羽化して、壁を這い上がってきて、クロックスにくっついたのだろう。
羽がしっかりと開いていないから、まだ飛び立つことはできない、
外界にさらされて、逃げようのない一番危険な状態だ。
アゲハ蝶ならこの状態から3時間ほどで飛び立つが、
シロヒトリはどうなんだろうか。
とにかく床に置いておくと、誰かが蹴散らかして危険なので、
とりあえず安全な棚の上に置いておく。

Dsc09675

この角度だと羽が広がっていないことがよくわかる。

Dsc09686

夕方、もう飛んでいるだろうと思っていたが、まだそこにいた。
羽はしっかりと広げていて、いつでも飛び立てそうだが、
もう、あれから10時間経過している、どこかおかしい。
よく見ると、右の羽にこぶらしきものがある、
これが原因か、跳べなくなってしまったのかもしれない。

羽化不全と言う状態だ。
実は昆虫の世界ではけっこう頻繁に起こる羽化不全、
卵から無事に幼虫になって、蛹になる。
そしていよいよ蛹の殻を破って出てくるわけだが、
出てきて時間をかけて体を正常にしないといけない、
羽を広げたり、足を延ばしたり、
カブトムシだってあの角をちゃんと伸ばさないと、
途中で曲がった角になる。
それが何かの原因で正常に整わないことがある、それが羽化不全だ。

外的衝撃だったり、強風や雨、枝などの障害物、
気温も関係する、高熱で乾燥が早いと部位がくっついたりする。
生まれてくることの最後の試練とも言われている。

羽化不全の多くは動けないので、そのまま命を終わることになるが、
鳥の標的になったり、生きたままアリやクモに食われたりする。
あるいはしばらくじっとしていて、そのまま横たわるものもいる。
厳しい現実がある、自力でも他力でも助かる道はない。

夜遅く、覗いてみた、まだいる、やっぱりダメか。
そっとクロックスを持ち上げてみた、こぶは小さくなっていた。
すると、逃げるように正常に植木の枝の中に飛んで入った。
大丈夫だったようだ、安堵した。

虫の世界をインスタグラムで紹介しています、
苦手な人はご遠慮ください。
「庭虫 見太郎」で検索。

Niwamusi

犬たちが守られたいこと

これはもう簡単ですね、「命」です。
けっこう広い範囲で命と言っていますが、
具体的には種の存続と言うか、生きながらえることなんですが、
もっと軽く表現して「楽に生きること」でいいと思います。

楽に生きるって、ちょっと怠けているような雰囲気がありますが、
多くの生き物の中で、
生きることに前向きな姿勢や努力なんかを課するのは、
たぶん人間だけではないでしょうか、
生きることにもっと自然だったら、
楽な道を選ぶのは当たり前のことで、
例えば環境に適合できるように努力することは、
環境に適合できれば楽になるからですね。

一見、こんな厳しい環境で暮らしている、
なんて同情的に思うこともありますが、
厳しさと身の安全を天秤にかけた時、
身の安全のほうに傾いた、ということなんでしょう。

犬たちが犬になった理由も人間と共存すると、
楽で生きやすいと判断したからです。
その代わりもちろん癒し的存在以外にも、
直接人の求めることに応じることもしますが。

さて、ここで重要なキーワード「生きやすさ」が出てきました。
先に出てきた「生き辛さ」の裏返しの言葉ですが、
頻繁に出てきますので気に留めておきましょう。

犬を飼うということはその犬を守る、と言うことなんですが、
だからと言って可愛がったり、犬と何かを楽しんだり、
いわゆる普通の人が犬を飼ったときに、
思い浮かべる希望を持たないで犬を飼いなさい、
と言うことではありませんよ、

それはそれで思い通りに飼えばいいと思いますし、
十分に楽しめますし、そこも楽しむべきです。
しかし、それらはあくまでも犬を守ってから、
にしましょうということですね。
「犬を守る」は概念みたいなものでしょうか、
その上に成り立つ、みたいな考え方です。

例えば最近はやりの(昔はそんな人いなかった)犬の服ですが、
着せれば可愛いから、などと言う理由だけでは犬には迷惑この上ないですね。
暑い時期に服を着せられたら、
体温を放熱できませんから時には命を落とす結果にもなります。
走り回れるような環境に連れて行って、
服のまま走らせるとどこか走りにくいですから、
不自然な足運びになって捻挫したりします。

服のことだけではありませんね、食べるものやトレーニング、
遊び、はたまた医療関係にまでこういった失敗はしてしまいます。
(ペット業界の商業主義がもたらす悪影響なんですが、この話は後ほど)
生きやすくなってもらうために可愛がるべきなんですね、
生き辛さを与えてはいけません、
大切なのは犬たちが「可愛がられている」と心の底から思うことで、
自己満足で可愛がっても犬には迷惑ですし、
ましてや他の人に自慢するために可愛く着飾ることは不要のはずです。
(ここはですね、わからなくもないんですが、
持ち物じゃないので、生き物なので、
自慢の対象にしてしまうその心根が、
いずれ犬たちを窮地に追いやると思っているわけです、
わからなくもないんですがね…)

「普通の人が犬を飼うとき」を解説しておきましょう。
おかしな日本語ですが、ここでいう普通とは一般人のことです、
よって普通じゃないという人は、
いわゆるドッグプロと呼ばれる人たちです。
訓練士さん、ブリーダーさん、獣医さん、
ドッグスポーツさんに犬の美容師さんですね、
彼らはそれぞれの分野の専門家ですから、
専門家的犬飼をします、と言うかせざるを得ない、です。
よって同じように犬を飼っていても、飼い方は全く異なります。
その飼い方が一般の人にフィードバックされないか、と言うと、
でもないんですが、
やはり専門職が強いと何もかもオープンにできないのが事実でしょう。

続く。

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2018年5月11日 (金)

第18回「犬はどう飼われたいか」その5

月と金星と何か

4月18日、ちょっと前じゃないけれど、
夕刻、仕事帰りの車のラジオから興味深い情報が流れてきた。
「今日の夜は、北西の空に針のような月と金星が横ならびで見れますよ」、
と言うもの。
「それがどうした、だからなんなんだ」、なんてことは思わない。
「ほー、どんなん、それって」っと、
いとも簡単にその情報に飛びついてしまう自分。

正直、無茶苦茶興味があるわけではない、
人並というか、人並の基準がわからないけれど、
ラジオのお手軽な情報は別にして、
普通に天体には興味がある。

だから何とか彗星が、なんてのも楽しみにしているし、
日食月食関係は見えようが見えまいがけっこうワクワクしている。
そう言えば、新しいカメラを買ったときは、
一番に月の写真を撮ったな、きれいに写らなかったけど。

もう少しで家に到着、
ちょうど日没してすっかり暗くなってきたいいタイミングだ。
しかも次の交差点を右折したら、直進が北西方向だ。
見えた、フロントガラス越しだけど、なかなかよろしい。
家に着いたらしっかりと見よう、今は運転に集中。

Img_2274

到着、とりあえず玄関から見えるのでしばらく眺めることにした。
「確かに針のような月だわ」
なるほど金星が近い、それにいい角度で並んでいる、
水平じゃないところが微妙に自然でいい。

「ん?もう一つあるぞ、光が」
金星の少し上、棒状の蛍光灯のような光。
もしかしてあれか、未確認飛行UFOみたいな、高鳴る胸、
40年ぶりのご対面か、随分と長かったな。
その時見たのはもっとオレンジ色の光だったけどな、
渡辺さんと一緒に見たから間違いない。
二人で川沿いの堤防を自転車を押して歩いた、
秋の夕暮れ、文化祭の練習の帰りだった。

もしそうなら、スッと消えるはずだから、
急いでスマホを取り出して撮影した。
画像を確認して(よし写ってる)、もう一度北西の空に目を向けると、
もうその光は消えていた。
「間違いないやん、」

絶好のロケーション、と言うか、
もしかしたら何か意図的なものがあるかもしれないな、
月と金星の光で進行方向を決めてるみたいな、
まぁ、そんな原始的なことはないだろうけど。
しかしよかったな、ほんと久々に見れた。
今の人類は、
宇宙人移民説を信じているものだけに見えたのかもしれないが。

どう見えます?その光。

ちなみに、元の人類は地底に暮らしていると思っているが‥‥
なんでって、地球の環境変化で地上に住めなくなったから、

Img_2274a

①街灯②月③金星④これ、どう?
もうちょっとちゃんと写ってればなぁ、説得力あるんだけど。

犬は守られたい

神の遣いかどうかはともかく、そのオオカミが犬になる道を選んだのは、
人間に自分たちを守らせようとしたからですね。
「守らせようとした」と言うとちょっと嫌な感じがしますが、
事実はそうだと思いますよ。

嫌な感じがするのは犬と人間が対等だと思わないからです、
これは上から目線とかじゃなくて、
教育と言うべきでしょうか、あるいは常識なのか、
とにかく、私たちは犬のことを社会の中で自然に学んでいくんですが、
この出発点ですでに犬は人より蔑んだ対象ですから、
その後に犬を飼おうが飼うまいが、
犬と人が対等であることなど頭の中に入る余地はないわけです。

普通はこれを言ってしまうと後の話が続かなくなるので、
(非常識の論外の話にされているから)
いい機会として犬と人は対等であることを覚えておきましょう、
「覚えておきましょう」じゃないな、
そうではなくてもっといい表現、ん~~難しい、
微妙なニュアンスが‥‥、
「信じておきましょう」これにしますか、
変な日本語になりますが一番近いかもです。
「犬と人は対等であると信じておきましょう」ですね。

ついでに言っておきますが、こいつは爆弾発言ですね。
だって対等であるということは、
アルファ症候群などの
「人がリーダーであるべき」を全面否定することになりますからね。
はっきり言いますがドッグトレーニング界において、
「人がリーダーであるべき」は無理です。

種が違いますからあり得ないんですよ、
当然場面によってリーダーになったり、ならなかったりもできません。
どういうことかと言うと例えば、
お散歩中に明らかに敵対する他の犬と出会ったとき、
犬があなたに変わり吠えかかろうとしたことを止めることはできます、
ある意味でリーダーとして、です。
「あんたが吠える場面じゃないでしょ、私を差し置いて」ですね、

まぁ、ここまではリーダーであると言えなくもないです。
しかし、本当のリーダーならそう言って自分の犬をなだめておいて、
敵対する他の犬に闘争意欲があるのならば、
あなたが自分の犬を守るために、その犬を力ずくで襲い、
追っ払わなければなりません、
これが犬のリーダーに求められていることです。
争いは話合いで解決なんて言ってられないんですよ。
でもそんなことできませんね、非人道的だし非常識でしょう、
それに、もし相手の犬の飼い主さんにリーダーの素質が認められたら、
その飼い主さんを襲わなければならないでしょ、
おかしな話だけれど。(そんなことしたら、それこそ大問題ですが)

それにそう言った場面では「社会性の欠落」などと非難されますが、
いったいどっちの?になります。
人間社会?それとも犬社会?
犬なんだから人間社会の社会性の中では生きられませんね、
反対にあなたは犬社会では生きられない、
(オオカミに育てられた人、なんて話もありましたが)、

種が違うから当たり前なんですよ、どっちかに偏れない現実、
そこに無理があるから共存の道を選んだわけですね、だから対等なんです。

犬を飼うと言うことは時に犬に従ってもらわなければなりません、
それはこっちの一方的な要求の時もありますし、
従えない時に叱る場面もあるでしょう。
しかしそれはリーダーとしてではありません、
あくまでも対等の立場でです。
不満も言ってもいいです、逆らってもいいです、
だけど押さえつけてはいけません、

共通語がないので話し合いはできませんが、
気持ちのやり取りはできます。
ここでもう一度、犬が犬になった理由を考えてみましょう、
対等の立場で守る守られるを繰り返すと、
絆ができて気持ちのやり取りができます、
リーダーになれないのだからなる必要はありません、
その代わり全力で犬を守ってやりましょう。
犬を飼うということは犬を守るということです、
そして犬たちは守られたいと思っています。

けっこう深い話でした、深くない?あっそっ!続く。

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2018年5月 4日 (金)

第17回「犬はどう飼われたいか」その4

GBW(Golden・Blues・Week)

このゴールデンウィークはしっかりとブルースしてきた。
「してきた」って、なんともおかしな表現だけど、
やっぱし、どう考えても「してきた」がぴったりする。
ブルースとは音楽ジャンルのあのブルースのこと、
それってどんなの?と聞かれても、
音楽だからなんとなくブルース、でいいかと思う。

元は黒人霊歌や労働歌だったこともあり、
どこか哀愁をおびた物哀しい歌のようなイメージだけれど、
たとえ歌詞がそう言った内容であっても、
メロディーやリズムはけっこう陽気だったりするから面白い。
それにブルースはジャズやロックンロールの基本とも言われているし、
そうなるとポピュラーミュージックの生みの親みたいになるから、
偉大な音楽だと言わざるを得ない。

70年代、関西ではブルースが大流行した。
ブルースだけが持つあの独特の雰囲気が、
関西気質に合っていたんだと思う。
土地柄って言うのかな、花の都やハイソな街とは違うそんな感じ、
生活感があったり、人情が幅を利かせたり、
こう言うと両方に偏見があるみたいだけど、
アメリカでもブルースの発祥はあのニューヨークではなく、
シカゴであることからも、どことなく納得してしまう。

4月28.29日は堺市でブルースフェスティバル、
そして5月3.4.5日は高槻市でジャズストリート、
共に街中の至る所でアマチュアから超一流プロの数百組が、
ライブを同時に行う、しかも無料。
主催者は全く別だが、
これまた日程をバッティングさせていないところが素晴らしい、
ジャズフェスティバルと言っても、ジャズだけではないので、
堺と高槻の両方に出演するアーティストもいるだろうし、
見に行く側からすると、こんなにありがたいことはない。

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堺のほうのお目当ては「永井ホトケ隆」さん、
京都の出身で最初に彼のライブを見たのは17歳のときだった。

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高槻のほうは、超有名人、宇崎竜童さん、
今回はブルースを歌うと宣言していた。

共有感が大きいのでやっぱり「聞く、見る」じゃなく、
どうしても「する、やる」になってしまうのである。

なぜ犬は犬になったのか、その3

妄想の範疇を超えませんが、その後の犬と人の関りを見ると、
それが自然な成り立ちであることがわかります。
犬は犬になるべくしてなった、と言うことですね。
けっして人が飼いならそうとしたわけではないですし、
もし飼いならそうとしたのならば、
人と犬は今のように絆と言う言葉をあてはめられない関係に
なっていたことでしょう。

それにしても牧羊犬は羊を襲いませんし、
猟犬は獲物を先に食ったりもしません、
この妙妙たる関係はいったい何なのでしょうか、不思議でたまりませんね。
不思議と言えばなぜに犬だけが
(ここはオオカミだけが、と言うべきですが、
その心を持ったオオカミは、姿かたちはともかく、
犬そのものであると言えます)人に近づいたのでしょうか、

犬は人を襲わないけれど襲うことはできますね、
能力的には可能ですし、自然にと言うならば、
そんな犬が人を選ばないことのほうが自然でしょう。
さて、ここでもう一つキーワードが出てきました、
「犬が人を選ばない」です、核心になる言葉なので覚えておいてください。

なぜ犬だけなんだ、猫でも馬でよかろうに、なぜだ。
ここは難しいですね、
正直犬にでもなってみないと分からないような気がします。
理詰めでも考えが及びませんし、妄想すら難しいです。
犬が人と距離を縮めたのはわかる、
だけどどうしてそうしたのは犬だけなんだろう。
きっと多くの研究者たちもここで行き詰っていると想像しますが、どうでしょうかね。

逃げているわけではありませんが、一つの解決策があります。
また突拍子もないこと言いますね、用意はいいですか、
それは「犬は神が人に遣わしたのです」。
この場面で「神」を持ってきますか、むちゃくちゃですね、
でも言ってはいけないことだとは思っていません、
だってどう考えてもそれでしか説明できないでしょう、
バカにしてもいいですけどね、世の中他にもいっぱいありますよ、
「神」のせいにしかできないこと。そもそも人間だってそうですしね、
生物としては必要以上の知恵がありますからね。(脱線しないように)

事実はともかく、
この考え方は先ほどのキーワード「犬は人を選ばない」と合わさって、
今後の展開に大きな意味を持ってきます。
(なんか宗教の話みたいになってきましたが)
「犬は人を選ばない」はずだったんだが、神のお導きかもしれない、
あるいは本当に自分の意志かもしれない状況で「人を選んだ」と言うことになります。

あらゆる動物がいる中で、なぜか犬は人を選んだ、
唯一犬に選ばれた動物が人だった、と言うわけです。
もう一度言いますね、理由がないから人は犬を選ばなかった、
だけど人は犬から選ばれた、この事実がもたらす意味は大きいと思いますね、
犬とどう付き合っていくかのベースになり得ると思います。

しかし、残念なことにこの意見を述べると猛反発をくらいます。
なぜなら人の優位性が保たれないし、
しいては犬たちから尊厳を取り上げられなくなるからです。
人は犬の能力を最大に引き出し、磨き、そして利用してきました。
それは犬が人に寄り添うことで得られる「癒し効果」と割が合わないほどの負担を無理強いし、
今だ犬の命を弄んでいます。

一気に重たい話になりましたが、「犬を守ろう」とすると、
ここはどうしても避けられないことなのです。

続く、

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2018年4月27日 (金)

第16回「犬はどう飼われたいか」その3

花五月病

「はなごがつびょう」と読む、ウソである、
そんな名前の病気はない、今作った。
だけど症状はある、この名前しか考えられない症状だ。
杉花粉の影響で体調を崩し、
あの、いわゆる五月病に似た精神状態に陥るのだ。

いや~、これってあると思いません?
もっとも花粉症を患ってないとダメですけどね、
五月病はまぁそれぞれ程度の差はあれど、
多くの人に発症例が見られると思いますが、
こっちは単純に鼻水、鼻づまり、くしゃみで気分が悪い、
と言うよりも、機嫌が悪くなって不快なんですね、
でもって周囲の人も不快にさせているんで、
ついでに自分もずいぶんと落ち込んでしまうのです。

ホント、花粉症は厄介ですよ、腹立つぐらい。
アレルギーを引き起こすわけですから、
目に見える症状としては、さっきの鼻水、鼻づまりなんかだけど、
なんというか肺の奥のほうでも、どことなく痒い感じがするし、
胃の調子も悪くなりますよ。
胃が調子悪いと当たり前のようにして腸もおかしいし、
それに口内炎とかできやすいし、
きっと肝臓とかにも影響してるんじゃないかと、思う。
疲れやすいような気もするし。

こうなると快眠ってなわけにはいかないですから、
慢性的寝不足で、なおさら機嫌が悪くなって落ち込みます。
迷惑ですね、厄介ですね、いい歳のおっさんがこれだと、
きっと家族もたまったもんじゃないでしょう。
しばらく行方不明にでもなればいいのに(花粉の季節が過ぎれば帰ってくる)、
なんて思われても仕方がないでしょう。

ところで、隣人さんがね、これまた花粉症で、
間違いなくご主人なんですが、だって男くしゃみですから。
とにかく夜遅くまで部屋の電気がついています。
「眠れないんだろうな、辛いよね」
ベットの中で眠れないんだから、起きていたほうがマシ、
わかるわかる、深夜バラエティーでも見てりゃ少しは気が晴れるってもんよ。

朝が早かろうがどのみち眠れないから関係ないんだけど(熟睡できないってこと)、
ちょっとぐらい休んでおこうと決心してベットに入るのが午前2時、
起きてる起きてる、電気がついてるお隣さん、
いい加減に寝なさいよ、などと念を送りながら寝床に就く毎日です。

ところが5日ほど前から、お隣さん、午前0時には電気が消えていることを発見、
そういやここのところ男くしゃみも聞こえんな、
そんな、まさか、花粉症おさまったか、旦那さん。
確かに天気予報では終息に向かっていると発表、
まぁこっちは信じられないけれど、世間一般はそうなっている模様、
なんか先越された感じがしてちょっとイヤやな、

いや、待てよ、もしかしたら行方不明とまではいわないが、
家を追い出されたのかもしれない、
あり得る、仲のいい家族だったけど、現実はわからないからな。
確かめようがないけれど、あり得る。

そして、その日の朝、ゴミ出しに出たら、
マスク無しでゴミ出ししている隣のご主人とあいさつした、
クソっ!やっぱり。

Kap

こんなんだってよ、花粉って・・・怖っ!!

なぜ犬は犬になったのか、その2

オオカミを飼いならした、
なぜ?何のために?、どう考えてもこれはないでしょう。
いずれ結果的に飼いならした存在にはなりますが、
一番最初にオオカミを飼いならそうとする発想がありませんね。
だって必要ないですから。

その昔の、オオカミと人との関係は興味深いですね、
主に狩猟で食料を確保していたと思いますが、
人はオオカミは狩らなかったようです。
俊敏で狩れなかった、あるいは狩って食べてみたけれどまずかった。
どちらの理由も決め手がありません。

鹿よりも狩りやすいでしょうし、
うまいマズイよりも食えるか食えないかの時代のはずです。
それにオオカミもまた人を襲わなかったようです。
武器を持っていない人は格好の獲物だと思いますが、
鹿は襲っても人は襲わない、不思議ですね。

狩猟はやがて農耕もやるようになり、
家畜として動物を扱うようになるのですが、
オオカミは家畜化されませんでした。
そこそこの大きさで、乳が大量に出るかどうかは知りませんが、
毛皮とか何らしか利用できると思いますが、
それに成長スピードも速く、子だくさんだし、
いくら肉食獣だとしても武器を持てば勝てるわけで、
それでも家畜化はない話だとしても、
相変わらずオオカミを狩るようなことはしなかったようです。

弱肉強食がメインのその時代にこの不思議な関わり合いが、
犬が犬になった理由に大きく関係しています。
犬が犬になったは正しくはオオカミが犬になった、になるのですが、
前述したように進化ではなく、
オオカミの中からそのまま犬になったという意味合いで、
このような言い方にしています、
ややこしいですが、読み進むとご理解いただけるかと思います。

人とオオカミは共通の獲物を追うがライバルではなく、
住みわけしていたと考えるのが適当だと思いますね。
それはともに群れを構成していることからも言えますし、
その群れは基本、定住しています。
きっと争うことが理にかなっていないと考えていたと思います。

お互いを襲わない暗黙のルールは群れの距離を非常に近いものにしましたし、
時には譲り合いもあったと思います。
言うなれば尊重しあった仲ではなかったでしょうか。

ほらきら、確信に近づきました、
面白いですね、尊重ですよ、知りませんよ、無責任です、
勝手なこと言ってます、学者でもないのに、けどきっと正しいでしょう、
だってこうとしか考えられないですから。

そんな中、敵ではない人の群れに関心を示すオオカミが現れます。
きっと抗争で群れを追われた若いオスではないかと思います。
もしかしたらその時点でメスも含めた小さな群れ、
あるいは家族であったかもしれませんね。
目的は当然食料とわが身の安全です。

しかし、人は食料ではないし、
人の群れとは住みわけをするほどの関係ですから、
人を敵に回すような行動、例えば食料を盗んだり、
人を襲ったりはしないはずです。
同時に自分がいた群れや、
他の敵(オオカミを襲う動物もいたことでしょう)
から守らなければならないですから、
力のあるほかの群れとくっついていることを考えるでしょう。

これはね傘下に入るとかではないですよ、
傘下それは現代人の発想だと思います。
あくまでも同等の立場の関係の中において、と言うことになります。

さて、どうしましょうか、
人に近づいたオオカミは、自分たちが危害を加えることもなく、
なおかつ友好的であることをアピールしないといけませんね。
敵意がないことを表す態度と、
何かに協力することで信用を勝ち取ります。

従順な態度をとることはオオカミは得意ですね、
私たちの犬と同じです、耳を寝かせて前かがみになって、
尻尾でも振れば愛らしい表情の出来上がりです。

人の役に立つとは人を他の敵から守る事ですね、
人の食料を盗む動物がいたでしょう、猿かもしれません。
人を襲う動物もいたでしょう、クマかもしれません。
従順的態度のオオカミが大切なものを守ってくれたなら、
無条件で人はそのオオカミを受け入れるでしょう、共存の道を選ぶことになります。
当然立場は対等ですから、人もそのオオカミの存在を守ろうとするはずです。
食料と住処を提供します。

すべてのオオカミが人との共存の道を選んだわけではありませんね、
おそらくほんの一部だと思いますが、その一部が犬になったというわけです。
見た目も何も変わりません、オオカミと一緒です、
ただ頭の中と生き方が変わりました。

絆の一歩目はこんな感じじゃなかったかと思います、
非常に穏やかに事が進んだと思います。その後もっと深い関係になりながら、
その能力は開花し、また人もその能力を引き出す術を身に着けていきます。
そしてとうとうオオカミではなく犬と呼ぶようになったわけです。

続く、

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2018年4月20日 (金)

第15回「犬はどう飼われたいか」その2

電車で寝る人

先日、桜の花真っ盛りのころ電車に乗った、ほぼ終電だ。
本当の終電は普通電車で、これはその3本前の急行電車だ。
急行の最後、つまり急行の終電である。
京都は京阪電車三条駅から23時45分発だった。

これが結構混んでいて、季節がら夜桜の花見の帰り?、
みたいな風貌の人が多い。
この辺りは桜の名所が多いからな、それに祇園がすぐそこだし、などと思い、
四条から乗り込んできた人たちを眺めていたら、
ひときわ泥酔状態の確かな中年男が、
こじ開けるようにして座った向かいの真ん中の席で、
何やらぶつぶつ言いながら、いきなり居眠りを始めた。

首が折れそうなぐらいうなだれているその顔の口は半開きで、
時々、ウっ、ウっ、と今にも吐きそうな気配を発している。
おいおい、吐くぞ、マズいぞこれは、
花見の帰りだとしたら、どっかの老舗の折詰か、京都だからな。
だとしたら吐くのはもったいないぞ、
たぶんビールが混じるんだろうな、臭いが強烈そう、
もしかしたら〆にラーメンでも食ってるかもしれんな、
細切れになった麺が床に放たれるのは悲惨だな。

まだ、ウっ、が続いている、
両横の乗客は二人ずつ避難した、手慣れた判断だ。
男の前には混んでるにもかかわらず、そこそこの空間ができた。
もう吐いても大丈夫だぞ、
そう心の中で言い聞かせたその時、
男は大きなウっの後に口を右手で押さえた、時は来た。
回りの乗客は固唾をのんだ、
その抑えた手の隙間からそれが解き放たれることを想像したからだ。
タラ~なのかドバ~なのか、誰にもわからない。
なんと言う長い時間だ。静かだ。カタンコトンだけが聞こえる。
次の瞬間、男は両肩を力強く持ち上げ、
しっかりと溜めたあと素直におろしながら、
え~~っ、ウソやろ、それを飲み込んだ。
セーフ、危機は脱した、男は右手はそのままに、
左手でズボンのポッケからハンカチを取り出し、
口と手のひらの間に当てがい、口と手の平をそっと拭った。

安堵と蔑視の空気が同時に流れる稀なとき。
冷静な行動であるが、まだ泥酔状態には違いない。
しかしこの後、男は思わぬ行動を示す。
なんと、空間ができてしまった座席に、
膝を立てて仰向きに寝てしまった。
そこにいる全員があっけにとられていると、
今度はいびきが聞こえてきた。

ある意味、すごいなコイツ。
次の停車駅、乗客の一人が降り際に、
立派なビジネスカバンの底を男の顔にヒットさせて降りて行った。
男は面食らったように起き上がったが、事態の把握はできない泥酔。
なぜかスッキリした、
桜の花の間を縫うさわやかな春の夜風がそこに流れた。

この光景、以前にテレビのコントで見たような気がする。
と言うことは、都心の終電ではよくあることなのかもしれない。
事実「電車で寝る人」で画像検索すると、あるある、
もっとすごいのもあるある。

Denshaneru

なぜ犬は犬になったのか

犬の起源について考えてみましょう、
正しくは想像してみましょうですが、
そんなの関係ありますか、ってあるある、
とても重要なことなんですよ。
はっきりとしたことはわかりませんよ、
それなりに専門の人たちが研究していますが、
断言できるようなことはまだわずかです。
人材不足だし、遺跡などの資料も少ないですが
、何よりも人々の関心不足が大きな原因だと思います。

不思議ですね、これほど犬と親密であり、
言うなれば他の動物とこれほど親密になれることはなく、
特別な存在だと思います。
(べつに猫嫌いではありませんし、猫と差を付けようとも思っていませんが、
やっぱり犬は特別ですね、すいません愛猫家のみなさん)
なのに、いつから犬は犬になったのかが気にならないんですね、
これはたぶん親密すぎるからかもしれませんね。
変な話ですが、われわれ人間もそうです、
自分たちのことなんですが、
イマイチどこから現代人になったのかがわからないようです。
案外、宇宙人移民説が正解かもしれません。

想像の範疇は越えませんが、
それでもそんなに間違っていない想像だと思っています。
根拠は「それしか考えられない」という、
まったく裁判なら不採用の証拠のような話なんですが、
現状から察するとどう考えても「それ」になるんですね。

でもって、そこを知ることによって、
犬と人の最初の関わり合いがわかりますから、
必然的に飼われ方がわかりますし、
やがて飼い方からコミュニケーションの取り方、
付き合い方がわかってきます。

いわゆるベースを知る、と言うことになります。
ここからすべてが始まると思っていただいても構いませんね。
もちろんこのベースを設定して、考えたりしなくても犬を飼うことはできます。
それにそうして飼われた犬たちがみんな不幸になることもないでしょう、
ただ、犬たちを幸せにする手助けにはなりますから、
しっかりと想像してお役立ちアイテムにしておきましょう、タダだしね。

先日、某テレビで犬の起源について、
かなり掘り下げて放送していましたが、
その内容が私の想像と大きく違わなかったのでとても安心していますし、
同時に勇気をもらったような気もしています。
「これ言ってもいいんや」みたいな。
もっともテレビでは最後の「踏み込んだところ」には入ってませんが。

犬の先祖がオオカミであることには間違いないようです。
かつてはオオカミとジャッカルやコヨーテなどと混在していた説もありましたが、
現在の優れたDNA研究によると数あるオオカミ種の中でも、
ユーラシア大陸に生息していたタイリクオオカミに最も近いことがわかりました。
まぁ、このことは興味があれば各自で調べてください、
今の時代簡単に調べることができますし、
この手の情報はウソが必要ないことなので真実と受け止めてもいいでしょう。
調べていくとけっこうおもしろいですよ、
問題はそのオオカミがどうやって犬になったか、と言うことですね。
ここで確認しておきたいのはオオカミが犬に進化したわけではないと言うことです。
進化ではないんですよ、かと言ってもちろん退化でもない。
オオカミはオオカミのまま既存のオオカミっぽく無いオオカミが現れた、
と言うことなんですね。
それが犬で、何も新しい犬と言う種が誕生したわけではないんです、
そしてそこに人間が係わったわけです。
この係わるも一つのキーワードになります。

ですね、本来ここは「飼いならした」と言うのが適当なんでしょうが、
違うと思っています、おそらく確実にたぶん、
飼いならしたわけではないはずです。どう考えても。

続く。

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